第328話 沙門。
──コツンコツン。
何やら硬質な物が軽くぶつかり合う音が聞こえる。
何かと思い、そちらへと視線を移せば、どうやらエアと『天稟』の魔法使いの青年がバチバチと睨み合う様な雰囲気を醸しつつ、両者ともに覚えたばかりの魔法を使って互いに槍と杖を浮かべてポコポコぶつけあっていた。
……いったい二人は何をしているのだろうか。それも訓練かな?
エア達に魔法を教える事となってから数日が経った。
剣闘士達と一緒に思い出話を一通り咲かした日から程無くして、エアと青年の二人は元々魔法巧者と言う事もあってか驚く程に早く魔法を覚えてしまったのである。
と言うわけで私は今、剣士女性に付き添って教えている最中であった。
……ただ、その習得状況は現状あまり芳しくない。
だが、彼女もまた頑張り屋さんで、何度失敗しようとも諦める事だけは無かった。
数年前までは一切魔法が使えなかったと言う事もあって、時間がかかる事は本人も覚悟していたらしい。
相方の青年から魔法の手解きを受けつつ覚えた【身体強化の魔法】も、一から訓練して苦労の末覚えたようで、その時の経験もあって彼女に焦りは全くないようである。
数年前、私達と会った際、彼女は魔法の一切が使えない状況でも、既に己の身体一つで剣士としての素晴らしい才能を開花させていた。
ただ、その身体の成長はまだ才能に追いついておらず、かなり無理を重ねたであろう彼女の身体は、壊れる一歩手前の状況であったのだ。
だから、そんな状況の彼女を守る為に相方の青年が【回復魔法】を確りと覚えた事も含めて、ちゃんと有言実行を果たした二人を、私は素晴らしく思った。
私の語彙力は貧弱で、また上手く褒める事は出来なかったけれど……その代わりと言ってはなんだが、彼らの新たなる力としてこの魔法を教えられるのならば、それは私としても素直に喜ばしい事である。
──と言うわけで、今日も頑張って彼女へと魔法を教えていこうと思う。
先ずは基礎のおさらいだ。
「……ロムさん。あの……ピクリとも浮きません」
現状、彼女は剣を【浮遊】させる事には既に成功していた。これだけでも大きな成長だ。
なので後はそこから更に魔力を使い、動かす事が出来れば成功である。
ただ、この先は普段から『詠唱』だけで魔法を使っている者達や、あまり意識せずに魔法を使っている者だと、無意識にやっていたりする事なので中々に意識して行うのは難しかったりもするのだが……これは以前にも話をした、魔法の『管理』に少し関わって来る部類の話であった。
「そのまま焦らず、気を緩めずに。ゆっくりで大丈夫だ」
私は彼女に出来るだけ分かり易く説明したいと思い、頭を捻りながら丁寧に言葉をかけていった。
先ず、基本的に【浮遊】の魔法を使い、それ以外の、他の種類の魔法は使わない。
……因みに言っておくと『操作』と言う『詠唱』の魔法もあるにはあるらしいが、それは今回の場合では使用を禁止させて貰った。これは近接戦闘目的で使う予定の魔法なので、一々言葉を発する余裕が無い為である。
そして流れとしては、【浮遊】の魔法を維持したまま、もう一つ同時に【浮遊】を発動させて、別の方向に浮かす感覚で操るか、または最初に使う【浮遊】の魔法を『木の幹』などに見立てて、そこから『枝分かれ』をさせる感覚で追加の魔力を使って動き与えるか……などなど、幾つか方法があり、それらを用いて好きに動かす事が出来れば成功であった。
操る為の方法自体は幾つもあるし、私も時と場合によって『木』に見立てたり『糸』で物を引くときの動きに見立てたりと分けて行っているが、それぞれが想像しやすいのならばどんな物に見立てても構わないだろう。
だが正直、言葉で全部を説明するのは少し難しく、こればかりは魔法使い達一人一人のセンスにも依るので、『絶対にこの方法が良い!これにしなさい』と言えないのが教える立場としては辛くそして気を遣う部分であった。
……最終的には、彼女の感覚と判断に任せるしかないのである。
「わたしは……あの日、最初ロムさんと訓練した時に、剣が自由自在に【浮遊】している様を見て、そこに『人の姿』を感じました。あの時、わたしは同じ剣士の凄い大男の人を感じていたんです。その人は凄い厳しくて、でもとっても優しくて、容赦なく何度も何度も吹き飛ばしてくるんですけど、その度にわたしが立ち上がるまでずっと待っていてくれて──」
──一応言っておくが……ぜんぶ、かのじょの、そうぞうだ。
当然そんな人物は存在しないし、もちろん彼女が精霊達の姿を見たわけでもないだろう。
どうやら彼女はあの時、私の操る大剣と戦いながら、そんな事を考えていたらしい。
そして彼女はあの日から、密かにあの大剣使いを倒したいと思いながら訓練を続けてきたそうなのだ。
ここ数年で剣士としてまた一つ大きく成長できたのも、魔法を使えるようになったのも、その影響が少なくないと言う。
……正直、『人』の動きを見立てて操るのは難易度が高いと私は思った。
とても複雑で、繊細な魔力操作が要求されるのである。
単純に、もう一人自分以外の人を常に思い浮かべながら、その人はどう動くだろうかと考えて、剣を【浮遊】させつつその動きを表現する為に魔力を追加していくのだ。……なんとも頭が混乱しそうな話だと思う。
彼女は剣士として自分も戦いながら、尚且つそれを想像しつつ魔法を扱えるのだろうか。
「…………」
まあ、その難度の高さの結果が、現状を表してもいるのだが……。
だがしかし、難しいかもしれないが、私は彼女のその考えを否定はしなかった。
それが良いと思うのならば、『そのまま突き進みなさい』と伝えるのみである。
なにせ、感じ方は人それぞれなのだ。
何が、彼女にとっての正解なのかは、彼女が自分で心のままに見つけるしかない。
己の好きな様に、己の魔力で、己の想う動きを与えていくのである。
剣士である彼女にとって、これはかなり厳しい道のりにも思えた。
だが、上手くいけば彼女は、これから魔法使いとしての道にも一歩を踏み出せるようになる。
そう。彼女は今、『魔法剣士』の道へと悩みながらも一歩一歩ゆっくり歩み始めていたのであった。
だから私は、心の底から彼女を応援し続けている。
彼女の想像が上手くいくようにと、実際に大剣を浮かべて動かしてみたり、あの日と同じように彼女と剣の訓練も行なってみた。
数年ぶりの再戦には彼女も喜び、そして嬉々として見えぬ大男使いの剣士へと彼女は向かい続けたのである。
『あの日と同じ。凄く強い。まだまだ遥か高みに居る!』と、何度も吹き飛ばされては剣闘場で失神を彼女は繰り返したが、そんな呟きをしながら彼女は凄く嬉しそうに微笑んでいた。
──そして彼女の訓練は、エアや相方の青年よりも日数は掛かったけれど、ちゃんと彼女もコツを掴む事はできたようで、自分のスペアの剣を【浮遊】で浮かせると、それに大上段からの振り下ろしをさせる事だけは、とりあえず上手く動かす事が出来るようになっていた。……私がよく使った動きをそのまま取り入れてみたらしい。
そして最終的には、彼女はスペア剣の振り下ろしを自分で受け止めると、それに自分で反撃を返してニヤリと微笑み、一人で出来る訓練方法を覚えたのであった。正直、上出来である。教えた私としても大変に喜ばしい限りであった。
まだまだそれ以上の複雑な動きをさせるには練習が必要だが、この先は本人の訓練次第なので今後の彼女の成長にまた期待する事にしようと思う。
──ゴツンゴツン!
一方、一足先に魔法を覚えられたエアや青年はこの間少しずつ技量を上げていたらしく、響く音がだいぶ重たく変化している。
訓練を重ねる事で武器を振る攻撃速度は速くなるし、一撃一撃の重さも増してくるので、良い感じに成長しているのがその音からも分かった。……とても順調らしい。だいたい同じ位の技量の相手が居ると、どうやら成長速度も早くなるようだ。
「……ん?」
──だがしかし、その音のする方へと視線を向けてみると……どうやら、私が思っていた雰囲気とは何だか少し違う様子になっている事に私は気づいた。
「──エアさんっ!これで俺が勝ったら!ロムさんは俺達が頂きますからね!」
「負けないよっ!ぜったいに、ロムは渡さないっ!」
「…………」
……えっ、私?
またのお越しをお待ちしております。




