第315話 心砕。
……人の頑張りに、けちはつけたくないものだ。
それも、親しき者達の頑張る姿を見てきて、彼らが心血を注いで作り、その作った物がギルドの方でも評価され、実際に製品化試験にも通った後、その成功を皆で喜んでいる所で……そこに水を差す様な発言をするのは、とても心苦しい。
だが、祝賀会として屋敷のみんなで集まった際に、完成品として見せてくれたその魔法道具を一目見て、私は言葉に詰まってしまったのだ。
そして、心苦しくともここで言わなければいけないと判断したのである。
その魔法道具は『淀み』を含んだ『ゴブ』の魔石を動力に発動するタイプで、魔石をイミテーションの宝石の様な扱いにしてアクセサリーとしても使えるようにしてあった。普段使いの魔法道具としてはかなり見栄えが良いものであると思う。
その上、道具の効果としては、その宝石の台座部分に複雑かつ緻密に刻み込まれた魔方陣によって、『淀み検出と簡易空気浄化』を行なってくれるとても機能的な魔法道具であった。
聞けば、実際に『ゴブ』と対面しての試験も済んでおり、これが発動している間は『ゴブ』が接近する事が全くなかったらしい。
また、そんな魔法陣の効果の高さもさることながら、淀みを検出した時のみに発動する魔法道具なので、魔石の消費は低く抑えられて長持ちする作りになっている上に、魔石の力が切れた際には新しい魔石と交換するだけなので一般人でもとても簡単に扱える魔法道具となっているのだ。
台座部分に細かくも正確に刻まれたその魔法陣技術の高さは大変に素晴らしく、普段使いとして身つけても、ただただ家に設置しておくだけでも効果があるそうなので、『ゴブ』の被害が懸念されている昨今では、最も求められている魔法道具と言えるだろう。
更に、魔法道具を使う人達の要求に出来る限り応ようと言うこだわりが随所に見られており、良いのは見た目や効果だけではなく、それだけ高性能であるにもかかわらず魔法陣の大きさを抑えてあるので、道具自体の重量もかなり軽いのである。
また、ギルドの要望にも確りと沿ってあり、安価で一般的に広められる様にと大量生産の事もちゃんと視野に入れて考えられていた。
ここからの話はどうやら屋敷の者達だけの秘密らしいのだが、魔法道具製作の優れたノウハウを持つお父さん達が今回開発したのは、『淀み検出と簡易空気浄化』の機能を持った魔法道具ではあるのだけれど、実はその肝の部分となっているのは、また別の魔法道具の効果によるものだと言う。
そして、その一番重要とも言える魔法道具とは、『淀み検出と簡易空気浄化』の魔法陣を『簡単に刻む為の専用魔法道具』であり、銘は『水刻式魔法陣──初期型』と呼ばれているものであった。
こちらの魔法道具は形はただの浅い器だが──全体にはぎっしりと魔法陣がこれでもか!と刻み込まれており──かなりの特別品である事が一見でわかる。
そして気になるこの魔法道具の効果は、『魔石を置く台座部分を、器の中に張った高魔力水の中にサッと通すだけで、魔方陣を刻み込む事が出来る』と言う、大量生産にお誂え向きの特殊で素晴らしい機能をもつのであった。
正直言って、これは魔法道具作りにおいて革新的とも呼べる道具だと思う。
なにせ、その『水刻式』と言う特殊な方法を取る事によって、類似の魔法道具を作る為にかかる製作時間が大幅に短縮できたからだ。
ただ、それほどまで便利な道具ではあるのだが、当然こちらは複雑な道具らしく、誰にでも簡単に使いこなせると言う訳ではないらしい。
お父さん達位の職人技術があってようやく使える専門道具の様なものだが、これがある利点は恐ろしい程に高い事は言うまでもないだろう。
……それに、その魔法道具で使う事になる『高魔力水』は、『とある白銀のエルフ』がお父さん達に頼まれるままに調整して作製した特別製となっている為、もしこの魔法道具が他者の手に渡る事になったとしても簡単には扱う事が出来ない様にしてあった。
これだけの魔法道具だと、手に入れたいと思う者は出て来る筈だとお父さん達は判断したらしく、もし自分達に何かあっても私と言う魔法使いの協力が無ければ使えない様に敢えてしたのだとか。
魔法陣を簡単に複製でき、それで魔法道具を大量に生産できるとなれば、軍事的な利用は避けられるはずもない。
だがしかし、お父さん達はとある国にて長年強制的にそんな道具を作らされてきた過去があり、彼らはそれを心の底から嫌悪していた。
『自分達が作る道具は誰かを幸せにする物であってほしい』と言う願いを常に込めながら魔法道具を作り続けて居る彼らにとって、それは何においても優先されるべき事柄だ。
そして、彼らはそんな場所から救い出した私達の事を殊更に信頼してくれている。
『ロムさんが居れば、この魔法道具は悪用されない』と、そう信じてくれているのだ。
……だから、私はそんな彼らの信頼に応えたいと思う。
正直、これだけ考えて作られた良品は中々あるものではない。
ギルドでも試験でも絶賛を受けたようだし、お父さん達の喜ぶ笑顔も、それだけ苦労して作りあげた物だからこそだと言う事も分かっている。……彼らは凄く頑張っていたのだ。
私も本当ならば、この口から出す言葉は祝福のみが良いと思った。
だがしかし……。
「ロムさん!どうですかっ!良いものができましたよ!」
「頑張った甲斐があったな!」
「今まで新作を作る時にはロムさんに頼る事もばかりだったし、実際今回もちょっとだけ協力はお願いしてしまったけど、俺達の作りたかった物がようやくできた気がするよ」
「そうだな、満足の行く逸品だ」
「やっぱ完成した時のこの爽快感はなんとも言えんな!気持ちが良いし!酒もうまい!──」
──お父さん達は五人共良い笑顔をしていた。
その笑顔を見て、『──これは、なんとも言い出し難いな……』と、私は思わず内心でため息が零れる。
……これほど喜んでいる彼らや、周りに居る屋敷の皆の笑顔を、これから私が損なわせるのだ。
だがしかし、ここで言わなければそれはそれで後悔する事にもなるだろう。
ひいてはより彼らを悲しませる結果にもなりかねない。
なによりも、私は彼らの信頼に真摯であり続けたいと思う。
だから、そう思った私は自然と『……すまない』と言いながら、彼らに頭を下げていた。
……一緒に祝ってあげられなくて、褒めてあげられなくて、ごめんと。
そんな気持ちでいっぱいになりながら……。
「……ど、どうしたんですかロムさん!?」
「なんでロムさんが頭を下げるんです!」
当然、彼らはいきなり私が頭を下げた理由がわからずにそう問いかけて来た。
この祝いの場で、私にも一緒に喜んで欲しいと思ってくれている彼らの気持ちに、素直に応えてあげる事が出来ないのは辛かったが、私はゆっくりと語り始めたのだった。
またのお越しをお待ちしております。




