第346話 初使。
不思議な安堵に包まれた話し合いから、日々は過ぎ──時節は実りの季節から、寒さが厳しくなる季節へと移り変わろうとしている。
そして、私たちは依然として『大樹の森』で研鑽を積んでいた。
私は己の身の内に新たに渦巻いている『信仰』の力が、元の身体の器に収まり切れる様にと何とか調整し続けているのだが、四苦八苦している。
これさえ上手く扱う事が出来る様になれば、疑似的に魔力に変換されていた元の身体を再構成し直す事ができると思うのだが、その『信仰』という魔力とはまた別種で『マテリアル』ともまた異質なその力は、なんとも融通が利かない手強さがあるのだった。
それに何より、私は不器用なのだ。
魔法だってなんだって、ちゃんと扱える様になるまではかなりの月日をかけてこれまで生きて来たのである。
だから、『信仰』なんてものをちゃんと扱える様になるまではまだまだ月日がかかるだろう。
……それに、何となくだが、この力と私は相性が悪い気がする。身につけるまでは今までよりも大変かもしれない。
私としてはたった一度大規模な魔法を使っただけなのだが、それによって多くの人達から不思議と感謝されてしまった為に、知らず知らずの内に集まって来たのがこの力なのである。
そこに込められた感謝の念や祈りなどは、集まって来た時に直接私の心へとあたたかに語り掛けてきたわけなのだが、中にはなんとも盲目的だったり、正直助けならば何でも良かったと言う心までもが伝わって来てしまったが故に、あまり喜ぶにも喜べない部分があった。
……それにもっと言えば、私としては正直要らない力でもある。
私はやりたいからやっただけに過ぎず、誰かに感謝されたいからやったわけではない。
魔法を使ったのは、精霊達や私にとって大事だと想う人達を守りたかったからだ。
他の者達は本当にただのついでで、気紛れでしかない。
だから感謝する必要など全くないのである……。
『…………』
だが、そんな私に対し、『信仰』という力は『それでも構わない』と言うかのようにどんどんと集まって来た。
『それでも私達が助かったのは事実ですから!』と、『貴方のおかげです!感謝します!』と。
『だから、要らないなんて言っても、無理矢理受け取って頂きますからね!』と。
……そう言わんが如く、この力は頑固で融通が利かないのだ。なんとも相性の悪い力である。
私は不器用で言葉足らずなのに、そんな頑固者と上手く付き合っていけるだろうか。不安だ。
ただ、現状は偶然の閃きによって、精霊達と普通に会話が出来る状態にまでは戻る事が出来ている。
それに、精霊達を介してエアやバウとも言葉を交わす事まで出来るようになっていた。
だから、焦る必要はないと判断してのんびりと付き合ってみるつもりではある。
早くエアやバウと普通に接する様になりたいとは思うが、まだまだ時間は必要そうであった。
「はいっ、バウ!あーん!」
「ばーぅ」
──だがしかし、そんな私とは大きく違って、エアは遂に一度の魔法でバウの『お食事魔力』一食分を生成する事に成功していた。
この短期間において、訓練によってそれだけ魔力量を高めたという事である。
全くもって不器用な師匠とは違い、エアの成長速度は本当に素晴らしいと私は思う。さすエア。控えめに言ってやはり天才。
一応はまだ、一つ作ると暫く休憩が必要になってはしまう状態だけれど、それでもエアは既にドラゴン達と同等の魔力量を備えているという事であり、エアと言う魔法使いの総合力は『天元』も合わせて考えれば既に成体のドラゴンを超えているという話であった。
『…………』
エアは今回の事で、また一段と大きくなったと私は感じる。
それを想うと、よくぞここまで成長したと、立派になったなと、内心で褒めずにはいられない私であった。
……まあ、私が今の姿になってから、エアはふとした時に寂しさを感じてしまうのか、バウにも隠れて白いローブに包まりながら涙を零している事があるけれど、それでも常に前へと歩き続けようとしているエアの姿を私は誇らしく思った。
そして、エアと同様にバウの『お食事魔力』の為魔力の調整を行っていた精霊達も、既にバウが美味しいと感じるレベルの純度まで魔力を調整する事に成功している。
今ではお手本であるエアの『お食事魔力』を参考に、美味しく出来たならば更にそれ以上のものにしようと、精霊達は拘りを見せている程であった。
元々魔法巧者である彼らだったが、魔力の奥深さにようやく気付いたとかで、日々研究し続け、最近ではバウの『お食事魔力』に『甘味』を付けようと真剣になっている。
私も今の姿になった事で彼らの相談に乗れるようになったために、よくその話し合いに楽しく参加していた。
また一方で、バウ自身もこれまではずっと自分の為に頑張ってくれるエアや精霊達のフォローに回っていたのだが、ある日から突然自分でも『お食事魔力』を作れないかと試し始めたのだ。
身体の成長の為に大量の魔力が必要なのに、自分で作って自分で食べていたらあまり意味が無いように感じられるかもしれないが、これだけ周りでみんながやっていたら自分もやりたくなってしまうのが人情というものだし、いずれ将来バウが自分の子供を授かった際にも役に立つと思うので、私達はバウのその行動を見守る事にしたのであった。
何気に生まれてからずっと私の高魔力を食べ続けて来た影響かバウの魔力量は高く、今でもエアの数倍はあるので作る事自体は時間を掛ければ何とか出来ているようだ。
それに、最近では精霊達の『味変』にも興味を持ったようで、精霊達の輪の中に入ると積極的に意見もだしているらしい。
食べてくれる本人の協力があると一層捗るのか、精霊達と仲良く新たな『お食事魔力』の開発に勤しんでいた。
精霊達のイベントも今年は中止にした為、各自はそれぞれの実りを育てる事に時間を費やして、良い時間を過ごせたように感じる。
気づけばもう寒さの厳しい季節になろうという時分だ。
いつもならば、もう『白銀の館』へと向かう準備をしている頃だろうか……。
『…………』
そう言えば、急に私は身体が見えなくなってしまった為に、館にいる彼らには状況報告が何一つ出来ていなかった。
私達が今年も行くのを老執事達は待ってくれているだろうか。……いや、きっと待っていることだろう。行かなかったら心配させる事になってしまうだろうか。
……だが、今の私では彼らに干渉できる術がないのである。
心配させたくはないのだが、その為の方法が無い事にモヤモヤとした気分になった。
──だが、そんな事を考えていると、私のそんな微妙な空気に気づいたのか四精霊が声を掛けて来たのだ。
そして、彼らにその事を相談すると、こう言ってくれたのである。
『旦那、それなら、偶には人に頼ってみるのもいいんじゃないですか?』と。
そう告げた四精霊はそのままスタタターと走って行くと、『マテリアル』に適応した精霊達にも話を通し、彼らから今度はエア達へと伝言して貰っている。
「えっ!!ロムが困ってる!?あっ、そっか!屋敷の皆に!うんうん……えっ!?ロムが私達に頼りたいって言ってるのっ!?──うんっ!分かった!伝えに行けばいいのねっ!ぜったい行く!大丈夫!任せてっ!」
──そうして、これまた急な事だけれど、エア達のお使いの旅が始まったのであった。
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