第327話 芳恩。
『覚える気があるなら、魔法を教えようか』と言う私の問いかけに対して、青年はポカンとした表情を浮かべている。
急に私が何を言い出したのかと、いきなりの事で理解が及んでいないらしい。
だが、そんな彼の代わりとでも言うかの如く、私の傍と青年の傍から一本ずつ手が挙がった。
「はいっ!覚えたいですっ!」
「ロム!わたしも知りたいっ!」
彼の相方でもある剣士女性と、エアの二人が『是非!わたし達にもそれを教えてください!』と興味ありますと瞳を輝かせている。
周りの剣闘士達の中にもちょっと教えて欲しそうな者はいたが、新人二人とエアに遠慮しているのか躊躇っているように見えた。……すまない、あとで皆にも教えにいこう。
ただ、剣闘士達の中には私が剣を浮かべている事に対して『その魔法って、そこまで難しい事か?』と首を傾げている者も多い。
一見してこれは【浮遊】と言う魔法で物をただ浮かべているだけにしか見えないから、そう感じてしまうのも気持ちは分かる。
実際に、魔法を使える者達は自分の武器を傍に浮かべてみて、私へと視線を向けている者もいた。
なので、私はそんな彼らの疑惑に応える為に、私の隣にある剣をその場で大上段から振り下ろすままに回転させて、何周も何周も大凡人が振る事が出来ない速度で大剣を回転させ続けてみる。
「……あっ、むりだ」
そして、そんな私の真似をしようと思った者達は理解できたようであった。
【浮遊】ではどう頑張っても私と同じ動作が出来ず、同様の動きをさせようとしたら、【浮遊】させたまま、他の魔法も一緒に使う必要があるのだと言う事に。
つまりこの魔法は、複数の魔法を同時発動し、維持し、巧みに操らないと出来ない仕組みになっているので、意外と難度も高くコツもいるし、消費する魔力もそこそこに大きいのであった。
正直な話、魔法使いの世界においては、これはあまり人気がない類の魔法である。
何故なら、複数の魔法を同時に発動して出来る事が、『自分の武器を浮かべて操る』だけなのだから。
大きい魔力を消費して出来る事がたったそれだけならば、普通に他の魔法を使って攻撃した方が絶対に効率的だし魔力の消費ももっと少なくて済むのである。
だから、これを覚えるのは基本的に物好きな魔法使いだったり、自分の手で行うには危ない精密な作業を代わりに物を使って行う事が求められる時くらいであった。
だが、これを極めれば、肉体が強靭ではない惰弱な魔法使い達でも、武器をまるで自分の手足の様に扱う事が出来る様になる。
そして、基本的に剣闘士達と言うのは、自分の武器をまるで己の身体の一部かの様に扱って戦っている為、彼らにとってこの魔法で戦ってくる魔法使いは『有り』らしい。
現に私も一度だけだが、剣闘場で多くの観客達がいる中、この魔法を使って剣闘士達と近接戦闘をした事がある。
その時、最後までこの方法で戦いぬいて、観客達からも歓声を受けた覚えがある為、見に来る観客的にもこれは『有り』のようだ。
「あの時はヤバかったよな……」
「うん。俺達、最初はみんなロムさんを『ただ裁縫が上手いだけの人』だと思ってたんだよな……」
「ああ。エアさんが『ロムは強いんだからねっ!』って言っても信じられなくてな。大袈裟に言ってるものだとばかり……」
「……だが、結果は当時のランカー全員が、あの大剣一本に完全に攻撃を封じ込まれていたな」
「その後は、斧でみんな仲良く簡単に吹き飛ばされたもんな……今ではいい思い出だよ……はは」
……そ、そうだったろうか。決して簡単などではなかったと思うが。
まあ、嬉しそうな表情で語っているので、敢えて私は彼らの話に対してツッコミは入れないでおいた。
とりあえずはそう言うわけなので、青年が自身で剣闘士達と戦いたいと思うなら、正直身体を鍛える事から初めて『杖術』を一から覚えるよりも、こちらの魔法を覚えて『杖を巧みに操る』方が彼には余程合っているだろうと彼に伝えてみる。
エアには必要ないかもしれないが、覚えておきたいと言うなら喜んで教えよう。
相方の彼女は、少し魔力量が足りなさそうに視える為少し大変かもしれないが、一番覚えたそうな顔をしているので頑張って習得して欲しいと思う。
彼女はかつて、あの大剣を使って私と訓練をした事があるからか、どうやらこの中で一番意欲的に取り組みそうな雰囲気があった。
「確かに、その方が俺に向いてる気はします。……けど、良いんですか?そんな方法を俺に」
「ああ、構わん」
「でも、俺、なにも返せませんよ?」
『教えて欲しいとは思う。けれど、金もそんなにあるわけじゃないし、それに見合う対価がない』と彼は残念そうに語った。
そんな彼の言葉に周りの剣闘士達も『気持ちはわかる』と言いたげに『うんうん』と頷いている。……そこまで気にしないでもいいのだがな。
……ただ、人によってその価値観は異なるだろう。
タダで教えて貰えるんなら、遠慮なく受け取っておくべきだと考える者もいれば、一方的に施しを受けるだけなのは気持ちが悪いから、受け取りたくないと思う者もいる。
それが今回の場合、彼にとっては、私からのその教えは有難いけれど、何も対価無しに受け取れるほど気持ちの良いものではないと感じたのだろう。落ち込んではいるものの、彼も『金石』の冒険者なのだ。プライドもある。過剰な施しは嬉しくなさそうな雰囲気であった。
それに、既に『答え』は見せて貰ったのだから、それで十分だと言う考えもある。
そして、きっと彼も、その考えへと至ったのだろう。……そんな顔をしていた。
今にも私からの先の問いに対して『やっぱり大丈夫です。あとは自分一人でどうにかできます』と拒否してしまいそうである。
『難易度は思ったよりも高そうだけれど、既に完成系は視たのだから、その技の一を知り、後は自分で十にまで昇華して己の技にしてみせる』と。
……確かに私も『覚える気があるのなら……』と言う風に問いかけたので、彼が必要ないと言うのならば、これ以上はあまり余計な口出しはしないでおこうと思った。
エアも教えて欲しいみたいだし、彼の相方である剣士の彼女の方がどちらかと言えば大変そうなので、彼の分まで彼女へと丁寧に教えてあげたいと思う。
……だが、本来は『そんな遠慮する必要なんてなかったのにな』と私は内心で思っていた。
だって、私はかつて、別れの時に彼らにこう言ったのだ。
『次合う時にどれだけ成長しているか楽しみにしている』と。
それに『また必要ならば指導する』と言う約束もしていた筈である。
だから、本当は最初から対価なんて考えなくても良かったのだ。
私はただ、頑張る彼らを応援したいと思っただけなのだから。
……彼はもうあの時の事を忘れてしまっただろうか。
ただ、そんな風に想っていると、急に何となくだがかつての生意気だった少年の姿がふと浮かんで来て、それが今の彼とも重なり、思わず自然と私はとある言葉を発していた。
『……ちゃんと、【回復魔法】も使えるようになっていたのだな。頑張ったものだ』と──。
──すると、その瞬間彼はビクッとなり、恐る恐る私の顔を見上げて、少々顔を赤らめ始めた。
……ん?どうしたのだろう。
「……そんな事まで、覚えていたんですか」
そこまで大きな声ではなかったが、どうやら彼には聞こえてしまったらしい。
それも彼は、私が彼らの事を『本当はあまり記憶に留めて無いだろう』と思っていたようで、所詮ただの知り合いだろうし、先ほどの『魔法を教える』と言う言葉もただのリップサービス位に思っていたみたいであった。
──いやいや、そんなわけないだろう!と私は強く言いたい。
まったく、ちゃんと覚えているに決まっているのだ。
……私だってまだまだ現役なんだぞ?もーっ。
「……あの、なんか、すみませんでした」
少し前にもこんなやり取りをしたばかりな気がしたが、まあ彼らも分かってくれたようなので、とりあえずはもう許しておこうと思う。
ただ、そんなやり取りをしていると、何故か『天稟』二人は急に大層嬉しそうに微笑みだした。
……と言うか、隣に居るエアや、そして剣闘士達までもが笑っているのである。
なんだ君達。そんな皆して微笑んで。何かを企んでいるのか。
……むむ?さては、私が本当に覚えているのか疑っているのだろう。
二人の事だけではない。時々しか来ないとは言え、剣闘士達みんな事もちゃんと覚えているぞ。
よーし、分かった。ちゃんと覚えているかのテストをしようじゃないか。
……ゴホン。それではさっきの魔法を教える前に、これから私が君達の事をどれだけ覚えているか、先に話しておこうと思う。……構わないかな?いい?よし、大丈夫だな。それでは皆に伝えておくのである。
こうする事で、剣闘士の皆も『天稟』二人もお互いの事がよくわかるだろうし、私の記憶力がポンコツではない事の証明も出来るとあって、まさに一石二鳥であろう。
……何故か、隣に居るエアがずっとクスクスと笑い続けて居る事が気にはなるけれど、剣闘士達の事は『お裁縫』も含めた普段の話を、『天稟』の二人の事は出会った当初の彼らの話や共に訓練をした時の事などをゆっくりと話して聞かせたのであった。
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