第324話 毘。
私達は『言祝の里』から『白銀の館』がある街まで帰って来た。
季節は芽吹きの季節の真っただ中、こちらは暑い大陸だが今日は良い風が吹いていて、普段よりはかなり涼しく感じる。
そして、風は剣闘場でも高らかに舞い上がっていた。
「来るぞ!受ける!」
「援護する!魔法頼んだ!」
「任せて!空に風刃行くよ。……合わせてっ!一、二、三連!」
「継ぎます、四、五、六!良し命中ッ!……んっ!?違う、躱された!!後ですッ!魔法!属性風!威力大!回避してッ!」
「──ぐわっ、足が……だが、まだ堪えられる!俺はいい!自分で回復する!そのまま攻め続けろッ!」
今回の旅は思った以上に早く戻って来た。
そして返って来て早々、青年達は剣闘場へと向かい訓練に励んでいる。
観客席には剣闘士仲間だと思われる者達が居て、その様子を興味深そうに眺めているようだ。
因みに、今はやっているのは、青年達五人対エアの魔法戦であった。
青年達は五人で連携しながら、空を軽やかに飛び回るエアと魔法を撃ち合っている。
一応これは空を飛んで魔法を使って来る『ドラゴン戦』を想定しているようで、エアが空を飛びつつ魔法を使って五人を攻撃し、五人はそれを防ぎながら反撃する訓練らしい。空飛ぶ側のエアの魔法の威力は今回は抑えめにしてあるのか、エアの方は出来るだけ攻撃回数や相手の隙をつく事を主眼において戦っている様に視える。
ふみふむ。エアの空中機動は流石に素晴らしい。
だが、エルフの青年達も互いに上手く援護し合いながら、エアの魔法攻撃を巧みに防いでいた。
……上手くなったものだ。
少し防御重視の為か攻撃の手こそ少なくはあるけれど、魔法使いとしても剣闘士としても彼らの成長を凄く感じる事が出来た。
もしかしたらエアの影響なのだろうか、彼らの防御寄りの動きを見ていると、なんとなく私としてはほっこりとしてしまう。……うむ、良いぞ。双方ともがんばれ。
そんなエア達の訓練を魔力で探知しつつ、私はいつも通りに剣闘場の建物内の一角で『お裁縫』に励んでいた。暫く空けただけで、もうこんなにも多くの剣闘士達が服の修繕を頼みにやって来たのである。一室を借りているのだが、ほぼほぼ満杯だ。
ただ、私の長年の経験と魔法によって、一人に掛ける時間は数分も掛からない為に、意外とそれだけ居てもサクサクと進んでいる。まあ、入れ代わる様に次々と部屋には剣闘士達が入って来るのだが……。
「ロムさん!これも直りますかっ?お願いします!」
ん?どれどれ?おや、こんなに大きな穴が出来てしまったのか……ふむ、これは作り直した方が早いかもしれないな。どれ、少し待っていなさい。デザインとサイズを視てから直ぐに作り直すとしよう。ん?そっちもか?仕方ない。どんどん持ってきなさい。全部直してあげようじゃないか。
……うむうむ、たのしい。
──ただ、そうして『お裁縫』をしていると、ふと目に付いたのは剣闘士達の手にある指輪型の魔法道具とその上に乗る魔石だ。皆、指にその指輪を付けているのが見える。
……どうやら、ギルドは頑張って量産してくれているらしい。
まだ少し安全性に不安が残るものだが、体調を崩しているの者の話もあまり聞かないので、現状は上手くいっていると見える。
ただ最近では、剣闘士達の中だけではなく街の人達にもつけている者が増えている事が少しだけ心配の種であった。
肉体的にも魔力的にも街の人は剣闘士達よりも抵抗力が強いとは思えないから、体調を崩すとしたら先ず街の人達からだろう。
だが、そんな安全面での不安も、お父さん達が今頑張って作ってくれているので、時期にその心配も解消されると思うのだが……。
「……ん?」
──ただそうして、一抹の不安は感じながらも、建物内でのんびりと『お裁縫』を楽しんでいた私なのだが、その時急に、剣闘場の方から少し不思議な魔力の流れと膨張を感じとったのである。
人それぞれ魔力の最大値と言うのはあまり急激な変化をするものでも無い為、今感じとったように、個人の魔力が急激に膨らむ事など、そうそう無い筈なのだ。
なので、気になった私は更に探知へと魔力を込めると、一層注意深く剣闘場を視てみたのであった。
……すると、そこには一通りの訓練を終えて朗らかに感想を話し合っている青年達やエアの姿と、その訓練を観客席から見ていた二人の男女が、今まさに剣闘場へと降りて行き、何やらエア達の方へと言い合いをしながら向かっていく姿が視えたのである。
もしや、『何某かの襲撃か?』と私は一瞬思ったが、エア達へと近づく男女の内、男の方が手を振りながら楽しそうな笑みで、急に声を大きく張り上げたのであった。
「おーいっ!あんた達っ!さっきから見てれば面白そうな事してないかっ!是非とも俺達も混ぜてくれっ!」
その呼びかけに、私はなんとなく聞き覚えがある様な気がした。
「……ねえ、いつもいつも言うけど、ほんとうにこう言うの止めといた方が良いと思うんだけど、この飛び入り参加でいつも私達って騒ぎになってるじゃん。私まだこっちの大陸に来たばかりだし騒ぎは起こしたくないんだけど……ん?あれ?」
「……んっ!!あれっ!?君達二人、なんか見た事あるっ!」
エア達へと近づいて行った男女はまだ若く、どちらもまだ十代の後半か二十代前半くらいだと思われる二人組であった。
そして、男性の方は黒く長い杖を持っている事から魔法使い、女性の方は魔力が籠っている剣を備えている事から剣士である事が察せられる。
そんな二人は、雰囲気から既に独特で、その首にある『金石』の輝きからしても十分に只者ではないと言う事が一目で分かった。
観客席にいた周りの剣闘士達も、剣闘場にいるエルフの青年達も警戒を高めている様に視える。
──ただ、そうして近付いた所で、エアと相手の剣士の女性は、お互いが互いに見覚えがある相手だった事に気づいたようで、『あっ』と声を揃えて驚きの表情を見せた。
だが、そんな二人とは違い、剣士女性の相方である魔法使いの男性の方は分からなかったらしく、『ん?この人とお前、知り合いだったの?』と不思議そうに首を傾げている。
『あんたこそ、なんで覚えてないのよ!』と、隣にいる魔法使いの男性に呆れる様な溜息を吐きつつ、剣士女性は彼へと何かを身振りも交えて説明し始めていた。
……その間、魔力を少し強めて探知した結果もあって、私には直ぐに彼らがどんな人物達だったのかを思い出す事ができたのである。
それに、たった一度会っただけの相手ではあるとは言え、二人ともに凄く特徴的だったので、あの日を思い返すと凄く懐かしくもなった。
エアの方も完全に思い出した様で、彼らに出会えて嬉しそうに微笑んでいる。
でもまさか、こんな場所で出会うとは思ってもいなかったのだけれど……この二人は、かつて私達が偶々道端で出会っただけの存在であり、二人共に『天稟』と呼ばれる特殊な能力を備えたかなり珍しい存在であった。
そして、あの頃から既にその才能の片鱗は感じさせていたのだけれど、数年経った彼らはまさに、まごう事なき『天才』と呼ぶに相応しい、特別な存在へと成長していたのであった。
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