第342話 有形。
一晩中、皆と意思疎通できる方法が無いかと模索し、試行錯誤し……そして遂に私は一つの解へと辿り着いた。
その答えがこれだ──
「──あれ?この子」
朝、私の白いローブを着ながらバウを抱っこし、エアは自分の部屋から出てきた。
昨日は散々泣いた為か、エアの目元はまだ少し赤くなっており、表情も暗い。そして声もガラガラだ。
だが、そんな状態でも確りとエアは自分の部屋から出て来てくれた。
エアは無邪気で、とても優しい子だ。そして、ちゃんと自分で前を向ける素晴らしい子である。
昨日の様子から深く落ち込んで、今日は部屋から出て来ないかもしれないと懸念していたが、ちゃんと立ち止まらずに、こうしてまた一歩踏み出してくれたらしい。……その姿を私はとても嬉しく思う。
そして、そんなエア達が扉から一歩出ると、なにやら見覚えのある小さくて白い木のゴーレムがポツンと立っているのをエア達は発見したのであった。
四角い頭の両横が他のゴーレム達よりも横に少しぴょこっと伸びているそのゴーレムが、誰を模したものなのかをエアはよく知っている。
「ろむ……そこにいるの?」
──コクンコクン。
そしてエアは白い小さなゴーレムに向かってそう問いかけた。
それに対して、白く小さなゴーレムは、頷きを返している。
「…………」
「…………」
少しの間はあったが、それを見たエアとバウは、笑った。若干、笑いながらも涙ぐんでいる気がしないでもなかったが、そんなものが気にならない位に良い笑顔を浮かべてくれたのだ。
ゴーレムへと走り寄り掬い上げると、エアはバウと白いゴーレムを一緒にぎゅっと抱きしめた。
そして、昨日も聞いたが、私は再度『ばかぁ』と怒られてしまったのである。
だが、今度の『ばかぁ』は私の胸が痛く締め付けられる様なものではなく、とてもあたたかかった。
エアもバウも、そして何気にそっと覗いている精霊達も、自然と微笑み喜んでくれている。
そしてエアは抱きしめた白いゴーレムに向かってそっと囁いた。
『知らない内に居なくならないで』と。
『契約とか約束は大事にしなきゃいけないって言ったのはロムなんだよ!』と。
エアは食堂へと歩みを進めながら、まだまだ言い足りないとでも言うかの様に白いゴーレムへと沢山話しかけている。
そして、その度に白いゴーレムは──コクンコクンと頷き、時に抗議したい時には──ブンブンと首を横に振った。
そんな反応しか返す事は出来ないけれど、今はそれだけでも十分に満足そうなエアの姿を見て、ようやく私は一人ホッと安堵の息を吐いたのであった。
『…………』
昨夜一晩色々と試してみたのだが、結局私は、みんなと上手く意思疎通する為の方法を見つける事は出来なかった。
文字を記したり、何か手紙を残そうにも、エア達がそれを認識する事が出来なかったのである。
例えば地面に木の枝などを使って刻んだ文字ならば流石に分かるかとも思ったのだが、そうすると不思議な事に誰かしらの精霊達がやって来ては刻まれた部分を自然と元の状態へと直してしまうのであった。
何度か試したが、その度に自然を大切にする精霊達の手によって文字は消されてしまうので、これ以上は彼らを煩わせるわけにもいかず、これはどうしようもない事なのかもしれないと察して私は一旦諦めたのである。
……そうして、他にも大凡で思いつく限りの事を色々と試し終えると、私は少しだけ肩を落とし座り込んだ。直ぐに上手い方法が見つかるとは思っていなかったが、なんとも見通しが悪く。一度冷静になって考えたくなったのだ。
ただ、折角なのでその時間を使い何か妙案が浮かぶまでは、昨日精霊達の目の前に出した服や食料を一度整理し直しておこうかと思い、私は【空間魔法】の収納から昨日の品々を一気に取りだしては整理をし始めた。
──すると、そんな品々の中から、いきなり何かが『ポトッ』と落ちてきて、それは勢いよく『むくっ』と起き上がり、私の姿を視えるのかこれまた突然『ペコっ』とお辞儀をして挨拶をしてくれたのであった。
そもそも不思議な話なのだが、何故か最初から彼らゴーレム達は精霊達を視る事が出来る上に、私の作った各種ゴーレム達は何故かいつも勝手に動き出すという習性をもつのである。
正直言って後者については全く分からないが、前者の理由については元々のゴーレム達の身体の材料が自然由来のものを使っている為、それで精霊達との親和性も高まり、視る事が出来るのかもしれないと私は考えていたのだが……それがまさか、今の私の姿までゴーレム達が普通に視る事が出来るとは思いもしていなかったのだ。
『……君は、私が視えるのか?』
──コクンコクン。
『そうか。……ならば、一つ頼みがある。どうか君の力を頼らせて欲しい』
──コクンコクン。
そして、この白いゴーレムは驚く事に私の声までも確りと聞く事が出来るらしい。驚きである。
……だがそのおかげで、エア達に私の想いを代弁して貰う事が可能になったのだった。
『……ありがとう。君のおかげだ』
──ブンブン。
エア達が食堂へと向かう途中、偶々エアの腕に抱かれている白いゴーレムの顔が横からぴょこっと飛び出てきて、彼は後ろにいる私へと視線を向けてきた。
なので、私はその白いゴーレムに素直に感謝を伝えたのだが、『そんな大したことはしてませんが、お役に立てて光栄です』とでも言うかの如く、彼は控えめに小さく首を横に振ったのだった。
何かを喋っているわけではないのだが、そのゴーレムの仕草だけで何が言いたいのか分かってしまい、私はなんとも微笑ましい気持ちになった。
「……えっとー、ロムの分は良いの?」
──コクンコクン。
食堂に入ると、エアは昨日までと同様に朝の準備をし始めた。
私は今の状態になってから不思議とお腹が空いていないので、エアのその問いに対しては白いゴーレムくんにはその様に返答して貰う。
と言うわけで、エアは自分の分だけをお気に入りの古かばんから果物やパンなどを多めに取りだし、準備を進めていたのだが──。
「──ッ!!」
──その瞬間、エアはとんでもない問題に気づいたらしく、急にバウの方を見ると動きが固まってしまったのであった。
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