第304話 知秋。
道場青年に魔法の手解きをして数日、成果は順調だった。
きっと、このままの訓練を続けていけば、彼も『武闘家』でありながら一廉の魔法使いにはなれるのではないかと思われるくらいに、彼の才能を私は感じている。
だが、その手解きもそこそこの時点で『ロムさん、ありがとうございます。ですが、もう充分です』と、彼はそれ以上の教えを受ける事を断ってきたのであった。……まあ、そんな気はしていたので驚きはしなかったのである。
最初から、どこか私からはあまり教えを受けたくない雰囲気、と言うか意地の様なものが感じられた。
それにむやみやたらに断ったわけではなく、最低限のコツが掴めた時点で、後は自分だけでもどうにかして行けると判断したが故での事でもあったらしい。
『そんなつまらない意地なんか張らないで、ちゃんとロムさんに教えて貰えば良いのにっ!』と、彼の周りの大人達は彼へと忠告していたようだが、当の本人の意思が一番大事だと思うので、私は直ぐに身を引いた。……後は彼の頑張りと才能に任せる事にしようと思う。
それに、私はあまり心配もしていなかった。
彼ならば、手解きで得たコツだけでも自分なりに昇華してくれるだろうと言う期待がある。
きっと、また次にいつ会えるかは分からないが、その時までには成長した姿を見せてくれるはずだ。
……まあ、寂しくないと言えば嘘にはなるが、彼の反骨精神はこれまで何度も見て来て素晴らしい事を知っていた為、それを尊重したいと思う。
「……ありがとう。世話になった」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございました。またいつでもいらして下さい。それに、また一緒に、ね?」
「ああ、そうだな。また旅して良いのが見つかったら、お土産で持って来よう。……それでは」
数日泊めてくれたことに道場主やお母さん方に感謝を伝え、私達は道場を出た。
道場主やお母さん方の中にはお酒が好きな人達が予想よりも多かったようで、私が持って来たお土産は皆にも人気が高かったらしい。……かなり喜んで貰えたようなので私としても嬉しく思った。
特に『酒精の高いお酒』は、ガツン!と飲みごたえがあるとかで、ここに来る時にはまた用意してから来ようと思う。
そのまま道場を出た私達だが、まだまだ会いたい人達はこの街に居るので、その間の『ダンジョン都市』での宿を決めようと思い、大通りへと向かって歩き出していた。
以前に泊まったこともある宿でも良いし、この際だからと新しい場所を取ってもいい。
……どうしようか、いっそ勘で選ぶのもありはありなのだが。
──と、そんな事を考えながらエア達にも相談してみると、『そう言えば!道場の皆が教えてくれたんだけど、大通りにある『とある宿』が、今凄く評判良いんだってっ!そこに行くのはどうっ?』と、まさかのピンポイントなお役立ち情報がエアから出てきたのであった。
……ただ、流石にそれはあまりにも今の私達には都合が良すぎる気がして、少しだけ怪しくも感じてしまう。
『本当にその宿はいい宿なのだろうか?何か良くない企みでもあるのでは?』と思わず疑ってしまいそうになった。
だが、道場の皆がそんな事をする理由もないだろうし、考えすぎかと一瞬で思い直す。
……それに、行ってみればわかる事だろう。
魔法使いとして、思わず言葉の裏まで気にしてしまいそうにはなったが、とりあえず噂の真偽は置いておき、行ってみてからのお楽しみと言う事で、先ずはその『評判のいい宿』へと向かってみる事にした。
そして、目的の場所だと思われる──外観は周りの建物とあまり変わらない普通の木造建築の──その宿の中に入って行くと、私達はその宿の中の『壁の一面』に描かれた、とある『画』を見て足を止めたのであった。
それもどうやら足を止めているのは私達だけではなく、宿の従業員やそれ以外の客の殆ど全員がその『画』の方へと顔を向けて『ほっ』とするような顔をしていたのである。
その上、宿へと入って来た私達にそんな彼らが気づくと、彼らは一様にみんな目を見開いて、その『画』と私達をキョロキョロと何度も見比べだした。
そして、その途中で何かを確信したのか『ふむふむ』としたり顔になり、『察し』を得ると、なんとも言えない面白そうな微笑みでこちらを見つめて来るのであった。
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