第340話 天外。
エアは精霊達と共に『秘跡』へと冒険に、バウは画に夢中になって筆を動かし、私はそんなバウの白い椅子になりながら、腰のマッサージをしつつ大樹へと身を預けていた。
「…………」
──だが、そんな穏やかな時間に、突如として変化が訪れる。
その瞬間は驚く程突然で、そして何気ない日常の中へといきなり強引に割り込んできた。
その『異変』はまさに異常そのものである。
そして私が視る限り、多くの大陸でほぼほぼ同時にその『異変』は引き起こされたのだ。
昨日迄は素晴らしい効果を発揮してくれていた筈の『マテリアル』が、突如として一斉に世界へと悪影響を振り撒いたのである。
そのせいで、『マテリアル』に適応していた者達は皆一斉に身体へ異変が生じたらしい。
ある者は急激な発熱と共に激痛が全身へと走り、またある者は身体の中を虫が這いずり回る気色悪さに悶え苦しみ、またある者は自分の身体が自分の物ではない様に力が入らず昏倒し、皆が別々に命の危機に瀕し始めた。
その上、『マテリアル』に適応した者達は、まるで身体に呪いを受けたかの様な黒い刻印が浮かび上がり、その黒い刻印は時間経過と共に段々と広がりだしたのである。
それが身体中へと広がりきってしまえば、その人の命は無いのだという事は言わずもがな誰の目にも明らかであった。
それに、ここまでがたった数秒の間で引き起こされた状況の推移である。
私は、その様子を初めから眺める事が出来たので、誰よりも早く各地の様子を知ることが出来たのだ。
そして、気づいたのは、その呪いの様な黒い刻印は時間経過と共に広がると、人は感情があやふやになっていくのか、急激な怒りに飲まれた者達は破壊衝動に苛まれたり、急激な悲しみに囚われた者達は自傷行動に走りだしたり、急激な喜びや楽しみを幻想した者達は声の限りにいきなり奇声あげ始めたのである。
まるでそれぞれが、それぞれの方法で何かに生まれ変わろうとしているかの様に、その光景は壮絶で、尚且つまるで赤子の『産声』の様にも視えた。
そんな光景が各地で一斉に始まっているのだから、甚だ不気味で怖気が走る話である。
出来る事ならば夢であったらと願いたくなるだろう。
だが、状況の悪化はそれだけで済まず、時間が経過すると更に彼らからは『よくないもの』の気配が段々と強くなって来ていた。『石持』が段々と増えているかの様なその気配の広がりに、私は嫌悪感が止まらなくなる。
……まるで一秒一秒過ぎる度に、彼らが人ではなくなってしまう様な嫌な雰囲気がそこには広がっていたのであった。
──そしてそれは、精霊達においても同様であったのだ。
『マテリアル』に適応した精霊達は皆一斉に苦しみだしている。
どうやら、皆の症状は人側のとほぼほぼ同じ様で、各地からはそんな精霊達の叫び声も響き渡ってきた。
人側も精霊側も『マテリアル』に適応していない者達は、周りの適応者達の苦しむ姿を見ながら狼狽え、困惑している。いきなりの事でどうしていいのか分からず困惑している者ばかりであった。
そのあまりの異質さに戸惑うしかなく、下手に手をを出せば自分達までもが襲い掛かられるのではないかと、皆恐れて距離を取る事しか出来ずにいる。
急な豹変と奇行の数々に、誰もが声もまともには掛けられない程に恐怖していた。
親しき者達が目の前で段々と変質していく様を見る事しか出来ずにいる。
自分ではどうしようも無いと辺りを見回しても、街中に居る人の殆どがいきなりおかしくなってしまった状況では救いなどどこにも内容に思えただろう。
だから、人々はその救いを、誰かに求めざるを得なかった。
そして、みんなが願ったのである──『誰か助けて』と。
それは、己の身体が尋常ではない痛みと共に、異質に変わっていく中、まともな状態ではない被害者たちも心の内では同様に願っていたのだろう。
その瞬間、純粋たる助けを、彼らの多くの者達が求めていた。
人側も精霊側も自然と祈りを込め、魔力へと想いを託し、そして願っていたのだ。
そして、まるでその願いに応えるかのように、まるで契約がなされたかとでも言うかの様に、世界各地には同時に煌めく光が降り注いだ。
それはとても強力な浄化と回復であり、それによって彼らの黒い刻印や、負った傷や痛みの一切はまるで嘘や幻であったかのように瞬時に消し去ってしまった。
人も精霊も、その光に包まれると、世界は一瞬、静寂に包まれる。
誰もがその光の中で、その魔法の主の心に触れた感覚を得た。
とても温かく、そして優しい想いがそこにはあったのである。
光が治まった頃には、人も精霊も『救い』を得た事を悟っていた。
そして、彼らは皆その『奇跡』を喜び、皆には笑顔に溢れたのである。
その魔法の効果範囲は幾つもの大陸を跨ぐほどに広大で、降り注いだ光はまるで天上の神々が、地上で苦しむ人や精霊達を憂いて涙を零しているかの様に美しい光景であった。
この日、人々はそこに『神』の存在を確信したのである。
その力は言わば『信仰』そのものであり、魔力に込められた感謝の想いと共に、自然とその力はとある一人の魔法使いへと向けられる事となった。
……だがしかし、一方そんな『奇跡』をたった一人で行なってしまった一介の白銀の魔法使いは、世界各地から『信仰』という形になって届いたその想いと魔力を感じると、嬉しくなさそうにしながら大樹に寄添い、ただただ己の不器用さを内心で嘆き続けるのであった。
「…………」
……まさか、こんな事になるとは思わなかった。と言うのが素直な感想である。
『異変』が起こったまさにその瞬間、私の心にあったのは『驚き』であり、確りと備えをしていた事によって対処が十分に間に合うだろうと言う、歓喜を含む『安堵』でもあった。
『確りと備えをしていて本当に良かった』と、私はあの瞬間心の底から思ったのである。
『連日、こうして眺め続けていた事も無駄ではなかった』と、喜びでいつも以上に魔法にも力が入った。
いつ問題が発生するのか、胸騒ぎでモヤモヤしていたけれど、その悩みからもようやく解放されて、清々しく晴れ渡ったかの様な気分でもあったのである。
……正直、まんまと獲物が罠に掛かってくれた様な心持で、『想定通りである』と内心で笑みを浮かべていた感覚だ。
思った以上に『マテリアル』の悪影響の範囲が広く、なおかつほぼほぼ同時に『異変』が起こったので驚きこそしたが、既に備えとして世界各地に私は魔力を広げていた為に、十分に対処が可能であったのだ。
状況把握と魔法の使用先の識別でそこそこ手間取ってはしまったけれど、それでも大きな問題に発展する前には間に合い、私は満を持して魔法を使ったのである。
それによって、多少の混乱はあったようだけれど、人側も精霊側も誰一人被害が出る事なく治める事が出来たと思った。
大成功だと言っても良いくらいに上手く手筈通りに魔法は使えたわけだし、世界各地からは不思議な想いが籠った光が逆に私へと贈られて来たのである。
そこから伝わる魔力と純粋な想いは、ほぼほぼが『大きな感謝』であった。
私はそれを有難くも素直に受け取ったのである。
──だがしかし、結果的に言えば、それは誤りであったらしい。
私は皆は救えたつもりになっていたが、一人だけ、『異変』を止める事が出来ていなかったのだ。
……いやまあ、その魔法を使ったせいで、とは言いたくないけれど、そのとある白銀の魔法使いは多くの人々から向けられた『感謝』を受け取ると、自分の中の何かが変わってしまう感覚を得たのであった。
そして、その『異変』はいきなりもう戻れない所まで進んでしまっていたのである……。
『旦那……?』
私の傍からは、私の『異変』を察知したのか、火の精霊の弱々しくも擦れる様な声が響いてくる……これは困った。
彼の瞳は揺れていて、視線の先にある私を見て、驚きが隠せないらしい程に悲しい顔をし始める。
そして、それは彼以外の四精霊は同じで、皆は声も出せない程に悲しい顔をしていた。
彼らの瞳に映る私を見ると、まるで光に包まれるが如く、ゆっくりと蜃気楼の様に姿が不安定になっているのが小さく見える。……まるで今にも消えてしまいそうな儚さであった。
「ばうー?」
そして、胡坐をかいている私の足の上では、振り返って大樹だけ見つめながら困惑し、不安そうな声を出しているバウがいる。
そんな悲し気な声を出すバウは、見えなくなってしまった何かを探す様にペチンペチンと私のお腹や足を叩いてきていた。
だがしかし、バウは私に触れている筈なのに、触れていることが分かっていない様子であった。
そこに居た筈……いや、確かに今も居る筈なのに、見えないし、触れられない事が不思議で堪らないと言いたげな表情である。
『バウ……聞こえないか?』
そして、私が声を掛けても、バウにはもう届いていないのか、全く反応も返って来ない。……これは、想っていたよりも凄く悲しいと私は思った。呼んでも応えて貰えない事が、ここまで心に響くモノだとは思いもしていなかったのだ。
ただ、私はそんなバウの姿や周りに居る精霊達の反応を見ていて、自分に何が起きているのかを冷静かつ正確に悟る事ができたのである。
『……ああ、そうか。私はまた『差異』を超えてしまったのだろう』と。
『異変』とは言っても、私は『マテリアル』に適応したわけではなく、『淀み』によって身体に何かしらの悪影響が起きたわけではないだろう。
むしろ、魔法使いとして言うのならば、今の私はかつてない以上に力が溢れている気がしている。
これは純粋な魔力だけではなく、人々や精霊達の『強い感謝の想い』も一緒にこの胸の奥の中に溢れているからであろう。
私はそれによって自分がまた一つ、魔法使いとして大きく成長したのだと気づいたのである。
本来ならば、それはきっと喜ぶべき事なのだろう。
だがしかし、此度の件で、どうやら私は少々張り切り過ぎてしまったのだと反省をし始めた。
……これだから不器用でポンコツなのだと、自分の事を自嘲するばかりである。
『守りたい人達を守る為に力を使いたいんだ』と、自分で言っていたにも関わらず、もう少し欲が出た。
胸騒ぎの命ずるままに、多くの者達を救いたいと言う欲が出たのである……。
柄にもなく、調子に乗っていたとも言えるかもしれない。
だから、その結果、私はこんな事になってしまったのである。
……そもそもが、五つもある大陸のほぼほぼ全ての人や精霊達全員に、高効果の回復と浄化を施したのだ。その規模の大きさと同時に使用した魔法の数はこれまでに類を見ない程である。
当然、これほどの魔法を使った事など、私の長い魔法使い人生の内でも初めてのことであった。
……だから、知らなかったという事もある。
これほど多くの人から向けられる『信仰』を媒体にした魔力の譲渡が、こんなにも強い意味を持つだなんて……。
『…………』
普段ならばやろうとしてもできない事が、今回は『マテリアル』の件もあって、じっくりと力を蓄える時間があった事も災いした。
正直、やり過ぎたのだと思う。そりゃ、あれほどの魔法だ。経験値も半端ないことだったであろう。
一介に魔法使いに行使できる技量を大きく超えてしまっている事は、もはや言うまでも無い事だった。
自然と集まって来てしまった『信仰』の力の事もあり、私はもう今までの私では居られなくなってしまったのである。
要は、人側と精霊側を隔てる壁を『差異』だとするのならば、きっと以前までの私はその中央に立っていただけの状態だった。
両者を繋ぐ者として、一介の魔法使いとして、私はのんびりと介入できる曖昧な存在だったのだ。
……だがそれも、今回の事で自分の力を高め過ぎた事で、私は突き抜けてしまった。
私は、私の力の及ぼす事が出来る『領域』を大きく広げ過ぎたのである。
例えるならば、今の私は人側と精霊側の間から、精霊側の方へと大きく一歩を踏み出し、身体ごと入り込んでしまった状態であった。
そして、もっと正確に言うのならば、私のその一歩は予想よりも大きかった様で、精霊達の『領域』すらも飛び越えて、さらにその先にあるもう一つの『差異』で隔てられた空間へと突き抜けてしまったのである。
どちらも『差異』だと分かり難いかもしれないので、こっちの方の『差異』は言わば『次元』とでも言い換えればいいだろうか。
つまり私は今、そんな別の『次元』にある『良くわかならい存在達』が沢山いる場所に到達してしまっているのだ。
……当然、それは私にとって不本意な事なのであった。嫌だ。いやである。
だから私は今、必死に我慢していた。これ以上行かない様に、あわよくばもう一度元の場所へと戻れるように。
このままでは精霊達でさえ見えなくなってしまう様な存在になってしまう。
……私はまだ、そんな存在になるつもりは全くなかったのであった。エアやバウを残してこんな。
『…………』
……だがしかし、先ほどから幾ら堪えようと思っても、我慢しても、自然と自分の存在があちら側へと引っ張られてしまう流れから逃れられずにいた。
ゆっくりとゆっくりと、大樹に寄添いながら私と言う存在は、あちらの方向へと流されつつある。
きっとそちらへと行ってしまえば、もう戻れない。だから、行きたくなかった。
だが、無情にも、既にバウは私の事を全く感じとれなくなっている。
何度も何度も『どこに行ったの?』とバウは声を出しながら、ぺちぺちと私の腹や足を叩いていた。
私はそんなバウを見て、静にぎゅっと抱きしめていた。
……私からならば、まだ少しは干渉できるみたいである。
バウに触れることができて、私は嬉しかった。
……だが、先ほどまでずっと私の足の上に居たのに、今ではもう殆ど温もりを感じられない状態である。
きっともう、幾ばくもしない内に私たちは互いが幽霊に触るが如く、触れ合う事さえ出来なくなってしまうだろう。人側と精霊側が元々そうであったように、私も皆とそうなってしまうのだと思う。
……それを想うと、急激に悲しくなった。
少しでも今の時間が延びれば良いと思いながら、私はバウを抱き上げて立ち上がる。
バウは自分の身体が勝手に浮いた事で、ようやく自分が誰かに持ち上げられている事に気付けたのか、その途端にグリグリと私に頭を強く押し付けてきていた。……ごめんな。
『そこにいるんでしょ?どうしたの?なんで見えないの?』というバウのそんな姿を見ると、私はもっと悲しくて堪らなくなる。
『ごめん』と言うその一言さえ、もうかけてあげらない無いのだ。……本当にごめん。
そうして、私はバウに謝りながら……心はエアの方にも向いていた。
出来る事ならば、私はエアにも謝りたかったのだ。
このままだと、私は急に居なくなってしまう事になる。
それだけは避けたいと思った。
──すると、不思議な事に私の頭の中には、エアが精霊達と共にこの場所へと急いで向かってきている光景が浮かぶ。
エアがここに来るまでにはまだまだ時間がかかるだろう。
……これは間に合わないかもしれないと私の胸中は不安に包まれた。
いきなり私の姿が見えなくなったら、エアもきっと心配するだろう。そうはなりたくない。
だから、その前にせめて一言だけでも何かエアに想いを伝えたかったのだが……。
『旦那……これはいったい、どうしちゃったんですかっ?』
すると、私の姿がまだ辛うじては見えている火の精霊が説明して欲しそうな顔でそう尋ねてきた。
傍にいる他の四精霊達も、酷く困惑している様に見える。
『驚かせて済まない。私もまさかこんな事になるとは思っていなかったのだが──』
──そうして、私は彼らに事情の説明をし始めた。
ただ、彼らと言葉を交わせるこの時間が急にとても尊く感じる。
私の言葉が彼らにまだ確りと届いている。……それが言い様も無い程に嬉しかった。
『予想外だったが……でも、ちゃんとその成果はあってのだ。今回の『マテリアル』の騒ぎでの被害者は限りなく少なく出来た筈である』
想像を超える事態になってはしまったが、ちゃんとこうしてやった意味はあったのだと思うと、幾分か私の気も晴れた。
何気に『無意味ではなかったのだから、君達は怒らないで欲しい』と、少しだけ遠回りに言い訳もしてみる。
『──そんな事より、いったいどうなるんですか?ここは?旦那は?』
だが、私のそんな良い訳よりも、彼らは不安に思っている事を素直にそう尋ねて来た。
確かに、各地の『大樹の森』や近くにある『魔力の滝』等の機能は私の魔力によって動いているのだから、その不安も当然のものだと私も思う。
……ただ、それについては任せて欲しい。
『ドッペルオーブ』を通して各地の大樹はもっと強化しておくので、それに管理させようと思っているので、今後も『大樹の森』は変わりなく運営可能である。
また、今回の騒ぎもあったし、各地の『大樹の森』は浄化を強めておくので、もしまだ『マテリアル』の影響が残っている者がいたら、各地の『大樹の森』に連れて行くと良いとも私は話した。
『それはわかりましたが、違うんです!俺たちが言いたいのはそう言う事じゃなくて!旦那はこれからどうするんだって話ですよっ!旦那はこれからいったいどうするつもりなんですかッ!』
私は……私は、みんなの傍にいるさ。
君達に視えなくても、私はこれまで通り見守っている。消えて居なくなるわけじゃない。
今まで君達が人側に見えなかったのと同様に、今度は君達からは私の姿が見えなくなるだけだ。
だから、それ以外は変わらないのだと私は彼らに伝える。
『エアちゃんはどうするのっ!』『見えなくなる前に【転移】を!』『間に合うなら今すぐに会いにいってあげてください!秘跡に行ってあげて!』
風の精霊と水の精霊、そして土の精霊はエアを想ってそう声を掛けてくれる。
……だが、済まないと謝りながら私は静に彼らへと首を横に振った。
今の私は平静を装ってはいるが、自分の存在が変わるのを必死に我慢し食い止め続けている状態だ。
だからもう、そんな他の魔法など使う余裕はこれっぽっちも残って無かったのである。
もし魔法を使えば、きっとその瞬間に私の我慢は途切れてしまうだろう。
エアに会いたいが、今の私は会いに行けない状態だった。
『そんなぁ……』
そしてそんなエア達は今も、精霊達に促されながらこの大樹の家へと向かって必死で走っている姿が私には視えている。
……だがもう、何秒も無く、到底間に合わないと分かってしまった。
しかし、それでも私は出来る限りエアを待ち続けたいと思う。
……正直な話、まさかこんな急に皆と別れを経験する事になるとは思いもしていなかった。
今朝の食事が終わり、エアが果物を取りに冒険に行くのを見送って、バウと共にここで絵を見ていたあの時間には全く想像もしていなかった出来事である。
『マテリアル』がいきなり異変を起こしたのは仕方が無い事だ。
その為の備えをしてきたのだから、それが上手く対処できて、大きな問題へと発展しなかった事は喜ぶべき事だろう。
多くの者が助かり、その者達が私へと『信仰』を向けてくるとは想いもしていなかった。
……ましてやそれが私の成長に繋がろうとは、誰にも予想出来なかった事なのである。
だから、これは全て仕方が無い事だったのだ。誰が悪いという訳でもないだろう。
強いて言うのならば、この先エアやバウや精霊達を悲しませてしまう私が一番悪い。
『エアも凄く怒るだろうな……』
最近は、何かと心配をかけてエアを怒らせることが多かった。
エアには笑顔が一番似合うというのに……。
だが、そんな想いを抱いている所で、遂に私の我慢の限界が訪れてしまった。
……エアの現在位置はまだ遠く、到底間に合わない。
『…………』
そこで私は、エアにも事情を説明して欲しいと四精霊に頼む事にした。
急な別れの様に感じさせてしまうかもしれないが、ちゃんと変わらずに私は傍にはいるという事を伝えて欲しいとお願したのである。
だが、そんな私の頼みを聞いた四人は、今までにないくらいに涙を浮かべると、その涙が零れない様にぐっと顔に力を入れて我慢をしている様に見えた。
まるで私の辞世の句を聞き届けるが如く、とても真剣な表情をしている。……別に私は死ぬわけではないのだから、そこまで気合を入れなくても構わなのだぞ。
ただ、私はそんな彼らが何とも愛おしくなり、バウを抱き上げながらも彼らに近付くと、彼らの頭を一人ずつポンポンとしながら『身体に気を付けなさい』と声を掛けた。
そして、ずっと抱っこしていたバウの事も地面に優しく下ろすと、皆の顔を見ながら精一杯の笑顔を私は作ってみたのである。
……もちろん、上手く笑顔が出来てない事は分かってはいるが、それでも不愛想なりの満面の笑みを彼らに見せたかったのだ。
『だ、だんなぁ……』
そして、それを最後に私はふっと力を抜いて我慢を解くと、自分の着ていた白いローブを脱いで彼らへと手渡した。
すると、それと同時に私の姿は彼らの目からも完全に消えてしまったようで、途端に四精霊は受け取った白いローブを見ながらポロポロと涙を零し始めている。……まったくもう。
四精霊のそんな姿を見ていると、私は胸が苦しく、そしてとても切なくなった。
『……大丈夫だ、見えなくなろうとも私は皆の傍にいるのだから』と、そんな言葉さえもう届かないのである。
私が渡した白いローブは、何も伝えられなかったエアへの伝言代わりだった。
きっと彼らならば私の意を酌んでエアへと渡してくれる事だろう。
……本当はもっと、残してあげたいものは沢山あった。
教えたい事も魔法も何もかもが……。
だが、それは暫くは叶わないだろう。
……けれど、私は皆を、そしてエアを信じている。
エアはいずれ私を超えてくれる筈だと。
だからその日が来るまで、私は静に見守り心待ちにする事にしたのであった。
またのお越しをお待ちしております。




