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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第306話 妄想。




 『微笑み』シリーズの大ファンだと言うこの宿の女性が、何故ここまで興奮気味に話しているのかと言えば『まるで物語の中から私たちが現実へと飛び出して来たのかと思った』からと言うそんな不思議な理由であった。



 宿の女性の瞳は真剣かつキラキラと輝いている。……恐らくは本心からそう想っていたのであろう。

 いや、それほどまでに画家タマの女性が描いてくれたこの絵が素晴らしいと言う事も当然あるのだろうけど、聞けば私達二人ともどこか現実味が薄くて画家先生が空想で生み出して描いた存在だと思っている人も多かったらしく……。



「お二人共、本当に絵のまんまに綺麗で、まさか本当に実在する方々だったなんて思ってもみなかったんです!だから、感動しましたっ!」



 ──と感動されてしまった。宿の彼女はとても嬉しそうである。



 ……因みに、画家タマの彼女が描いた『微笑み』シリーズの中には、当然他の人物達を題材にした『微笑み』の絵も幾つかあるらしいのだけれど、それらと比べても特に、この壁画にある『白銀のエルフさんの背に、黒髪の鬼人ちゃんが乗って幸せそうに微笑み合っている絵』は評価が高いようで、凄い人気なのだとか……。



 『先ずですね、この作品に対する先生の熱量が他の作品とは大きく違うんですよっ!見れば直ぐにわかります!!』と、熱く語りだし始める『微笑み』シリーズのガチファンである宿の女性。

 それにどうやら、彼女の『微笑み』に対する熱い想いは並大抵ではないらしく、また次から次へと尋ねる前から色々と語りだしてくれたのであった。



 『この作品を一目見れば、見つめ合う二人の間にある愛情の深さが、自然と伝わって来るんですよ!どうですっ?わかるでしょう?こう、心にぐっと来るものがっ!』と。

 『それにこの絵は、見ている人の心にも直接微笑みかけて来てくれている様な、そんな不思議で優しい気持ちを抱かせてくれるんです。それに、見ているだけでほらっ!どうです?こちらまで幸せを感じませんか?素晴らしいですよねっ!!』と。



 そして、彼女の話が終盤に差し掛かる頃には、既に彼女は少し涙ぐんでもおり、『……それに、この絵を見ていると思うんですよ。こんなにも誰かを愛せるのって本当に良いなって。だから、それだけ深く想い合える素晴らしい相手がいる事に、少しだけ羨ましさを感じてしまう事もあるんです。──あっ、でも、不快とかは全くないんですよ!こう、胸がキューっとなって苦しくなる感覚です。それに何度見ても、どれだけ長く見ていても、不思議な事にこの絵は飽きないんですよ~。本当、先生に描いて貰えて心から良かったって思いますね。もうこの宿の永久的な自慢ですからっ!それに実際、この絵が描かれる前と描かれた後じゃ、来客率にもかなり影響が──』



 ──とまあ、話はもっと長かったが、要点をまとめるとそんな感じであった。



 ……因みに、それほどまで熱く語る彼女の背後には、恐らく彼女の伴侶であろう男性の姿もあり、『想い合える相手がいる事に羨ましさを感じて~うんたらかんたら』と彼女が言いだした時には『えっ、俺は?』と少し驚いた顔をしていたのだが、……まあ、そこはあまり見なかった事にしておこうと思う。



 そもそもの話、その『想い合える相手~ほにゃらら』は私達にも当て嵌まる言葉であり、絵の本人達を目の前にしながら、よくもまあそこまで恥ずかしげもなく絶賛してくれたものであると私は思った。

 まったく恥ずかしいったらない。

 いっそ感心してしまうけれど、ある種の辱めを受けた気分である。



 そして、当然と言うべきか、幾ら無邪気と言えども流石に今回ばかりはエアも恥ずかしかったらしく、私の隣で顔を赤く染めて静かに黙って俯いていた。

 あの当時のエアはただただ無邪気に私に甘えていただけなのだから、他の人がこの絵を見て、まさかそんな風に熱弁してくるとは今まで予想もしてこなかったのだろう。


 エアはもう当時からだいぶ変わって成長もしてきたので、この不意打ちはさぞかし恥ずかしかったに違いない。


 それに、宿の女性の話を聴いていた周りのお客や宿の従業員達にもこの『微笑み』シリーズのファンは多かったのか、皆彼女の熱弁に『ウンウン』と同意しているのである。……どうやらこの宿に居るお客さん達は絵画好きのたまり場でもあったようだ。



 よく見ればこの宿の一階部分は喫茶店の様な形態にもなっており、ここに集まっている皆はお茶を飲みながら、この絵をのんびりと眺めつつ、お話するのを楽しんでいるらしい。



 当然、そんな彼らの前に、大好きな画の題材になっている本人達が突然現れた事は、まさに『青天の霹靂』であり、『これが喜ばずにいられるわけがないでしょうッ!』と思わず興奮してしまったようだ。


 さすがにそこまで説明されれば、幾らポンコツな私と言えども、彼女達の興奮理由にも納得がいった。

 それと、画家タマの女性が旅立った事など、色々と話を聞かせてくれた事には素直に感謝である。

 あと、そのつもりはなかったとは言え、結果的に突然の訪問でお騒がせてしてしまった事に対しては申し訳なさも感じていた。



 ……実際、現実の私達を目にして『絵の二人と全然違う』と、ファン達をがっかりさせてしまったのではないかと懸念し、もしかしたら来るべきではなかったのかもしれないと、私は密かに内心で少し心配もしている。




 なにせ、エアはそのままなので問題ないだろうが、現実の私の方はあの画の中の私の様に上手く『微笑む』事が出来ないのである。



 こうして隣で赤面し恥ずかしがっているエアを見て、ただただ案じているだけの私の今の視線でさえも、客観的に見ればとても冷酷な眼差しを向けている様にしか見えないかもしれない。

 それを思うと、何とも歯痒いが仕方のない話ではあった。



 ……ただ、そんな今の私を見て、『あの画は嘘を描いたのか?』などと思われる様な事があっては、画家の彼女にも申し訳がたたないし、私も凄く悲しくなってしまう。

 あの姿は私の目標であり、あの画は私の宝物だ。


 だから、これでもし、『あの画』が悪し様に言われる様な事態になったらと思うと、考え過ぎだろうと理解できてはいるものの、不安や心配をせずにはいられなかった……。

 



「──あのっ!良かったらなんですがっ!」



 ……ただ、やはりそんな事は杞憂でしかなかったようで、宿の女性からは『──出来れば今後も、この街に訪れた際には当宿を、ぜ、是非とも、ご利用くださると大変うれしいです!よろしくおねがいします!』とそんなお願いを受けた。……大丈夫だろうか。問題がないのならば、私はそれで構わないのだが。



 それにどうやら、彼女だけではなく周りの皆の表情も見るに、ファンの方々は現実の私達を見ても『絵の二人と想像がかけ離れ過ぎている』とまでは思ったりしなかったらしい。



 ──いや、それどころか『絵の通りの二人だ』と、まさかの発言をする人も居り……。



 『やはり先生の絵は素晴らしいですね!あのお二人の間柄がそのまま表れているようです!』と。

 『今日、この場に居られてほんとうに良かったです。だけど、この場に居られなかった同士は多い。あとで必ず他の人達にも今日の事を教えてあげなければ……』と。


 周りからはそんなひそひそ話が、楽しそうな声色と共に聞こえてきたのであった。

 『本当に良いのだろうか』と私的には思わずにはいられないが、個人の価値観と周りの価値観の相違などよくある話で、心配事なども所詮はそんなものだと言う話である。



 良くも悪くも、意外と本人が思うより、周りは気にしていない事の方が多いのだ。

 ……だから、物事に対して『見極める』事はとても大切なのだと、私はかつて得た教訓を頭の隅から引っ張り出し、再度己へと戒めておく事とした。




「……分かった。それではまた来た時にはよろしく頼む。またこの絵を見に来るよ」



 一つ絵がこれほどまで多くの人の笑顔に繋がるのと同じく、私のそんな何気ない言葉一つでも誰かの喜びに繋がる事は時たまにある。



 そして、私が宿の女性へとそんな返事をすると、彼女や周りのお客さん達は『あっ、この人も同士だ』と判断したのか、皆どこか意味深で嬉しそうな微笑みを向けて来るのであった。



 ……ん?何かな?えっ、サインが欲しい?私達の?いや、私達は別に画家でも何でもないのだが。



 ──そうして、壁一面に描かれた素敵な壁画の傍、小さく刻まれた『微笑み』と言うタイトルのそのまた傍に、一人分の隙間を空けて私達は魔法で小さく名を刻んだのであった。






またのお越しをお待ちしております。

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