第32話 接。
「せいれいがいるのっ!?すごいっ!だから、ひかるんだっ!」
私は光る槍を返す時に、エアにこの中には光の精霊が宿っている事を告げた。
エアにはまだピンと来ていないかもしれないが、光の精霊が宿る前とは明らかに槍の存在感が違う。特に自己主張するようになった。今もエアに凄いと言われて槍がエアに気付かれない範囲でくねくねしている。……光と闇の精霊は嬉しいとくねくねするらしい。
一通り眺めて満足したのか、エアは光る槍をお気に入りの古かばんにしまって朝食を食べ始めた。かばんにしまわれる瞬間『あっ』と言う声が聞こえた気がしたが、やはり良かったのだろうか。エアは基本的に槍をあまり使わないし、自分の持ち物の整理整頓もしっかりしてるので、狩りに行く時以外は光の精霊はあの中にいる事になるのだが……まあ次に話をする時に確認しておくことにしよう。
昨日の事はエアになんの影響も与えてないだろうと思っていたのだが、間接的には違っていたらしく、今日の彼女はいつも以上に魔法に対して貪欲的に学んでいた。
私はその様子が気になったので、それとなくエアにその理由を尋ねてみる。
「……うーん、わたし、せいれいみえないから。もっとがんばったらって」
なんと言う事だ。いつも元気いっぱいなエアが若干しょんぼりと寂しそうにしている。
エアは昨日も含めて自分だけがいつも精霊の事を全く感知できない事に、どうやら孤独感を感じてしまっているらしい。
今エアには見えていないけれど、彼女の周りにいる精霊達はそんな彼女を抱きしめて慰めようと、そのポディションを争奪するために押し合いへし合いをしている真っ最中なのだが、……まあ彼らは見えなくても今は良い気がするが。
そんな押し合いへし合いをしている彼らは大体が、風や水や火の精霊達なのだが、唯一土の精霊達だけはその様子を周りで見ていて参加していなかった。そこで私は、隣にいる一人の女性の土精霊に視線を向けると協力を頼んだ。
「少し、待ってくれるか?」
「うん?」
「本当は精霊達もエアと声を交わしたり、顔を見て、抱きしめたりしたいのだそうだ。エアの周りには沢山の精霊達がいる。君とそうなれる日を待ち望んでいる。だが、基本的に、私達が彼らの領域へと至るのが困難なのと同等に、精霊達もこちらへと至るのはかなり大変なのだ」
「うん。きいた」
「だが、しばしの時間ならば、大丈夫だ。今私の隣で土の属性に力がある者が協力してくれる。少しだけ待ってくれ」
「えっ?」
私はその言葉通りに、エアへと隣にいる土の精霊の姿を見せる為に、昨日と同等くらいの魔力を隣にいる精霊へと注ぎ込んだ。『魔力こんなにはいらないのにっ』と少し困惑する土精霊の女性だったが、彼ら精霊は基本的にその力の大部分を他の事に使っている。その為それ以上の力を出そうとすると自らの存在を消耗しながら力を無理して使わなければいけないのだ。
エアに姿を見せてあげたい。その優しい気持ちに、私が報いれるのはこんな方法しかなかった。
そうして、私から送られた魔力を元にして、土の精霊は精霊体の上に薄く土を纏い始めた。
自らを無理矢理こっちの領域へと合わせる為に、その身体を土へと変化させているのである。
言ってみればこれは、彼らにとって重りの沢山ついた全身スーツを着ている様なもので、あまり気持ちの良いものではないらしい。現に土の精霊も少し苦しそうな雰囲気を感じる。
だが、彼女はエアの為に、エアが心配にならないようにずっと最初から最後まで微笑んでいてくれた。
「わぁっ!土のせいれいっ!」
そうしてエアは初めて土の精霊を見た。
エアと土の精霊の年恰好はエアが十代後半なのに対して土の精霊が二十代後半と言った所だろうか。これ以上の歳の話は私の教訓上やめておく。
ただ、自分より少しお姉さん的な雰囲気を持つ土の精霊に向かって、エアは嬉しそうに近づいていき、そして静かに抱き付いた。そんなエアを土の精霊は受け止めて抱きしめ返し、二人は軽く抱き合ったまま暫く視線を交わし合わせて微笑みあった。その想いは互いに通じあっただろうか。
「わたし、もっとがんばるっ。だからまってて」
暫くして、エアは精霊の限界を感じたのか、最後にそう呟いた。
するとエアたちの事を見ている周りの精霊達全てと、彼女の目の前にいる土の精霊はそれに対して、同時に声を揃えて、『まってる』と返した。そしてその言葉を最後に、土の精霊の姿も消え去っていく。
その言葉の響きと重なりは、当然エアにも届いたのだろう。
大きくはないが、かなり沢山の声が重なっており、エアは驚いたようだが、次いで嬉しそうな笑みを見せた。
エアはみんなにもっと会いたいと言って、今日もがんばるぞと気合を込めて先に家を出ていった。
食休みもすることなくもう練習へと向かったのだろう。その姿にもう朝の寂しさなどはどこにもなく、やる気に漲っているのが分かった。がんばれエア。
一方。無理してみんなで声まで出してしまった精霊達は、みな朝食をとっていたリビングでぐったりとしていた。
私は彼らの優しさに頭が下がった。感謝しかない。
彼らが今の行いでどれだけを失ったかは分からないが、その代わりになればと私は一人一人に魔力を込めて癒していき、無理をしてくれてありがとうと彼らに伝えていった。彼らはみな『やりたくてやった事だから』と言う。
一番協力してくれた土の精霊は、今は息も絶え絶えな状態で、私が魔力を渡しても回復には暫くかかりそうな状況だった。なので、私は彼女を抱きかかえると近くの客間へと彼女を運びそこへと寝かせた。
ただ、彼女の方も大変だったが『役得でしたっ!』と言って本気で笑っている。
そんな彼女の言葉に周りの精霊達は羨ましそうな声を上げた。
……君達、羨ましがるのはいいけど、魔力も無しに同じ事をしては絶対にダメだからな。エアが見える様になった時、一人でも少なくなっていたらエアが悲しむぞ。
と私が言うと、精霊達はみんなそれに納得した。彼らの時間感覚は長い。少し待てば良いと分かっているのなら、きっと無理はしないだろう。……たぶん。
エアは愛されている。こんなにも多くの者達に。
彼女もまた彼らを愛するようになってくれるだろうか。私と同じように。
またのお越しをお待ちしております。