表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
350/790

第350話 不審。




「──まあ、簡単な話だ。俺は『マテリアル』が暴走して、仲間を傷つけちまったのさ」



 『マテリアル』の暴走が各地で一斉に起きた日。

 暴走自体は、直ぐに降り注いだ光のおかげであっという間に治まった。

 だが、その出来事をきっかけに、彼を取り巻く関係は儚くも崩れ去ったのだと言う。



 暴走は回復はされたが、『事件が起きた』事、それ自体は消え去るわけではない。

 傭兵と言う命に敏感であるべき生業の彼らにとって、その危険性は事が終わった後もいつまでもしこりの様に残り続けたらしい。


 そして、そのしこりは次第に溝となり、その溝は少しずつ広がって、気づいた時にはもう互いが剣を向ける様な関係性にまで発展していたのだとか。



「俺は元々長く傭兵を続けてはきたが、そこまで優秀だったわけじゃねえ。仲間達の中でもどちらかと言えば足を引っ張りがちだった立場だ。……周りのやつらは俺とは違って、魔力の扱いに長けていたから、その時の俺がどんな気持ちだったか理解して貰えなかったんだ」



 彼は生まれ付き、魔力の素養があまり良くなかったらしい。

 だが、それを補う為に、彼は剣の技術を高め、身体も沢山鍛えて、必死に周りとの差を埋めて、皆と肩を並べてきたのだと言う。



 『魔力』と言う理不尽な力に負けない様に彼は励んだ。

 いくら周りよりも才能がないとしても、自分のやりたい事を、傭兵と言う道を歩み続けていくために。

 彼は人一倍に大変な想いをしてきたと言う。

 


「……だが、俺にも魔力みてーな『そんな便利な力があれば』と何度思った事か……持ってる者達はその価値が分かんねえもんさ。ない物ねだりだが、俺はずっと心底羨ましかったんだよ」




 目的地へと向かって走り続けていたエア達だったが、流石に日も暮れたので、焚火を囲んで夜営を行なっていた。

 走しっている間、彼の話はポツリポツリと続き、肝心の部分である『裏切られた』と言う話は結局夜営になるまで話される事が無かった。



 そこで、夜営の準備を終えたエアは、その話の続きが聞きたくなったのか、彼へと機会を見計らって尋ねてみたのである。『続きを聞かせてくれないか』と。


 誰かのお話を聞くのが好きなエアらしいと私は思う。

 話したくなければ話さなくていいけど、出来れば聞いてみたいと言う、そんな素直さがそこにはあった。



 エアは素直に気になったらしい。

 『裏切られたのが貴方なら、なんで自分が悪かったというのか。その裏切った者達が悪いんじゃないのか』と。



「……ふぅー」



 寒さの厳しい季節特有の澄んだ空気が、焚火の音と共にエアの声を静に響かせる。

 エアのその声はとても小さな問いかけではあったが、彼にはその声がちゃんと届いていたようで、彼は大きく息を一つ吐くと、『面白くはねえ話だが──』と切り出して続きを語ってくれたのであった。



 彼は傭兵と言う生き方以外を知らなかったのだと。

 剣を振る以外の事をして来なかったのだと。

 だが、その道こそが己の道であると思い、全力を尽くして来たのだと言う。



 魔力と言う力を羨ましく想いはするが、それでも自分は傭兵として必死に生きて来たのだと言う。

 でも、『力こそあれば』という気持ちは、ずっと心に残っていたそうだ。



 だがしかし、そんな折に、世界には『マテリアル』と言う不思議な力の存在が知られるようになった。



 多少の危険性はあるらしいが、それでも魔力が無い者達にとっては飛びつかざるを得ないその新たなる力の存在に、彼もまた傾倒していくようになったのである。



 そして、その力は思った以上に彼によく馴染んだのだと言う。



「信じられない話だが。それまで仲間内でも足を引っ張りがちだった俺が、『マテリアル』によって生まれ変わったかのような力を得る事が出来たんだ……まるで生まれ変わったかのような気分だった」



 それまでの努力が、ある意味でようやく実りを迎えたのだと、彼は思ったらしい。

 なにせ、その力は『増幅』と言う力だ。これまで地道に頑張って来た者にこそ微笑む力でもある。


 だから、その力に適応出来た時は心は震え、彼は涙が止まらなかったのだと言う。



「だがな、一部の者達には『マテリアル』は忌むべきものだって言われちまってな……」



 大衆に受け入れられ始めては居たが、中には浄化教会を始めとして、『淀み』を危険視する者達がおり、そんな者達にとってはこの力は決して受け入れられないものであったらしい。


 ……そして彼の仲間達にも、その浄化教会の教えを熱心に信仰する者がおり、密かに仲間同士の関係は変化しつつあったのだとか。



 だが、そうは言っても彼らは傭兵だ。

 力の使い方は人それぞれだし、本人の自己責任だ。

 気に入らないからと周りがあーだこーだ言うのは間違っていると言う認識だったそうだ。



 力を揮う者が、その扱い方を間違えなければ、どんな力だってただの『技術』だ。

 だから、『マテリアル』も好きに使えばいいと考える傭兵達の方が最初は多かったのだと言う。

 魔力だって、絶対に安全な力ってわけではないので、『マテリアル』だって、きっとそれに等しいものだろうと──。



「──でもな、そんな状態の関係が『あの日』、完璧に壊れちまったんだよ。俺は『マテリアル』の力にあてられて変質し始め、自分を抑えきれず、その浄化教会の教えを信じてる奴を攻撃しちまったんだ」



 一歩間違えば、間違いなく死んでいたであろうその攻撃は、寸前で止まった。

 仲間達が必死に止めてくれたのである。


 それに、降り注いだ光によって彼は直ぐに正気へと戻り、攻撃を受けかけた方の傷一つ無くなったのであった。

 見た目だけを考慮するなら、被害はゼロである。



 ……だが当然、命に関わりそうな問題にまでなってしまった事で、話はそこで終わる訳も無く。傭兵達の間では『マテリアル』は使わない方が良いんじゃないか。仲間の中にそんなものが居ると、大事な時に迷惑を被るんじゃないか、という流れになったそうだ。



「俺も、仲間達から、危険だからもう『マテリアル』の力は使わない様にと薦められたんだ……だがまあ、俺はそれを拒否したんだなこれが」



 折角手に入れた力を、これまで待ち望み続けて来たものを、一度手にしたからにはもう彼には手放す事が出来なかったのだと言う。


 ……それに、『気づけば、自分もいい歳だ』と彼は言った。

 これまでは肉体能力と技術で補ってこれたが、これ以上は自分も段々と肉体能力が落ちていくだろうと。そうなればもう傭兵を続けていく事も出来なくなると。



 だから、傭兵で居続けるためにも、『マテリアル』の力は既に彼には無くてはならないものになっていたのだ。

 当然、彼は反論した。この力は偉大なものだと。そして俺たちにこそ必要な物だと。

 戦いに身を置く者達にとって、自分の力を上げる方法はとても大事なものだ。



 上手く付き合っていけばいい、多少のリスクは受け入れるべきであると。



「俺にはこれしかねえからな。今止めちまったら、そりゃもう死ぬしかねえ訳だ。……器用にそれ以外の生き方なんてできねえし、したくもねえからよ」



 だが、それによって仲間達とは当然の如く衝突したらしい。

 口論から始まり、次第に関係は悪化していった。


 皆血の気も多く、熱い性分なのも災いしたと言う。

 『マテリアル』の暴走による攻撃性の増加によって、正気に戻った後も少しだけ怒りっぽくなっていたのか、気づいた時にはもう自分の気持ちを抑えきれなくなっていたのだとか。



 ……本来ならば、それこそ『マテリアル』を知る前までならば、そこで一旦は冷静になってお互いに考え直す場面であっただろうに。そんな考えは一つも思い浮かばなかった。

 例え大喧嘩をして決別する事になったのだとしても、ただただ袂を分ければよいだけの話だ。剣まで向ける事は無かった筈なのに、と。



 だがしかし、気づいた時にはもう仲間達に対する深い親愛の情は、いつの間にか深い憎しみへと変質していたのだと言う。心の底から殺意に似た気持ちで溢れていたらしい。



 そして彼の仲間達もまた、彼を排除する為に剣を取り、先に襲い掛かってきたのだとか。

 彼の『マテリアル』の適応はかなり深いらしく、それを発動される前に倒そうとしたのか仲間達は奇襲に近い形で攻撃してきたらしい。




「『お前が世の中に危険を振り撒くようになる前に、俺達がお前を殺してやる!』……だとよ。俺もあいつらも、馬鹿だよなぁー……」




 関係性と言うのは時に、儚い物である。

 今更ながらに、『お互いにもっと冷静になれてさえいれば、あんな愚かな事も起こらなかっただろうに……』と彼は苦笑した。


 それに、彼の仲間達も彼と戦い致命傷となる攻撃を与えはしたが、最後の止めまではさせずに立ち去ってしまったらしい。彼はそんな仲間達の行為にも『中途半端だよな……やるなら最後まで責任をもって欲しいもんだ』と小さくぼやいた。




 『何かを得る為に戦うのが傭兵の信条なのに……あれは本当に無意味な戦いだった』とも彼は語る。

 あの争いによって、彼の失ったものは正直大きかった。

 命こそエアのおかげで取り留めたが、傭兵仲間との関係も完全に壊れてしまったのである。


 当然この先も傭兵として生きていくつもりではあったが、また仲間達と出会ってしまえばその時には再度争いが起こる可能性もあるし、現状はなんとも動き難く微妙な立ち位置でもあるのだとか。



「だから、俺的には今は恩人に恩を返すのが一番良いのさ。……巻き込んじまってすまねえな」



 そう語り終えた彼は、焚火を見つめながら『……な、面白くもねえ話だったろ?お嬢ちゃん』と、ただただ乾いた笑いを残すのだった。



 ──だが、そんな彼に対してエアは首を横に振ると、小さく微笑んだ。



「ううん!面白かったよっ!話してくれてありがとう」



「…………」



 本心からそう言っているのがわかるその澄んだ微笑みに、傭兵の男は口を『ポケ―っ』と開くと呆れたようにエアを見つめだした。



 彼からすると、『そんな危ない奴が近くにいる』と言うだけで、普通ならば警戒されたり、嫌悪されてしまうのが当たり前だろうと思いながら覚悟をして話した為に、エアから返って来たその反応はとても不思議なものだったのである。



 まるでそんな事全然気にしてないと言わんばかりのエアのその自然な姿に、彼は少しだけ首を傾げると『どうやらこの子は少し変わったお嬢ちゃんらしいな』と苦笑するのであった。






またのお越しをお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ