第313話 蠢。
まだまだ実りの季節だと思っていたら、深夜にかけて雨が降り、それが朝方には雪に変わった。
「もう寒い季節へと入っていたのか……」
イベントからまだ数日が過ぎただけなのだが、季節の移り変わりは人知れず行われていたようである。
私の周囲は普段から魔法で気温が一定に保たれている為に、気づくのが遅くなった。
人の街などでは今頃はもう、寒さに備えての準備も終わり、段々と活動が緩やかになってくる事だろう。
そろそろまた、『白銀の館』と名付けられたあの場所へと、足を運びたくなる時節となった。
エアやバウと相談し、またあの場所で寒い季節はのんびり過ごしたいと思う。
「ろむー、ごはんだよー」
……ああ、今行く。
大樹の森の家にて、朝のご飯の用意を近頃エアがしたがる様になった。
懐かしい街に行き、友と出会い、共に家事などを手伝ったりしている内にエアはまた何かしらの知見を得てきたようで、イベント終了辺りから積極的に行動し始めたのである。
エアが準備してくれている朝食は私が街などで買い集めていたものを【空間魔法】の収納から取りだして事前に昨夜に渡していたものだとは言え、『誰かに食事の用意をしてもらう嬉しさ』と言う小さな幸いを感じて、私の心を自然と少し暖かくなった。……雪は降ろうとも、心はほっかほかである。
私はエアの声に導かれるままに朝食にありつき、食後にはエアが手作りしてくれた『お手製の特製スープ』を一緒に飲みながらホッと一息をつく。寒い季節にはこのほんのりとした温かさがなんとも心地良い。……それにエアは素晴らしいだろう。いつの間にか『お料理』まで出来るようになっているのだ。
街の食堂で出てくる様な、色々な食材がふんだんに入っていて、コクや旨みが凝縮された様な深い味わい……とまではまだまだいかないものの、質素ではあるがちゃんと人が飲める丁度いい塩味加減が出来ているだけで、最早私とは天と地の差がある程に達者であると言えた。……私が作るとこうはいかない。相性の悪さからか、どうしても人の口に入れられないものばかりが出来あがるのである。まったくもって不思議な話だ。
熱々ではなくほんのりとだけ温かいのも、エアが少し猫舌気味であると言う理由からなので、なんともエアらしいスープであると言えた。……うむ、とても美味しい。
食休みを終えると、私達は揃って大樹の森の家に用意したバウ用の部屋へと足を運んだ。
中に入るとその部屋は、壁から床まで所狭しと並べられた絵画の数々が先ず目に入る。それらの絵画は先日行われたイベントの情景が幾つも描かれていた。
特に『闇落ちしたボスゴーレムくん』を中心に『ゴーレムくん軍団』の絵が一番多いように見える。
……バウがこの間のイベントで気に入ったものがなんだったのか一目で分かってしまった。
どの絵も、これからもっと上達するだろうと思える味わいのあるものばかりで、その部屋の中心で直向きに……眠る事も忘れて一晩中描いていたのだろうと思われるバウの姿は見ているととても応援したくなる。
一枚描き終わるごとに、バウは傍にある『雷石改六』にペタンと手で触れると、また次の画材を準備し次の絵を描き続けようとしていた。止めなければこのままずっと絵を描き続けそうな集中力である。
……さてさて、食事の時間も忘れる位に熱中している所悪いが、私もエアもバウの身体が心配なので一旦は休憩を取らせるために背後からバウを抱っこした。
「……ばう?」
「一旦休憩だぞ」
「バウ、ご飯だよ」
「ばうっ、ばう~っ」
抱き上げたバウは『……あれ?』と不思議そうな声をあげると、私達を見て『どうしたの?』と言いたげに首を傾げた。……どうやら一晩越えた事が分かっていないらしい。
エアがそう声を掛けると、ようやくお腹が空いている事に気づいたのか、急にへにょりと脱力して『お腹が減ったぁ~』と私へ要求してきたのである。……ほらほら、たーんとお食べ。
私が出した『お食事魔力』をパクっと食べると、バウは身体中に力が満ちていくのが気持ちいいのか『一仕事終えた後のこの一杯が最高なんだよ~』と言うかの様に満足そうな微笑んだ。まるで冒険者が冒険の終わりに酒場一杯を楽しむかの様な雰囲気で、『ケプっ』と自分でちゃんとゲップも出来ている。……うんうん、バウも一人で確りと食後のゲップが出来る様になってきた。
もうそろそろバウも魔力以外の普通の食事にも慣れ始めても良い頃かも知れない。
それこそエアの『特製スープ』ならば、塩分も控えめかつ水分も確りと取れる。その上、人肌よりも穏やかな位の温かさなので、バウでもきっと飲みやすい事だろう。……丁度良いかもしれない。後でエアとも相談してみるとしよう。
その後、お食事を終えたバウを少しユラユラと揺らしながら抱っこをしていると、暫くしてウトウトし、そのままスヤスヤと眠ってしまった。……一晩中絵を描いていた疲れが一気に来たのだろう。なんとも深い眠りだ。
ただ、ぐっすりと眠りながらも『ガシッ』と私のローブを強く掴んでいるので、どうやら寝床に運ぶよりもこのまま離さないでいて欲しいらしい。……バウの寝る時のちょっとした癖である。寝床で寝たい時は普段はもっと『ぐにゃっ』と脱力するのだ。
なので、私はこのままバウが起きるまでは抱っこし続けて待つ事にした。
そんな私達をエアは隣から覗き込んでおり、スヤスヤと寝息と立てるバウの寝姿を見ながら優しい笑みを向けている。
私はそんなエアに顔を向けると、口パクで『そろそろ行っても良いよ』と伝えた。
食事が終わるとエアは普段から魔法の練習に向かうので、後は私に任せて言って構わないと合図を送ったのである。
エアはそれに気づくと薄く微笑み『うん、じゃあ行って来るね!』と口パクで返し、静かに練習部屋へと向かっていく。
最近ではエアの集中力も高く、魔法の練習も前よりまた一段と『深く』なってきている。
簡単に近頃の状態を説明すると、エアはまた一つ魔法使いとして大きな伸び時を迎えている最中だと言えるだろう。今は一人でその『深み』へと没頭すればするほどに、感覚は冴えていき、魔力が手に取る様に洗練されていく状態だ。
エアがそんな状態に入っている事に視ていて気付いた私は、あまり余計な口出しをしない為にも、ここ暫くは敢えて魔法の練習をしているエアから距離を取る様に心掛けて居た。
暫くはこのままバウの絵画部屋で絵を眺め続けて、それでもまだ起きなかったバウを抱っこしたままちょっとだけ外へと行ってみよう。……少し気になる事があるのだ。
「多いな……」
──そうして、十時間ほどのんびりと絵を眺めた後、私は外へと出てきた。
バウは前に抱っこしたまま寒くない様に周囲の風を暖めつつ、魔法で大樹の一番上まで一気に飛翔したのである。
そこで枝の上に乗りながら、遠くまで雪の降る森を一望しながら、私は空へも視線を向けた。
遥か上空のその先から、ゆっくりと振り落ちてくる雪は風もあまり無い為に、真直ぐに降り注いでくる。
一見、どこか幻想的な光景ではあった。
だがしかし、見た目は綺麗かもしれないが、雪は大変なものでもある。
振り落ちてくる雪に、『良くないものが多く含まれている』事に私は気づいていた。
まだ、そんな時期ではない筈にも関わらず、『淀み』を多く含んだその雪は、何とも異質である。
私は魔力で探知を行ないつつ、広大な森を浄化で清めながら、大樹の森を見守り続けたのであった。
またのお越しをお待ちしております。




