第303話 不屈。
「ロムさん、俺はもうあの時とは違いますよ。空に吊られた時の対策も出来ましたし、今ならあなたを超えられる気がする」
祝賀会の翌日。
皆が起きる時間まで、懐かしさから少しだけ浄化をかけつつ掃除をして回っていると、目を覚ました道場青年達と鉢合わせし、そんな事を言われてしまった。
その顔は以前よりも更にやる気と自身に溢れており、最上位の冒険者である『金石』冒険者に近い風格みたいな雰囲気を帯びている。……あと一歩だと言う話だし、彼らにはこれからも頑張って欲しい。
だが、そうして密かに応援している私の朗らかな心情とは異なり、彼の方はどうやらまだやり残したことがある様な口調で、『だから、あの日の屈辱を清算をする為にも、俺ともう一度再戦してください!今度こそ貴方を倒します!』と宣戦布告してきたのであった。……ふむ。とりあえずは掃除の後でも良いだろうか。水回りの掃除は中途半端に止めたくないので、そこだけは一気にやってしまいたいのである。
「あっ、それなら、はい。お願いします。と言うか、いつも綺麗にしてくれて本当にありがとうございます」
ペコっと頭を下げながら素直に感謝を伝えて来る青年の姿はお父さんである道場主にそっくりで、私は内心で微笑みつつ少しだけ時間を貰って掃除を急いだのであった。
──掃除後、道場内に場所は移り、昨夜宴会を共にした者達に見守られながら、私と道場青年は再び向かい合っていた。
……因みに、昨夜の寝ぼけて再戦を挑んできた時の事は彼の記憶には残っていないみたいなので、彼にとってはこれが久々の戦いになるらしい。
だが、一つ懸念事項としてあるのだけれど、その昨夜の再戦で彼は気になる事を言っていたのである。
なんでも彼は、酔って気分が良かった為か、恐らくは私対策であるだろうその対処法を酔っ払いながら私に喋ってしまっていたのだ。……と言うか、その時に相談を受けて、寝かす前に少しだけアドバイスもした。
だから、私はこの戦いが始まる前に『まさか、私に対する対処法は──ではないよな?』と、一応彼に確認を取っておく事にしたのである。
「──ッ!?…………」
すると、道場青年はビクッとした後、私をジーっと見つめながら何かを訴えかける様に無言になった。
……その表情から、どうやら彼は『そうしてくると読んでいたのかっ!?』と錯覚したのかもしれないが、本当は君が昨日の夜に酔っ払って教えてくれたんだよ。相談にものったんだぞと話すと、彼の顔は真っ赤になり、観客として周囲に居た皆も彼に向かって声援が飛ばし始めた。
『流石だなーっ!金石になろうとする冒険者は自分から手の内を明かしていくものだもんなーっ!』
『だからもう、あれほど酔いすぎない様にって注意したのに!あの子は聞かないから!自業自得よ!』
『それも、眠ったあんたを運んでくれたのもロムさんなんだよー、お礼言っておきなさーい!』
『朝から道場周辺の掃除をやってくれてたロムさんは忙しいってのに!こんなお馬鹿な再戦をお願いするくらいだったら!一緒に行って掃除の仕方の一つでも教えて貰ってきなさいよねー!』
『それに多少空を跳ねる事ができるようになっただけじゃー……』
「……うぐぐぐ」
そんな道場青年に対する道場主やお母さん集団からの声援は中々に彼の精神へと効いているようで、彼は顔を染めながら『ぐぬぬ』と呻き声を漏らしつつも、再戦の意思は曲げないのか確りとまだ構えを解いていない。……これもまた懐かしい光景ではあった。
ここの指導方針ではあるのだろうが、ここの道場のスタイルは本当に興味深いと思う。
それに、そんな声援にも青年は負けず、戦意は未だ衰えず、何もせずに諦めようとは一切考えていないようであった。
『やってみなければまだわからないじゃないか』と、言いたげな表情で、例えこれからやる事が相手にバレていたとしても、自分がこれまでに積み上げて来た技を試す前に諦める事だけはしないと言う強い気持ちを感じたのである。
この直向きさは彼の美徳であり、強さそのものだ。
……では君の更なる成長を期待し、手の内が分かっているとしても、私も全力で相手をする事にしよう。
相手に手の内がバレていたとしても、相手の虚をつく事に使えないでもないのだ。それを策として裏をかく事も場合によっては出来るだろう。
もしかしたら、ここまでの話も全ては彼の策の内の事で、私にそう思わせたかっただけの作戦である可能性も無くはない。密かに奥の手が潜んでいるかもしれない。そんな何かがある事を彼に期待するとしよう。
「…………」
以前と同様に、戦いはそのままいきなり始まりを告げると、彼は前よりも数倍は力強くなった魔力で身の内の圧力を高めつつ、緩く弧を描く様に走り出しながら、時にジグザグとステップを刻んで私へと接近して来た。
私の魔法を弾く為に体内魔力を高め、彼へと向けて私が使用する魔法をステップで少しでも躱そうとする狙いがそこには見える。
それも、まだ余力を残している様にも見えるので、いざとなったら急に加速して攻撃に移ると言う選択肢もあるのだろう。
この初動のたった数手の彼の動きを見るだけでも、あれからどれだけ彼が考えてきたのか、その為に準備してきたのかがわかる。
『金石』と言う冒険者として最上位を目指し走り続けているこの青年の眼差しはとても輝かしい。
その為の努力の形跡はまるで光そのものだ。
……だが、まだその光は若干の弱さが見える。
それが十全ではない事は、本人にも分かっているのだろう。
まだまだ足りていない部分がある事など、彼自身が一番分かっている。
そして、結局は私の魔法を回避しきれず、前回同様に空へと浮かばされてしまった彼ではあったが、そこから先の対処法を用意してあると言う言葉の通りに、【風魔法】を使って自分の身体を上へと飛ばして見せ、天井に足を付けてから、そこ(天井)を蹴って私へと一気に接近する計画通りの動きをし始めた……。
あの日は使えなかった筈の魔法での対処はまだまだ粗削りではあったが、一応私の拘束から抜ける程には力強く、確かに対処法にはなっていたようだ。
ただし、その力強さは『武闘家』である彼にとって、まだ制御しきれるものではなかったようで、彼の身体を顧みない諸刃の剣の様な技になっていた。
見るからに高威力である魔法を使って彼は自分の身体を上へと飛ばしたのだが、まだ魔法の制御が不足していたのか、身体への負担が大き過ぎてしまったらしい。
……まあ、そうは言っても、結果だけを見るならば彼の努力は成功であるとも言えた。
その光は未だ弱くとも、拭いきれぬ不安を残したままであろうとも、未来を感じさせる未熟であったのだ。
『──もっと鍛えれば、きっとその力は君の支えになってくれるだろう。だからまた引き続き、がんばりなさい』
彼に向かって、私は見上げながらそう告げた。
身体への負担が大き過ぎた為か、天井を蹴る時には体内魔力の圧力も落ち、魔法に対する抵抗力が弱くなっていた彼は、いとも簡単に天井と足が【固定】されてしまい、今は天井からぶら下がったような状態になっている。
すると、そんな状態の彼は少し悔しそうな表情を浮かべながらも『……はい。ありがとうございました』と素直に頷いたのであった。
ただ、結果的にそんな敗北を喫したけれど、ただで転ぶような彼ではないようで……。
道場主やお母さん方、道場青年の冒険者パーティ、エアやバウ、そして私、そんな全員に見上げられながらも、道場青年は『こんな機会も早々ないか……』とふと何かを思いついたのか、天井に足が引っ付いた状態だと身体はどれだけ動かせるのかを確認しだしていた。
彼は既に、頭を切り替えて『反省し、欠点を直し、改善していく』と言う訓練モードへと入っているようである。
勝つにしろ負けるにしろ、得るものがあったのならば、それを無駄にしない様に向上心を持って確りと取り組んでいるのだ。
『立ち止まる暇なんか、一瞬たりともない』と言わんばかりのその姿は、いつ見ても微笑ましく輝かしいものであった。
……まあ、うちには彼以上の頑張り屋さんであるエアさんも居りますので、その姿は見慣れたものではある。
だがしかし、それだけ頑張る姿を見せられれば自然と応援もしたくもなる訳で……それから数日、私達は道場へと泊まり込むと、彼の魔法練習の手伝いを少しだけする事にしたのであった。
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