第354話 詠雪。
不思議な海産物達との遭遇を終えて、私はエア達が乗っている船へと戻ってきた。
船の方はどうやらエアの魔法によって粗方の脅威となる生物達を既に撃退できたようで、船乗りや傭兵達からエアは称賛を受けて少しだけ恥ずかしそうに微笑んでいる。……鍛えた力が役に立つのは嬉しいものだ。私はそんなエアを微笑ましく思った。
──それからは魔法で海を渡るよりも日数はかかったけれど、船は隣の大陸へと無事に辿り着いた。
寒さの厳しい季節ではあるけれど、こちらの大陸は暖かい為に大部過ごし易い。
航海の間、エアはすっかりと交易船にいる船乗りや傭兵達と仲良くなったようで、船の操舵だったり帆の扱い方だったり、傭兵達の仕事の話などを聞いてまた一層学びを深めていた。
……因みに、密かにバウも船から見える海の景色が気に入ったらしく、エア用に割り当てられた船の部屋で楽しそうに絵を描いていた。波に揺られて普段よりも上手く描けなさそうだったが、それはそれで味があると感じているのか、どことなく満足そうにしていたと思う。
一方、白い兎さんの方は船はあまりお好きでは無いようで、あまり動きまわる事無く大人しかった。エアが出してくれるお野菜スティックをポリポリと食べては満腹になるとスース―とお昼寝を楽しみ、起きてはまたポリポリとお野菜スティックを食べると言う事を繰り返していたと思う。
ただ、『召喚獣』として格が上がり一応は制御が出来るようにはなったとは言え、未だ寝ている時には若干気が抜けてしまうのか、度々『ボフッ』とまた巨大化してしまっていたのがなんとも愛らしかった。
そんな穏やかな船旅も終わり。港に船がついてエア達が下船すると、エア達はぐぐーっと大きく背伸びをしている。普段は動きまわる事が多いエア達にとっては、少々船旅は窮屈過ぎたらしい。
ただ、エア的には操船等の知識も含めて色々と得るもの多かった船旅でもあったようで、交易船でお世話になった者達に感謝を伝え回っていた。
すると、そんなエアの姿を見た、命を救われた傭兵の男は『ウンウン』と頷きながら眺めている。
そして、そんな傭兵の男を見て、私もまた『ウンウン』と頷きながら眺めていた。
男の頷きはエアの行動を素直に素晴らしいと思って『感心』しているのだろう。
私の頷きはそんな男の気持ちに共感して少しだけ嬉しくなってしまった為『歓心』していた。
彼は恩人であるからと言う事以上に、エアの事を気に入って凄く気にかけてくれているようだ。
それが傍目にも分かり、私は自分の事以上に喜ばしくなった。
自分が大事だと思っている人が、他の人達からも大事にされる姿を目に出来るのはとても嬉しい事である。
「嬢ちゃん!挨拶回りは立派だが、そろそろ行こうぜ!ちゃんと船旅の間の護衛は完璧にこなしたんだから、俺達はもう行っていいんだぞ!」
「うん。でもほらっ、こういうのって大事でしょ?」
「そりゃ大事だが……まったく、嬢ちゃんを見てると、俺の今までの魔法使いに対するイメージが崩れちまいそうだ」
「うん?どんなイメージだったの?」
「んー、そりゃ魔法使いって奴等と言えば、なんとなく陰湿だったり、プライドばっかり高くて人付き合いが苦手だったり、魔法を特別視してて周りが見えてない様な感じの奴等だな。──その点、嬢ちゃんは何て言うか至って普通だし、なんか魔法使いらしくない魔法使いって感じだな。言って見れば少しだけ『変な魔法使い』だと思う」
「……『変な魔法使い』?わたしが?」
「まあ、少しだけな。怒らせちまったか?──あっ、いやそう言うわけでもないのか。……むしろなんだ?嬢ちゃん、もしかして『変な魔法使い』って言われて嬉しいのか?」
「うん、まあねっ。ふへへっ、ありがとう」
「……いや、なんで喜んでいるのかさっぱり分かんねえよ。ハハ、やっぱ少し変わってるな。だがまあ、嫌いじゃねえけどよ……そんじゃ、そろそろどうだ?行けそうか?」
「うんっ!行こう!」
二人はそんななんとも不思議なやり取りをすると、食料などの必要な物を少しだけ街で補充してから、一泊もする事なくその港町を出て行った。
ここまでくればもう『白銀の館』まではそう遠い距離でも無い為、少しでも急ぐつもりであるらしい。
寒さの厳しい季節も半ばを過ぎて、いつもよりもだいぶ遅い到着にはなってしまうかもしれないが、これなら館の皆を心配させることもないだろう。
エア達が無事に辿り着けそうで私もようやく一安心し、エアがこの旅でまた一段と成長し頼もしくなったように感じられて喜ばしく思った。
「ロム、あのね。わたしね──」
そんな想いを抱きながらエア達の様子を眺めていると、結局その日は、『白銀の館』まで辿り着く事が出来なかった為に、エア達は途中でいつものように夜営をする事にしたようだ。
ただ、今日は何となくエアがとても嬉しそうにしているのが私には直ぐにわかった。表情が自然と踊っている気がする。……はて?どうしたのだろうか。屋敷が近いから嬉しいのかな?
すると、傭兵の男性と交代で不寝番をしている最中のエアは、大きな木に背を預けつつお気に入りの古かばんをガサゴソと漁りだすと、その中から小さくて白い木製のゴーレムを取りだして何かを話しかけ始めていた。
聞きたい事があれば直ぐ聞けるようにと、そのゴーレムはエアに渡していたのだが、何やら聞きたい事でもあるのだろうか。……私にわかる事ならば何でも応えようと思う。
『あのねあのねロム、わたしも今日ねロムと一緒で『変な魔法使い』って言われちゃったんだよっ!』とか。
『どうかな?わたしも少しはロムに近付いてきているのかな?』とか。
どうやら『変な魔法使い』と言われた事がエアには凄く嬉しい事だったらしい。
その理由としては、私もよく『変わったエルフ』だとか『おかしな魔法使い』だとか言われていた為であろう。正直、私としてはそう呼ばれる事にあまり喜びは感じないが……。
『ロムと一緒だね!嬉しい!』とエアに満面の笑みで言われてしまったら……なんか私もそれでもう良い気がしてきた。
先ほどまではあれほど頼もしさの塊であったエアが、今ではなんとも無邪気で楽し気な笑みを見せているのが何とも微笑ましい。
──そうして私は、ずっと嬉しそうに『変な魔法使い』について語るエアの話を、いつまでも聴き続けたのであった。
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