第338話 貴耳。
「ねえ、ロム……休もう?」
「ばうっ、ばうっ」
『旦那、そんなに俺達の事心配しなくても大丈夫ですよ』『そうそう!わたしたちだってそこまでお馬鹿じゃないからねっ!』『自己責任』『そうです!だからもう、お身体を大事にしてください!』
一月ほど大樹に寄添いつつ、あまり寝ずにボーっと各地を眺め続けていたら、皆からそう心配されてしまった。各地で小さな問題が幾つか起きた事もあり、なんだかんだと気づいた時にはそれだけの時間が過ぎていたのである。……画を描く事に熱中していた筈のバウでさえもやって来て、私の腿をペチンペチンと叩いて『ダメだよ!』と注意してくるので、余程みんなに心配をかけてしまっていたらしい。
『ロムは心配性過ぎるっ!』と流石のエアもお怒りだった。
私の方が皆を心配していた筈なのだが、逆に心配をかけてしまうとは……申し訳ない。
だが、人側に姿を見せる事が出来るようになって喜びを抑えきれなくなった精霊達は、積極的に自分達から人に近づいていくので、そこそこの問題が起きている。その中には見逃しておけない出来事も幾つかあった。
『あなたの事わたし知ってるわ!ずっと貴方の事見て来たもの!ほら来て!一緒に遊びましょう!』とか。
『あなたの奥さん、実は隣の家の人と……』とか。
『あなたのお店が繁盛しない理由はね。実は貴族の家から嫌がらせを受けているのよ……』とか。
ずっと喋りたくて喋りたくて仕方のなかった暴露話を思いっきり話して楽しんでいたり、気に入った人や子供が居れば少し強引に連れて帰ってきて時も忘れてずっと遊んだり愛を育んだり……とまあ、色々と実は精霊達はやらかしていたりする。
現状は、そんな全ての問題は早期発見に至り、なんとか事なきを得ている感じだ。
まあ、それだけ今回の事が嬉しかったのだと言う精霊達の気持ちは分からなくはないので、私はその度に上手い事に魔法でフォロー等をしていたのである。……因みに、プライベート過ぎる部分は配慮し見ていないので、それ以外の問題において出来る限りフォローしていた。
また、精霊達の美しさや力に『利』を見出して、人側で早速悪だくみをしようとしていた者達を消したり、自分からそんな者達にちょっかいをかけに行きたいのかウズウズしていた精霊を止めたり、純粋に『マテリアル』の力が肌に合わず体調を崩してしまった者達を回復したりと、他にもやることは沢山ある。
ボーっとしていた様に見えつつも、何気に忙しくもやる事はちゃんとやっている私であった。
『……えっ』『えっ』『えっ』『……私たち(精霊側)って、そんなに騒ぎを起こしていたんですか?』
……うむ。だが、まあ楽しくて仕方がなかったのだろう。
悪意も感じられなかったので、私としてもそのぐらいは大目に見ても良いと思ったのだ。
ちょっと騒ぎ過ぎてはいるけれど、現状はなんとかフォローも間に合っているし……。
『そんな……旦那にそこまで迷惑をかけていたなんて……』『これはちょっとじゃないよね……』『ごめんね』『すみません、これはちょっと後で私たちからよーく言っておきますっ!』
「……いやいや、大丈夫だ。そこまで気にする程の大きな問題は一つもない」
これで彼らが精霊同士でもめたりする様な姿も見たくはなかったので、私はそう言っておいた。
それにこれくらいならば時間と共に直ぐに治まる問題であるとも思う。
だが、私がいくらそう言って彼らを宥めても、どうにも彼ら四精霊としては納得がいかないのか、ぐっと何かを堪える様な顔で、揃って私へと謝って来たのである。
ただ、私に迷惑をかけたくないと言うその気持ちはありがたいが、私としては君達にそんな顔をさせたいわけじゃないと言う想いの方が強った。
どうせならば、君達も一緒に他の精霊達と共にお馬鹿にはしゃいでやんちゃしている姿を見せてくれた方が、私としては嬉しかったりもする位だ。
だからこれくらいは何でもないのだと、気にしないでいいのだと私は再度彼らを宥め続けた。
そもそも、目の前の四人はまだ『マテリアル』に適応しているわけでもないので、そこまで責任を感じる必要はないとも思う。
「…………」
……ただその時、私は一つだけここ暫く各地を見ている中で生まれたとある懸念について、彼らにも話しておこうと思った。もし彼らが他の精霊達に何か伝えるとするのならば、そちらの方を優先して注意して欲しいと思ったのだ。
『……?それは、なんですか?』
……うむ。それは、『なんでも最近人側では君達精霊達が急に姿を見せる様になった事を怪しむ者達が現れる様になったのだ』と私は話を切り出した。
『ゴブ』の問題もあったばかりなので、今回のこれも『何かしらの良くない兆候なのでは?』と勘繰る学者達や魔法使い達が密かに増えているみたいなのである。
そして、そんな者達は何かしらの新しい現象を目にすると直ぐにそれに『名称』を付けたくなるようで、妖しくも人に対して悪戯をしてくる精霊達の事を、総じて精霊とは別の存在であると仮定し始め、彼らは『マテリアル』に適応した精霊達の事を『奴等は妖しい精霊で、精霊とはまた別種の存在。つまりは『妖精』なのだ!』と呼称し始めている事を彼らへと告げたのだ。
『……俺たちが、妖精、ですか?』
「ああ……そう言い始めている者が増えている」
四精霊はそれを聞くと、『別に何と呼ばれようとも構いませんけど……』と反応鈍くも首を傾げていた。
だが、注意しなければいけないのはその先にある事を、私は強く彼らへと警告する。
これまで、世間一般からすると『精霊』と言う存在は高尚なものであり、決して蔑ろにして良いものではないと考えられてきた。なので、精霊を害する事を人側にとっても悪い事だと言う認識が深く根付いていたのである。
それが今回の事で、『妖精』は悪戯好きで悪い存在だから、人側の害にならない様に駆除しなければいけないとか、『精霊』とは別種の存在なのだから捕まえて調べたりしても構わないだろう、だなんて考える者がおり、そんな考え方がそのまま大衆へと広まりでもしたら大変な事になってしまう恐れがあると私は懸念していたのであった。
『……旦那、流石にそれは』
……分かっている。一部にそう言う者がいたと言うだけで、その話が大衆にまで広まると言うわけではない。少し大袈裟に心配し過ぎているとも思う。
もし君達を学者や魔法使い達が害そうとしても君達ならば彼らの悪意にも気づくだろうし、君達ならば負けはしないだろうとも思っている。君達もそう言いたいのだろう。
だがしかし、今までは確かにそうでであったかもしれないが、今では『マテリアル』と言う不確定な要素がある。
それが及ぼす影響力も未だ不確定で、それのせいで必ずしも安全とは言えない状況が生まれるかもしれない。
「……胸騒ぎがするのだ」
冒険者としての勘に近い感覚と言えるだろう。
視えない危険が直ぐそこまで迫っている気がするのだが、確信が持てない状態だ。
この一月眠らなかったのも、それが来る気がして起き続けていた。
皆から目を離したくなかった。
「──でもそのままじゃ、ロムが身体崩しちゃうでしょっ!」
……ああ、そうだな。
私は再度エアに怒られてしまった。
確かに私は少しエア達が言うように心配し過ぎていたのかもしれない。
自らの身体の管理も疎かになっていると言われれば、確かにぐうの音出ない。
私はキリっとしたエアのお怒りの顔を胡坐をかいたまま見上げている。
その表情からは『絶対に自分の意見は譲らない』と言う強い意思を感じた。
すると、このまま話していても埒が明かないと判断したのか、エアは私の頭を両手でガシッと捕まえると、ぐいーっと横に倒して私を仰向けにさせようとして来たので、抗う事無く私はそれに身を任せた。
そして、エアとバウは私が横になると、揃って私のお腹へと頭を乗せてきて、いつもの様に自分達の方がさっさと眠りについてしまったのである。
「…………」
……こうなってしまっては私に出来る事はもうないな。仕方がない。
私は二人の頭をクシャクシャと撫でつつ、そんな二人の行動に言いようのない安心を覚えた。
それに、横を見ればそんな私たちの姿に四精霊も嬉しそうな笑みを浮かべて『そのまま寝ててください。その間は俺たちがみんなを見ていますから』と頷きを見せてくれている。
そうして私は皆に心配されながら、一月ぶりに眠りにつくことが出来たのであった。
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