第326話 羨魚。
『天稟』の二人は剣闘士になった。
『金石』冒険者の参戦と言う事もあり、そんな新人二人の活躍を先輩剣闘士達も観客である街の人々も大歓迎で期待している。
もちろん、応援する人達にとって自分の『推し』剣闘士は居るだろうが、有望な新人が増えて、更に剣闘士達全体のレベルが上がる事を皆喜んでいるのだ。
そして今回は特に、剣士女性がその見目と剣技の美しさと、純粋な運動能力の高さから多くの人の目を惹き、デビュー戦で華々しい勝利を収めた事にもよって一躍大人気になったのであった。
それも彼女が倒した相手と言うのが、早速この剣闘場の上位十人に入る有名な男性剣闘士で、尚且つ彼女と同じで剣士であると言う事も大きかったのである。
いきなり最初からランカーの一人と戦う事になった事は驚きだったが、それにも実は理由があり、なんでもデビュー戦の相手は誰が良いかと言う話し合いになった際、お互いが同じ位の長さの武器を得意とすると言う事で、両者共に意識せざるを得なかったから、らしい。
戦いとはそもそも、個々の練度の差もあるけれど、武器の間合い等によって得意不得意が自然と生じてしまうものでもある。
そして、期待の新人の初戦をそんな有利不利がある中で戦わせるよりは、純粋に同じ武器を使い、どっちの力量が上なのかを見せた方が観客も湧くし、皆も新人の実力がよくわかるだろうと、そのランカーである剣士の男性は、自ら新人の彼女の相手になると名乗りを上げたのであった。
私はそんな彼の話を、少しだけ『良いな。思いやりがある先輩なのだな』と思っていたのだ。
だが、その話をしている最中、周りの剣闘士達の視線はとても冷たく、そんな彼にほぼ全員がジト目を向けていて『あっ、こいつ、自分がやりたいからって、そんな話を……』と思っていたらしい。
それに、その誘い文句は彼女に『ビビビッ!』とよく響いたようで、彼の名乗りとほぼ同時に彼女も『喜んで!わたしでよければ是非ともお願いします!』とすぐさまに了承を返したのであった。
第三者の視点からただ見ていた私としては、純粋にその戦いは見ていて面白そうだと思えた。
……まあ私の場合、一目で彼らの剣術の差などわからないので、単純に彼らの魔力を視て判断しているに過ぎないのだが、互いの魔力量においてはそこまで大きな差はないだろうと感じたのである。
両者ともに肉体を強化する術を魔法で使えるだろう事は分かったので、本当に限りなくお互いの剣士としての技量が勝負を分ける事になるだろうとも思った。
きっと観客達からしても、どちらが勝つのか分からない戦いと言うのは、心躍るものになるだろう。
なにより、互いに剣闘士として是非とも戦ってみたいと思い合える相手と出会えたことが先ず素晴らしい。両者共に怪我等は気にせず精一杯楽しんで尚且つ頑張って欲しいと私は思った。
「…………」
……ただ、一方それに引き換え、彼女の相方である魔法使いの青年の周囲には淀んだ空気が漂っていた。
と言うのも、彼の相手が、まったく、決まらないのだ。これには剣闘士達もかなり頭を悩ませていた。
どうやら、彼の『杖術』は控えめに言っても……その、ちょっと初心者過ぎて、剣闘士として相手にならないと言うか、単純に下手と言うか、観客の前で披露するに丁度いい対戦相手が一人も見つからなかったのである。
魔法は得意なのだが、あまり近接戦闘の方は得意ではないらしく、単純に魔法の撃ち合いならば勝てるのだけれど、武器を使っての戦闘になると途端にポンコツな感じになってしまうらしい。
魔法使いとして十分に優秀なのは分かるが、武器が逆に枷になるなら無理に使わない方が良いだろうし、正直それなら別に剣闘士として戦わなくても良いだろうと言う話になってしまう。
回復魔法が使えるようになったそうなので、それなら治療師の手伝いでもするか?と言う方に話の流れは傾き始めていたのであった。
「でもっ!俺だって、訓練すればきっと『杖術』を使って巧みに戦えるようになれますっ!それに、ここで引いたらカッコ悪すぎませんか!俺だって魔法だけじゃないって事を見せたいです!あいつみたいに華々しいデビュー、とまでは言いませんが……それすら俺には無理なんでしょうか?」
「……す、数年、訓練してからなら、でびゅーできる……かも?」
「……えっ、俺ってそんなですか?」
「……うん、まあな。ほんとここって、結構レベル高いんだわ。それにお前、魔法があるならそっちで頑張ればいいじゃねえか」
「…………」
『剣闘場とは、熟練者達がしのぎを削って戦い合う場であって、初心者が訓練に来るような場所ではないぞ』と。
『治療師が嫌なら、街にある道場で、一から『杖術』の訓練をしてきた方がきっとお前は伸びるぞ?』と。
暗に『お前は剣闘士に向かない』と言われてしまった事で、彼は『ガーン!』と言う音が聞こえる程に肩を落としていた。
──チラ。
剣闘士達から、彼はまだ戦うレベルじゃないと言われてしまった。
なにせ、彼らは真剣だ。
剣闘士としてのプライドもある。
初心者がお遊び感覚で中途半端に手を出してくるのは、そのプライドに泥を塗るような行為であった。純粋に、対戦してくれる相手に対しても凄く失礼なのである。
冒険者として『金石』と評価されている者ならばそれも自然とわかる話だった。
『分を弁える事』は、冒険者としても凄く重要な事なのだから……。
やる気だけではどうしようもならない事がある。
夢を描くだけならば誰にでも出来る。
だが、幾ら隣の芝生が青く見えようとも、それは自分のものではないのだ。
──チラ、チラ。
人は自分の持っているもので戦わなければいけない。
他のものを手にしようと思うのならば、それ相応の時間や労力が必要になる。
それに、彼には魔法があるのだ。
それならば、それを活かせばいいだろうと剣闘士達は言っている。
治療師として、闘う者達を支える事で活躍する道もあるぞと言っている。
だが、それは彼の求めるものと少々異なったようだ。
『天稟』の彼と彼女は、互いにこれまで一緒にやって来た。
等しく『天稟』と言うその奇跡のような才を持つ者同士として、剣と魔法で互いに支え合って来た。
だから、ここでもお互いに肩を並べて戦いたかったのだろうと言うその気持ちはよく分かる。
相方が一歩先に進んでいる様を見るのは、寂しさを感じるのだろう。
彼女の華々しいデビュー戦を間近で見ていて、今の彼はまるでおいて行かれた様な気分になっているのだ。
──チラ、チラ、チラ。
正直言って、子供が駄々をこねる様な、そんな幼稚な話ではある。また、ただの意地でもある。
数年見ない内に身体は大きくなったが、なんともまだ少年らしさは残っているようだと感じた。
だが、剣闘士達はそんな彼の事が嫌いではないのだ。
『金石』冒険者になるくらいの人物だ。誘った段階から、既にその力は十分認めてもいる。
特に魔法の腕前なんか、自分達では足元に及ばない位に素晴らしいと思っている様に視えた。
……正直、彼らの方が、この青年の事を羨ましく想っているのである。
それに、そんな彼の隣には、美しくて強い剣士の彼女もいるのだ……そりゃ、少しくらいは意地悪がしたくなっても、人情的には仕方ないと言う話で……。
──チラ、チラ、チラ、チラ。
「…………」
……まったく、君達も仕方がないんだから。
そう何度も私の方をチラチラと見ないで欲しい。
剣闘士達は新人をからかうつもりで、半分冗談交じりに言っただけだったかもしれないが、それが予想以上に青年を落ち込ませてしまったので、今更それが冗談だったなんて言えない空気になってしまい困っているのである。
それで、先ほどからその尻拭いをして欲しいと『ロムさん!すいません!なんとか頼みます!』と視線で何度もお願いしてきているのであった。
──要は、彼らは剣闘士としてこの魔法使いの青年が活躍できる方法を知っているのである。
と言うか、その答えはこの剣闘場にいる全ての者達が知っていた。
そしてエアも、私の方へと視線を向けて同じようにニヤニヤと微笑んでいるのである。
彼らのあの表情はこう言いたいのだ。
『魔法が得意なのも、運動が苦手な部分も、実はとある人物とよく似ていませんか?』と。
……つまりは、私とこの青年は根本的にそっくりなので、私の戦い方を真似しろと、剣闘士達は彼に本当は言いたいのであった。
ただ、それを彼らの口から言わないのは、それが『私の技術』である為、青年自身が気づくか、私が直接教えるかしない限り彼らからそれを漏らす事は絶対にしないつもりであるからだ。
これは何にでも言える事なのだが、例えるならば、武術、それも剣技等において色んな『流派』が存在する事に考え方としては凄く近いかもしれない。
同じ武器でも戦い方は異なり、流派によって『特殊な奥義』があったりする。
それを他の流派の者が、勝手に模倣して使ったり、言い広めたりする事は武人としてあまり薦められる行為ではないと彼らは考えているのだ。
青年がその技が自分に必要だと気づいて密かに練習し、その技を会得しようとするならまだしも、『ロムさんが言わないのに俺たちが勝手にそれを薦めるのは、ロムさんに申し訳が立たない』と彼らは気遣ってくれているのであった。
……内心、私としてはそこまで気にしないので大丈夫だよと言いたいのだが、折角気遣って貰った訳なので、私の方から彼へと伝える事にしようと思う。
そこで私は、『ズーン』落ち込んで俯いている彼の傍まで行き、その肩をポンポンと叩くと、自分の横に【空間魔法】の収納から取り出して浮かべた木製の大剣を指差して、彼へとこう尋ねた。
『……この魔法、覚える気があるならば、教えようか?』と──。
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