第339話 兆候。
エアとバウは、私が『マテリアル』の適応をあまり良く思っていない事を知り、二人も適応する事を避ける事にしたそうだ。……正直言って『増幅』には興味があるようだが、今は自分の力でどれだけ頑張れるかの方が大事だと思っているらしい。
確かに『マテリアル』が増幅してくれる力であるならば、元の自分の基礎力が高い方が後々効果も高くなるのは想像に易いだろう。私も二人のその考え方を支持したいと思った。
「…………」
そして私はあれから、各地を眺めるのが日課になりつつある。
既に日差しの厳しい季節も終わりに近く、実りの季節に近いのだが私の一日の大半は大樹に寄りかかりながら各地を見つめる事に終始していた。
ただ、一日の終わりには必ずエアとバウが呼びに来るようになり、私は毎夜必ず大樹の家にて睡眠をとっている。そうしないとまたエアに怒られてしまうのだ。
「ロム―!食事が終わったら、また皆と行って来ていい?」
ああ、構わない。気を付けて行ってらっしゃい。
私の返事にエアは笑みを浮かべると、バッチリと冒険者の装備を整え、大樹の外でまつ精霊達と共に森へと向かっていった。……これから皆で一緒に果物採取に行くそうだ。
私はそんなエア達の後ろ姿を見守りながら、また今日も大樹に寄添い各地を眺めている。
ただ、そうして腰を下ろして直ぐに、家の中から『パタパタ』とのんびりバウが飛んで来た。
そして、ここ最近のお気に入りの様で、私の胡坐に乗りながら画材道具をせっせと準備している。
どうやら私があまり動かないので、絵を描くのにちょうど良い場所として認識してくれたようだ。
ここで画を描きながら、時々私の方をチラッと見上げて来る。……ん?どうした?いつもの背中マッサージをして欲しいのか?よーしよし、ほれほれ。
「ばうっ!ばうっ!ばう~!」
どうやらバウは画を描き続ける事は楽しいそうなのだが、同じ姿勢で描き過ぎていると少し腰が痛む様になってしまったらしい。
ただ、一応それでもバウは自身で回復を使える様になっていたので、これまでは自分で魔法をかけながら描いていたようなのだが、どうやら自分で回復をかけるよりも私に回復をかけて貰いつつマッサージをされる方が画にも集中できるし『これは腰に良いぞ!』と気づいたようで、こうして目の前で嬉しそうな声をだしながら画を描き続けているのだ。……だが、まだまだ幼子なのだから、無理しない様にな。
「…………」
そうしてバウにマッサージをしながらも、私の方はちゃんと各地の状況にも目を光らせていた。
……どうやら今日はまだどこも問題なさそうである。
案の定と言うのだろうか、私が懸念していた問題は、各地で密かに広がりつつあった……。
悪事を生業にする裏の世界の住人達の間では『妖精狩り』と呼ばれる行為が生まれようとしつつある状態で、精霊を我が物にしたいと思う者達が大金を支払って依頼を出しているらしく、精霊達を狙って襲い掛かる者が主に『第二の大樹の森』を中心にして増えているのである。
……ただ、現状では精霊達の被害は全く無かった。
四精霊の迅速な行動もあり、精霊達はあまり人側に姿を見せる事を控える様になったのである。
そして何度か危ない場面を発見した際には、私が遠隔で魔法を使い襲撃者達を邪魔し続けたのであった。
『マテリアル』によって魔法抵抗を上げているのか、襲撃者側は精霊達の魔法でも耐える様になっており、そんな襲撃者たちを撃退するのに精霊達は凄く困っていた。……なので、そんな時は私が横から大剣や大斧だけを【転移】させて、彼らをボコボコにして撃退していたのである。
正直言って、襲撃者達をそこで消してしまう事は簡単であったが、それだと『妖精達は危険なものだ!』と言う彼らの考えを正しいと認めるようなものだったので、それを避ける為に敢えて最初だけは彼らを見逃して撃退するに止めているのだ。……もちろん、二度目に来た時にはもう知らない。
まあ面倒だと精霊達は思ったかもしれないが、もう二度と来たいと思えない位に襲撃者達にはこってりとお灸をすえたので、今の所誰一人として再度襲撃してくる者は出て居ないようだった。
ただ、最近では普通に調査依頼を受けて冒険者達も来る事もある為に、何でもかんでも撃退するわけにもいかなくなっているのが更に大変なのだ。……なんにしても、騒ぎが治まるまでは、まだまだもう暫くは時間がかかりそうなのが現状であった。
──そう言うわけで、本来ならばもうそろそろ精霊達とのイベントの季節であり、前回同様に早くから準備に取り掛かっていてもおかしくはないのだが、今回ばかりは諸々の事情で仕方なくも延期する事となっている。
それと残念な事に、来年の実りの季節まではイベントは何一つ行わない事が既に決定してしまったのだ。……私は運営側としてイベントを楽しみにしていたので悲しく思うが、これは私の身体の事を気遣っての話でもあった。
『ロムさんに迷惑を掛け過ぎだ!』と四精霊が他の精霊達に怒っていたと他の精霊から教えて貰ったが、精霊達も流石に今回の『マテリアル騒動』の件は深く反省したようで、自重する事に決めたらしい。『マテリアル』に適応した精霊達もまさかこんな事になるとは思っていなかったと、皆『しょぼん』と肩を落としていた。
……だが、どれだけ成長しようとも失敗とはするものだと私は思うし、今回の事だってどちらかと言えば精霊達が悪い訳でもないとも思っている。だから気にする必要はないのだと声も掛けた。
そもそも精霊達を『妖精』だと言いだし、そこに『利』に求めようとした人側にこそ、私は憤りを覚えている。……分を弁えなければ痛い目を見るのは彼らの方なのだ。
私は落ち込んでいる精霊達を励まし続けた。
そしてそんな精霊達には、もし手が空いていたならば私がここでこうして動けない間、私の代わりにエアやバウの事を助けてあげて欲しいとお願いしたのである。
そうして、頼み事を引き受けてもらう事によって、精霊達の気が少しでも晴れてくれたら嬉しいと思ったのだ。
……そして、どうやらそれは少し上手くいったらしく、エアは今『ネクト』を取りに『秘跡』へと仲良く精霊達と冒険に行っており、バウは大樹の周りで遊んでいる精霊達にモデルになって貰い彼らの絵を楽しそうに描いていた。
そんな二人の姿を見て、落ち込んでいた精霊達にも少しずつ元気が戻ってきている。
……そんな瞬間の為に、私は自分の力を使える事を幸いに思った。
皆が笑い合える空間が私は好きだ。
その為に頑張る事は大変だけれども、こうして遣り甲斐も感じられる。
そして、『マテリアル』と言う要素が周囲に与える影響は大きいけれど、不器用な私でも精一杯やれば意外と上手く対処できるものだと、どこか自信の様な勘違いさえもここ最近は感じていた。
……悪く言えば、少しだけ調子にも乗っていたのである。
だから、きっとそのせいなのだろう。今回の事もこのまま上手く収束し、解決に至るだろうなと、私は心のどこかで漠然と簡単に考えてしまっていたのだ。
──でもまさか、この後に手酷いしっぺ返しを受けるとは、この時の私は思いもしていなかったのである。
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