第351話 渚。
2020・10・26、本文微修正。物語の流れに変更はなし。
「はぁっ!?海の上も走って行くだとぉ~~ッ!!何バカな事言ってんだっ!」
「おバカじゃないよッ!ほらっ!見て、ほら!わたしはちゃんと海の上に乗れるっ!」
「俺は乗れねえぞ!!」
「じゃあ、ここでバイバイだね!ここからは私達だけで行くから!」
「待て待て待て!お嬢ちゃん!そもそも、隣の大陸までどれだけ離れていると思ってんだ!一日二日走ったくらいで辿り着ける距離じゃねえだろう!夜はどうすんだ!寝てる間も海に乗ったままなのか?寝たら沈むんじゃねえのか?」
「……大丈夫だよ。乗ったままで行けると思う」
「そんじゃ魔物はどうだっ!クラーケンとか出たらどうすんだ!そっちも寝ている間も対処できるのかッ!!」
「……うっ、うーーん、たぶん逃げることは、できると思うけど」
「絶対じゃねえならやめとけ!船があるんだからそっちを使えば良いじゃねえか!──まったく!お嬢ちゃんには常識ってもんが無さ過ぎるっ!今まで一体どんな旅してきたんだ!!」
エア達は連日走り通して海が見える場所までやって来ていた。
『大樹の森』があるこちらの大陸から、隣の大陸にある『白銀の館』へと向かう為には、この海を渡る必要がある。
エアは、これまでもずっと最短距離をひた走ってきた為、海をまた同様に最短距離をひた走ろうと何の迷いも無く一歩を踏み出そうとしていたのだが、今回に限っては傭兵の男性がそこで『待った』をかけたのであった。
そして、彼はエアへと『他の街から出ている交易船に乗って、普通に船で行けばいいじゃないか』と諭し始めた。
エアとしても、今では魔力も上がったし、充分に次の大陸まで海を踏破できるだけの力と自身はあるらしいのだが、彼の言う事にも一理あると納得し、もし仮に途中で宿敵であるクラーケンに襲われたら面倒な事になると考え直したようだ。
「うーーーん、それじゃ、街に行くことにする……」
「おう。それが良い!と言うか普通はそれ以外ねえからなお嬢ちゃん。海の上を走れるのは確かに見たし、凄えとも思うが、『無理しなくていい時には適度に力を抜く事』、旅をする上では大事な事だぜ?」
「うん、分かった」
エアと傭兵の男性は、この前の夜営の時の話をきっかけに少し仲が良くなってきた。
彼の話を色々と聴く事で、エアは傭兵達の旅の仕方や、世間一般的な考え方などの学びを得ている様子である。
それに、最初こそ彼の怪しさを危ぶんで毛嫌いしていた四精霊達は、段々とエアと彼のやり取りを見て来て見直すようになり、今では『ようやく常識人が現れた……』と何故かとても失礼な事を呟きながら大喜びし始めたのであった。
……わ、私だってその位の常識はあるのだぞ?
ただ、魔法があるからそっちを使っているだけなのである。
「……それにしても。お嬢ちゃんの師匠ってのはとんでもない魔法使いなんだな。聞けば聞く程、冗談の類にしか思えないぜ」
「でも、全部本当だよ?嘘じゃないよ?」
「まあ、そうなんだろうな。エルフなんだろ?それなら納得だし、なによりそうじゃなきゃお嬢ちゃんみたいなとんでもない魔法使いが生まれるわけねえ。弟子を見ればその師匠もどんだけやばいのかってのは直ぐにわかるぜ」
「……とんでもない?わたしはロムと比べれば全然だけど?」
「いやいやいや、何言ってんのかね、このお嬢ちゃんは。死にかけ寸前のやつを一瞬で回復できるだけの魔法使いが他にどれだけいるのか知ってて言ってんのか?それに、ここ数日一緒にいて分かったが運動能力は俺以上に高い事も知ったし、おまけに空も海も地面の中まで自由自在に駆け回るってんだろう?十分過ぎる程にとんでもねえじゃねえか。ここまでついて来た俺が言うのもなんだけどよ。本当に護衛なんか要らなかったんだなぁ、お嬢ちゃん」
「うんっ!まあね!ロムに沢山教えて貰いましたからっ!」
「はぁ……ロムさんねぇ、そんだけ凄い魔法使いが居るなら俺の耳に入っていてもおかしくはない筈なんだがなぁ。これまで全く聞いた事がねえ名前なんだよなぁ。……いずれに一目お会いしてみたいもんだ。それにいったいどんな育て方をしたら、こんなお嬢ちゃんみたいな凄い子に育つのかを聞いてみてえよ。もし俺にガキが出来た時には是非ともその教えを授けてやりてえ」
「ふふふっ、そうだね。会えると良いね」
エアは私が近くにいる事を知っている為に、彼のそんな言葉に少しクスクスと笑っていた。
……因みにだが、私も自分がとんでもない等とはこれっぽっちも思っていない。
エアが凄いのも私の教えがどうこうという話よりは、エアがそれだけ頑張ったと言う証だと私は認識している。
それに、口下手な私としては、彼の様にひたすら話題に事欠かない人物の旅の様子の方が大変参考になるものだった。エアを褒めるのも大変自然であるし、私も心底彼を見習いたいと思う。
──そうして、普段よりもだいぶ賑やかに旅をしていくエア達は、一路交易船が寄港する街へと向かって再び走りだし、そこから船旅で次なる大陸を目指すのであった。
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