第319話 挙踵。
エルフの青年達と歩いての帰省中。
一応【転移】で帰るかと尋ねてみたのだが、彼らが歩いて帰りたいと答えたので皆でのんびりと歩いて帰っている。……その気持ちは分かる気がした。
かつて辿った道が、どこか違うように見えるのだろう。
青年達は表情が自然とニヤニヤとしてしまう位に笑顔で歩いている。
会話も途切れ途切れに『あっ、あの場所見覚えがあるぞ!』とか、『うわー、懐かしいねー』と言いながら、旅を楽しんでいた。
また、そんな青年達を見て、エアやバウはニヤニヤしているのだ。……その気持ちもよくわかる。
私達は素直に彼らが嬉しそうにしているのが嬉しかった。
それに私とエアにとっては、彼らと来るときも一緒だったのでとても感慨深い。
あの頃の彼らはまだまだ知らない事が多く、冒険者として経験が足りていない部分をエアに教わりながら街まで向かったのだ。
その頃に比べれば、彼らは顔も体も雰囲気も、全てが研ぎ澄まされた様に感じる。
『それだけ頑張ったんだ』と言う証拠が、その立ち振る舞いにありありと表れていた。
彼らはかつて、師と呼べる人物を目の前で失った経験がある。
『ダンジョン』の中で、それも彼らを守る為に命を落としたのだ。
……後悔も強かったのだろう。
これだけ頑張れた理由も、そこに端を発しているのだとは思う。
だが、彼らが今こうして、笑顔で居られるようになった事が、私としては素直に喜ばしかった。
こうして一緒に楽しい時を共に過ごして、旅をして、彼らの成長を感じられるだけで嬉しいのだ。
そして、これから先も彼らがこんな笑顔で居られるように私は協力したいと思う。
のんびりと見て回りながらの帰省だったので、往路よりも『里』に帰るのは少しだけ時間がかかってしまった。懐かし過ぎて自然と歩く速度がゆったりとしていたからだろう。
数年は経つ筈なのにほぼ変わらない光景ばかりで、私たちは不思議な安心感を感じていた。
一度通っただけの道なのだが、迷うことなく帰る事が出来る。
きっと『里』に辿り着くまではこのままなんだろうなぁと、誰に言う訳でもないが私達は全員がなんとなくそう感じていたかもしれない。
──だが、そう思いつつ森へと入っ辿り着くと、直ぐに私たちはそんな考えが誤りである事を知った。
……何故ならば、明らかに以前はなかったものがそこにはあったからだ。
恐らくは冒険者が通る様になった事で自然と生まれたのだろう、森の入口には人用の通り道が出来あがっていたのであった。
それは、森で生きる者ならば当然誰もが気付く変化だった。
そして、それがそこにある意味を、皆察したのである。
なにせ、この『里』は元々、部外者を厭う場所であった。
そう言う『里』はだいたい、関係者以外が森に入る事を嫌う為に、こういう通り道をあまり残しておかず、隠してしまうのが普通なのである。
だから、これがそのまま残っている事を見れただけでも、『ダンジョン』の脅威を受け止めて『言祝の里』がその考え方を変えたのだと直ぐに理解出来た。
きっと皆、仕方ないとは思いつつ、我慢しながら受け入れた事だろう。
もしかしたら、やって来た冒険者との間では、未だ関係が上手く構築出来ていない可能性もある。
だが、きっと帰って来た青年達の姿を見れば、『里』の皆も冒険者に対する印象も良くなるのではと──
「いらっしゃいませー!そこのお兄さん!良い装備しているねー!だが、ほら見てみてみて!当店の武器は逸品揃いだよ!是非見ていってー!」
「あっ、いや、ちょっと今は持ち合わせが……」
「お金が足りなそうなのかい!?でも大丈夫!だいじょうぶっ!今なら出世払いでも良いんだ!さあさあ、ちょっとこの契約書にサインをしてくれればそれで問題解決だからさ!」
「…………」
「さあさあ!今朝取れたばかりの新鮮な鳥肉から作った焼き鳥串でーす!安くて美味しい焼き鳥串ですよー!!あっ、そこのカッコいい冒険者さんどうですかっ!お一つ買ってくれたら、今ならもう一本サービスしちゃいますよー!」
「あっ、そ、それなら、じゃあ、いっぽん」
「わーありがとうございますー!美味しかったら、冒険後にも来てくださいねー!待ってますからっ!気を付けてくださいね!いってらっしゃい!」
「は、はい!がんばりますっ!」
「…………」
……ずいぶんと、にぎわっているようだ。
久々に来た『言祝の里』には数多くの人がいて、そこでは里の者達と冒険者と見られる者達がどこを見回しても楽しそうに会話し賑わっていた。
冒険者用の食事処や宿、武具防具、あとはまあ色々なお店が『里』には新しく出来あがっており、予想していたようなギスギスした状況など皆無である。……まあ、仲良い事は良い事ですね。
「…………」
……ただ、先ほどからエルフの青年達は目を大きく見開いたままで、驚きすぎたのか一言も言葉を発していない。
キョロキョロと顔を動かしながら、あまりの『里』の変化を見て、もうなんて言っていいのか分からないようだ。
本当ならば、『里』の皆からの歓迎を受けつつ帰省し、大勢の里の者達に彼ら五人の成長した姿を見せて、皆を驚かす予定だったこちら側(青年達)としては、正直、目の前の光景の方が衝撃があり過ぎて既にそんな予定も霞んでしまったらしい。
「おっ、お前らも来たのか!ちょうど良い!人手が不足してたんだ!ほら手伝っていけ!ほらほらこっちに来い!」
すると、青年達五人の事に気づいた『里』の男性の一人が、青年達を半ば強引気味に引っ張って行ってしまう。
青年達は何が何だかわからない内に手を引かれ、それぞれが急に色々な店で手伝いをし始める事になった。
……ただそうしていると、当然各店の者達も里の人達ばかりなので、彼らは手伝いながら帰省の挨拶を交わし始めたようだ。
『おかえりー!元気だったかー!』
『……げ、元気だよっ!てかびっくりした!里どうしちゃったの!?』
『五人共冒険者になれたのか?』
『なったよ。まだまだこれからだけどね、強くはなったかな』
『おっ、筋肉ついたなー!かっこいいじゃねーか!』
『だろー?剣闘士として結構良い成績残したんだぜ!』
『あらー街に行って色気づいたねー!良い人でもできたの?』
『……えっ、やっぱわかっちゃう?』
『お父さん、ただいま!』
『ああ、おかえり。元気そうで安心したよ。良かったら街での話を聞かせてくれるかい?』
青年達は最初こそ『里』の変化に驚いていたが、手伝いながら皆と会話していくに内に段々と笑顔へと変わっていき、今では心から再会を喜んでいるようだった。
私達は彼らのそんな嬉しそうな笑顔を見てほっこりしつつ、買ったばかりの焼き鳥串をパクパクと美味しくいただいている。……おいしいです。
そして、そんな私とエアの間では、バウが『里』の人達と青年達の笑い合う姿を見ていて、急に『描きたい欲』が『びびびっ!』と来たらしく、早速とばかりに絵筆を腕に装着すると楽しそうに板へと色を引き始めていた。
──思っていた帰省の仕方とは少し違ったかもしれないけれど、『言祝の里』は笑顔で溢れていたのであった。
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