第314話 変質。
『淀み』はどこにでもあるものだ。
この世に『空気』や『魔素』があるのと同じく『淀み』もまたあるべくして存在している。
これはどれだけ浄化しようとも、この世から完全に消えて無くなったりはしないものなのだろう。
一般的に、空気や魔素は一定以上に濃かったり薄すぎたりすると、生命に対して何かしらの悪影響を及ぼす危険があるものとして知られている。
私達に役立つ『空気』や『魔素』であっても、ほどほどに接しないと私達にとっては『毒』になる事があるので、これらの扱いは気を付けなければならない。
だから、本当はどれだけ求めようとも、己の限界以上に求めるべきものではないのだ。
……いや、もしかしたら、本来は求めてはいけなかったものなのかもしれない。
ただ、そうは言っても『空気』や『魔素』は私達にとってなくてはならないものだ。
そして、私達はそれらに適応し、成長する事が出来る生き物であった。
敢えて少量の毒を摂取する事で、己に毒に対する抗体を得るかの様に、私達はそれらに適応していくのである。
特に、私達の様な魔法使いは、魔素に対する適応力を少しずつ高め、より強く成長していく事を望む生き物だ。
いつの時代も、魔法使いと言う生き物は『より多く』を求める者ばかりである。
『より深く』『より広く』『より濃く』『より強く』なりたいと。
己が思うが儘にもっと、もっともっと、魔法を上手く扱える様になりたいと。
そして、そんな魔法使い達の為に在る、とでも言うかのように『魔素』はこの世にあるべくして存在している。
──ならばだ、あるべくして存在する『淀み』もまた、『何か』の為に存在するのではと、考えるのは至極当然の流れであった。
そして、私は今までその『何か』は、『石持』や『モコ』、そして『ダンジョン』を指すのだと思っていたのである。
だが──
「──『ゴブ』が大きくなった?それに、『淀み』を魔法利用、だと?」
「はい。そうらしいのです」
寒さの厳しい季節になり、私達は揃って『白銀の館』へとやってきた。
そして、老執事に近況を尋ねてみると、そんな興味深い話が返って来たのである。
……ある程度の『淀み』の溜まりがあると自然と発生するようになった『ゴブ』と言う存在であるが、私が知る大きさは精々二十センチ程度が良い所であった筈が、噂によると今では最大で六十センチ程の個体が発見されるようになったらしい。
それに元々は発生しても直ぐに消滅してしまう程に弱々しい存在だったのが、今では気を付けないと小さな子供以上の力を持つ個体も出る様になり、それが集団になって襲い掛かってきた時には大人でも怪我をする恐れがあると言う話なのである。……なんとも恐ろしい話だ。
それも、どこに発生するのかわからないのだから、気づいたら自分の家に、それも寝ている間に発生する可能性も無くはないのだとか。
当然、各ギルドはその危険性を重要視し、各地の錬金術師や魔法道具の職人などに『淀み』を察知し危険を知らせてくれる道具や、もっと簡易にもっと強力な浄化機能を持たせた魔法道具の開発を求めたのだと言う。
それによって、最近は天才魔法道具職人である五人のお父さん方も日夜その新魔法道具を開発する為に心血を注いでいるらしい。
……因みに、既にこの屋敷には浄化機能を持たせた魔法道具が複数仕掛けてあるのだが、ここに設置してあるその系統の魔法道具は何気に羽トカゲの素材を用いた物なのでかなり高価な品物ばかりなのだ。
その点、ギルドが求めるのはそれを一般的にも『使い易く』『もっと安価な素材で作れる物』と言う話なので、お父さん方は手を変え品を変え色々と試して頑張っているらしい。
一応、私も手伝おうかと思ったのだが、魔法道具の作製ノウハウは既に十分過ぎる程あるので、お父さん達は大丈夫だと言って笑っていた。
『ロムさん達は是非、ゆっくりして行ってください。ロムさん達に会えるこの季節は我々にとっても特別なんですから』と言ってくれたのである。……おやおや、そんなに嬉しい事を言ってくれるとは。
そんな事を言って貰っても、渡せるものなんてお土産くらいしかないのだが、良かったら全部渡してしまっても良いだろうか?ダメ?そんなに要らない?ならばほら、今日の夕食にお魚などは如何かな?活きが良く、美味しいのを沢山持って来たのである。
「うわー!すごい、この辺りのお魚じゃないですよね!」
「良い赤身ですね!凄い美味しそうっ!」
私がお魚を沢山渡すと、お母さん達からは歓声が上がった。
街での生活をずっと続けていると、新しい味に出会う機会は中々にないそうで、こういう機会は凄く嬉しいのだとか。……喜んでもらえて何よりである。
ただ、喜んでいるのはどうやらお母さん方だけらしく、子供達は何やら浮かない顔をしていた。
……どうしたのだろう。ん?お魚は骨があるから嫌い?そうかそうか、ならばお魚以外にも色々と渡しておこう。こっちならば気に入ってくれるだろう。好きなだけ使って欲しい。
そうして私が各地の食材を取りだすと、今度は子供達も喜んでくれたのだった。子供達にはお肉と果物が良く効くのである。
……内心では老執事の話やお父さん方の魔法道具作りが少しだけ気に掛かっていたのだけれど、もっと『お料理』を頑張ると言って、張り切ってお母さん方に教えを乞うエアの姿や、子供達と一緒に思い思いにお絵かきを楽しんでいるバウの姿に、私はほっこりするのであった。
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