第329話 歓声。
2020・10・04 魔法使いの青年のイメージに内容が合わなかったので、本文を変更。後半からの物語の流れも全て書き直し修正。
「俺達には、ロムさんのような師匠が必要なんですっ!」
「でも、ロムはわたしとずっと一緒に居るって約束してくれたから、それは無理だよッ!」
「それでも!この勝負で勝ったら、ロムさんは俺達が貰います!」
「そんなことさせないっ!ロムは──」
「…………」
……なにやら、面白い事になっている事だけは分かった。
全てを把握できているわけではないが、断片的に二人の会話を聞くに、どうやら私は二人の戦いの賞品にされているらしい。
ただ、こういうのは初めての経験なので、私としてもどんな反応をすれば良いのか少し困惑してしまう。
『私の為に二人が争わないでくれ……』とでも言えばいいのだろうか。
……うーむ。だがわからん。
つい先ほどまでは仲良く訓練していたと思うのだが、どうしてそんな話の流れになってしまったのだろうか。
そもそも、その戦いはあまり意味も無さそうである。
何しろ二人が戦いどちらが勝者になったとしても、契約もしてないので何の強制力もないのだ。
その為、賞品である私も勝者に従う必要が今の所無い。
せめて私を交えての話し合いをしていればまだ魔力の強制力も働いただろうが、当然それもないのであった。
「…………」
あの二人がそんな無意味な争いをするだろうか。
……いや、何かを企んでいる可能性はある。
それか、単純に条件を付けた方が訓練にも身が入るからと言う理由も考えられなくはない。
または、遊んで演じているだけなのかもと、私は色々な事を思いながらそんな二人の戦いを静かに眺め続けていた。
「正直、エアさんが羨ましいです!俺達はあの日の事を思い出す度にロムさんが俺達の師匠だったらなって思ってたんです!だから、ください!」
「ダメ!ロムはあげられない!」
「でも、エアさんはもう充分強いじゃないですか!最近は一人でも訓練出来てるんですよね!」
「それはそうだけどダメなのっ!」
「何でですか!いいじゃないですか!けち!」
「けちっ!?ケチじゃないよ!でも、ロムはぜったいにだめなのっ!」
……ふむふむ、なるほど。
なんとなく、話は分かったかもしれない。
恐らくだが、訓練をしながらお互いに最近の話になったのではないだろうか。
そして、そこからエアの最近の魔法の訓練の話になったのだと思う。
ただ、最近はエアは一人で集中して伸びる時期と言う事もあって、あまり私と一緒に練習する時間が多くなかった。
だから、『じゃあ師匠をもう必要としていないなら、俺達は必要なのでください』と言う話になったのではないだろうか。……うむ、そんな気がする。
でも、それはエア的にも承服しかねる話だったようで、今二人はああして言い合いをしているのだろう。なるほどなるほど。
「俺達は旅して気が付いたんですよ。ロムさんがどんだけ凄い人だったのかって事に……」
聞けばあの日私達と別れてから、青年達は冒険者になって、色んな場所を旅して、色んな人に出会ったらしい。
だが、その間に出会った人たちの中で、私より上の魔法使いには一人も出会わなかったそうだ。
旅の最初の方は、私と言う魔法使いが『耳長族と言う種族だから凄い魔法使いなんだ』と彼らは思っていたらしく、また旅先でそんなエルフの人に出会ったら積極的に話かけてみようと考えていたらしい。
だが、後々、旅をして他のエルフの人や鬼人族の人とも会う機会があり、実際に話をしてみて、彼らは知ったと言う。
特に、エルフの傲慢さやその話し方、鬼人族や他の森で暮らす人々の排他的な雰囲気に、話として聞いた事はあったけれど、そこで彼らはようやく自分達の想い違いにも気づいたそうだ。
『エルフだから凄い訳じゃない。あの人が凄かったんだ。特別だったんだ』と。
そして、私が特別だと気づいたその日から、青年にとって私は憧れの対象にもなっていたらしい。
心の底から私の様な魔法使いになりたいと思い、出来る事ならばまた会って私の元で魔法を学びたいとさえ願うようになっていたのだとか。
色々と旅をしてきて、『金石』にもなり、遂には大陸をも渡ってここまで来たのも、実は白銀のエルフの目撃情報を頼りに、私達の事を追って来たからなのだと、彼は恥ずかしそうにしながらも白状していた。
「…………」
……えっ、これはいったいなんだ。
正直まさか、目の前でこんな『褒め殺し』をされるとは思っていなかったのである。
私は内心でかなり照れてしまった。素直に嬉しいかもしれない。
だが、まったくもって買いかぶりにも程がある。そんなに褒めても何も出ないのである。
……ただ、急にちょっと【空間魔法】の収納に仕舞ってある品々を整理したくなったので、ちょっと収納の中を見直しておこうかなと思った。別に、他意はない。なんか彼らが喜びそうな良いものが残っていないだろうか……。
「そ、そんなの、わたしの方がロムの凄い所たくさん知ってるんだからッ!」
すると、今度はエアの方が私の事を褒め殺すつもりなのか、エアが思う私の凄い所を何個も何個も自分の事の様に自慢し始めたのであった。……なんだろう。今日を記念日にしたくなってきたのである。
エアは、魔法に関する事だけではなく、日常に関する部分も褒めてくれた。
『良い匂いがする』『白くてフワフワ』『あったかい』……うむ、それは私の白ローブの事だね。
『凄く美味しい』『舌が喜ぶ』『ほっぺたが落ちるかと思った』……うむ、それはネクトの事だ。
『優しい』『お話上手』『カッコいい』……ほらっ!聞きましたか!これは私の事ですッ!!
もう、なんていうんだろうか。とにかく良い日です。ありがとう。
私位の魔法使いなど探せばそこら辺にごろごろしているとは思うが、なんか役得である。
……絶対に今度、友に自慢しにいこうと私は心に強く決めた。
そうして、一通りエアが私を褒め殺し終わると、チラリと私に視線を向けてニコッと微笑んだ。
そして、最後の最後にこれこそとっておきの理由だとでも言いたげな雰囲気を醸し出すと、エアは青年に向かってこう宣言したのであった。
「なにより……ろ、ろむはね、わたしの事が……大好きだからっ!」
だから青年達には、『ロムはあげられないんだ!』と語るエアは、顔を真っ赤に染め上げながらも堂々と、言った本人が一番嬉しそうにしていた。……まぁ、なんと可愛らしい事でしょう。
すると、そんなエアの宣言を聞いた周りの雰囲気も、急に『ほわっ』と桃色に染まったかのような雰囲気を感じる。ここは剣闘場の筈だが、殺伐さがゼロになってしまった。周りの剣闘士達もエアの事を興味深そうに見ていて、手が止まっている。
そして、それはエアと対していた青年も同じで、その青年がひっそりとニヤリとした笑みを浮かべていたのを私は偶然探知で捉えてしまった。
……因みに、ほぼほぼ同時に私の近くにいる彼の相方である彼女も、ニヤリとした笑みを浮かべている事に私は気づいている。
すると、そんな笑みを一瞬で引っ込めた青年は、私にまでちゃんと聞こえるようにする為か急に声を張り出すとこんな事を言い出した。
「──ふんっ!そんなの、エアさんが勝手に言っているだけかも知れないじゃないですか!ロムさんの本心かどうかは分かりませんよ!だって、ロムさんが直接言ったわけじゃないんですもんねっ!そうでしょ!ロムさんッ!」
「そんなことない!そうだよねロムッ!」
「どうなんですか!ロムさんッ!」
……なるほどなるほど。
ようやく全貌が見えたのである。……やはり企みがあったようだ。
仕掛け人は青年とエアと相方の彼女の三人のようで、最後の最後でなんとも素晴らしい連携を見せてくれた。
ただ、余りにも見事過ぎて逆に分かり易くはあったが、それがなんとも微笑ましい。
なにより、私としても嬉しい状況だった。
こういう言いやすい雰囲気を作ってくれた事を逆に彼らに感謝したい。
普段から沢山褒めたりしたいけど、中々出来てない事が多いポンコツな私だ。
彼らは沢山私の事を凄い凄いと言って褒めてくれたが、私はそれほど凄い事なんてないのである。
彼らはこれから仏頂面の私に恥ずかしいセリフを言わせてニヤニヤとしたいのだろうけど、実は内心ではいつも私は皆に言っているので、それを伝える事はあまり恥ずかしいとは思わないのだ。
実際、日常だとこういう言い出し易い雰囲気作りが一番難しくて……、いや、今はそんなあれこれはさて置き、ちゃんと伝えておこう。
彼らが用意してくれた企みに、私はまんまと乗って行こうと思う。
だから、私はエアの方を向き、そして出来るだけの笑顔を心掛けて、一言発した。
「ああ。私はエアが好きだ」
──おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
するとその瞬間、青年や彼女、そして周りの剣闘士達から、謎の拍手と歓声が響き渡り、その歓声に包まれながら、エアは後ろにパタリと倒れて静かに失神してしまったのであった。……心配して皆で近寄ってみると、倒れたエアの表情は、それはそれは良い笑顔をしていたのであった。
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