第30話 暗。
とある『セリフ』を一部変更。
「おにくおいしいっ!しおあじするっ!!」
獲物を仕留めたエアが、なんらいつもと変わらずお肉を食べている。そんなセリフにも聞こえる。
だがその実、少しおかしなことが私の目の前では起きていた。
今の状況を説明すると、猪くんをエアが仕留めて、夜のバーベキューで丸焼きにしている最中である。
ただ、その肉を焼くのに使用されているのはエアが手に持つ光の槍であり、この槍の最初の仕事は当初の予定通りこれに決まった。『俺は投擲槍なんだっ!投擲槍なんだッ!!』と言う声が聞こえて来そうではあるが、エアの槍の選択基準は最初からその予定込みだったので、これもまた一つの新たな相棒関係の形だと思って諦めて欲しい。
エアの焼肉ブームは未だに長く、久々にやった気がするこの丸焼きだが、それでもまだ週に一度は必ず行う我が家の鉄板メニューの一つである。やはりこの肉汁滴る猪肉に、豪快にバクリッ!と齧り付く感じがエア的にはたまらないらしい。因みに味は野生の風味が強めに活かされている。
今までは、この丸焼きを作るのは大体いつも私がやっていたのだけれど、今回は実際にエアにやって貰っていた。これも冒険者に必要な最低限の獲物処理力をはかるテストだと思って欲しい。
ただ、幼子に刃物をもたすのはなんとなく危なく感じ、肉をきる部分だけはまだ私が担当した。大丈夫だろうとは分かってはいるものの、こればっかりはまだしかたないのだ。
だが、それ以外の内臓の処理などは、新しく覚えた【水魔法】と最近ではかなり得意になった浄化を用いてエアが一人で完璧に熟してくれた。魔法も感心する程に上達している。
そもそも獲物であった猪くんを狩る時も、今回は短時間で猪の痕跡を見つけ、走りながら『天元』に風の魔素を取り込み、獲物を見つけると一気に飛び上がってエア技秘匿呼称『ヒュードン』による強力な一撃で軽く粉砕して仕留めたのであった。段々『天元』も活用するようになって来て、彼女の技のキレは日に日に増しているようである。
ここまではなんら順調で問題はなかったのだ。
だが、問題は此処から起きた。
猪をもって家に帰り、私がやっていたのを思い出しながら、エアはキャンプファイヤーの準備をし始めた。猪を取る際、森の中を歩いてる間にちゃんと枯れ木や火の付き易そうな小枝なども拾っている彼女に抜かりはなく、木を組んで焚き木の準備をしているだけでなんとなく嬉しそうにしていて、実はやってみたかったのだろうなとその顔から私は察した。
意外とこういうのに夢中になってしまうその面白さは私も分からなくはない。
火の準備が出来ると、そこでエアは光る槍に猪くんを突き刺し、そのまま手にもって丸焼きをし始めた。
だが、暫くすると、突然その槍は強い発光と共にエアの手から離れていき、いきなり宙へと浮かんで自動で回ったかと思うと、勝手に肉を焼きだしたのである。
「えっ!?」
「んっ?」
それは凄いデジャブを感じる光景だった。
『なぬっ!?』
……だが、『あれ?君達またやったの?』と尋ねようと思って私が火の精霊達を見てみると、彼らも予想外だったのか、みんな目を見開いて驚いていた。
私はそんな彼らに近付くと、『これは君達がやった事なのか?それとも異常事態なのか?』と訊ねた。
……だが、精霊達のこの驚く様子から察するに、これは彼らにとっても異常事態だったのだろう。
もしかしたら昨日の事もある。これは何らかの外的要因による襲撃の可能性を考えなければいけない。
ならばと、私はすぐさま頭を切り替えた。……つまりは現状、敵に私達は何らかの攻撃を受けている可能性がある。
ただ、前回と違うのはこちらはまだ敵を感知できていない事。これでは昨日と全く逆の立場であった。
私は精霊達へと視線を送る。大方の精霊達は首を横に振り、私と同じように感知できていない事を教えてくれた。
そして、火の精霊達は特に真剣な表情を浮かべると、私に向かって『うん』と強く頷きを見せる。私へと任せると言ってくれているのだろう。
「ならば本気で行く。必ず敵を見つけ出す。……そしてエア、すまないが現状は異常事態だ。家に居るか私と居るか、今選べ」
と私は端的にそう告げた。全力を出す時は冒険者時代の名残からか、どうしても私の口調は自然と冷たさを帯びてしまいがちになるが、それはこの際置いておこう。エアなら意味は察している筈だ。
「いっしょッ!!」
「わかった。なら傍へ。では放つ」
そうして、私はエアを身体の傍へと引き寄せると、全力で魔力を放った。
それによって、森の中に存在する者はエアを含めてほんの一秒に満たない時間、その動きを完全に止める。者によっては悪寒を感じたり、耳鳴りが鳴ったりはするだろうが、私のこれは悪意を込めたものではないので、彼女の様に一瞬ビクッとするだけだろう。
それは、普段花畑で周囲に気付かれないように放出や吸収をしている純粋な魔力ではなく、【探知】と言う効果を最大にしてはなったものであった。
その私の【探知】を乗せた魔力は、一気に大樹周辺からこの広大な森の中全てを網羅し、いや、森すら遥かに超えて己の限界まで広げた。
そして、それと同時に私は【空間魔法】において同じ範囲内の揺らぎの感知もする。
純粋な【探知】は生き物を【空間魔法】の揺らぎはそれ以外の感知に強い。
相手がこちらに悪意を持つ持たないどちらにしろ、私も精霊達も気づけない状況でエアの槍に干渉する実力の持ち主だ。それ相応の実力者であるのはまず間違いないだろう。
……もしかしたら昨日私が懸念していた『影』に関する相手の可能性もある。
それほど時間をかけずに、私は頭で様々な想定をしていく。戦う事になっても逃げる事になっても、エアや精霊達には指一本触れさせないし、傷もつけずに守ると。全力を尽くすと決めた。
そうした覚悟も決まった、その瞬間だった。
私は空間のほんの些細な動揺を感じ取り、すぐさまそこへと自分の魔力を一点に集中させる。
これまで限界まで広げていた分をただ一点の怪しい部分へと集めた。
すると、その魔力の圧を受け止めた存在は、流石に実力者とは言え私の魔力には驚いたらしく、明確に動揺からその存在を捉える事が出来た。
一度掴んだら離さないと、私は一気にそれを掴み、また逃げる間も与える事無く、一気に引っ張り上げる。
──すると、私が空間を掴み引き上げる動作と一緒に現れたのは、……二十センチくらいの『黒いはにわ』……だった。
『みつかった』
一筆書きで描けそうな可愛くシンプルなビジュアルだけれど、その黒いはにわが近くにいるだけで、私はこの相手が凄い存在なのだと理解出来た。
恐らくはこれが私達に存在を気付かれることなく槍を操っていた相手だろう。
私はどんなことが起きても良いように、自然体で警戒し身構えた。
……だが、そんな私の警戒とは裏腹に、小さなお手てを自分の目の少し上に当てて、頭を抱えているのかそれとも恥ずかしがっているのか、もしくはその中間なのか、そんなポーズを取ったままの黒いはにわは、左右にくねくねと動き出した。
『はずかしい』
恥ずかしいらしい。……どうやら私が思っているような危険な気配は全くどこにも感じないのだが、これはいったいどうした事だろうか。
『闇のだ。人前に出てくるなど珍しい』
すると、私のそんな疑問に、隣の火の精霊の一人がボソッと呟き答えをくれた。
そうして、そのまま深く話を聞いてみた所によると、彼?もしくは彼女?性別があるのか一見分からないが、この黒いはにわは彼ら精霊達の仲間の一人で闇の属性に力が近いものなのだそうだ。
まあ言わば『闇の精霊』と言うやつである。
そして、その闇の精霊達と言うのは基本的に暗い場所、暗い時間帯、特に夜の間だけ活動する精霊達らしく、それも普段からあまり動かず静かに周りを見ているだけで幸せを感じる者達なのだそうだ。
『がんばって。かくれた。でも、みつかった』
あまり人前は得意ではなく、他の精霊達でさえかなり久しぶりに遭遇したらしい。
私もここに長い事住んできたが初めての出会いであった。
これはまた人生経験に新たな一ページを綴れそうである。
ただ、そんな闇の精霊からは、恥ずかしいだけではなく、どことなく嬉しそうな雰囲気を私は感じた。
小さくくねくねと動くその様も相まって、かなり見た目は可愛らしい。
もしかしたら見つけたらいけなかったのでは?と少し思いかけたが、どうやらそうでもなさそうで安心した。……と言うか、そもそも槍を動かした時点で見つけてくれと言っている様なものではないだろうか?
『やり?……みんな、たのしそう。ここ、きてみたかった。うれしい』
大型テーマパークに初めてくる子供の様な感想だが、本人は一生の告白レベルの意気込みで言ったらしく、言い終わった瞬間から闇の精霊のくねくねの動きはかなり速くなった。恥ずかしさが限界に達している様子である。
私はそんな闇の精霊に、良かったらいつでもここに居て良い事を告げた。
なんなら闇の精霊に、専用で少し暗めで過ごし易い場所を作っても良い位である。
『いいの?』
もちろんだ。気づいたら色んな精霊達が集まっていたので、ここは誰が居ても良い場所である。
そこで早速と、私は闇の精霊が普段は暗い所が好みと聞いたので、花畑の一角に闇の精霊の身体を模した六十センチくらいの小さな黒はにわハウスを作ってあげた。はにわ型の小人の家みたいな感じである。
家にははにわの背中側に小さな扉があり、そこから出入り可能。内鍵も地味に完備しており、外からは勝手に開けられないようにした。
簡単な作りだし暮らすには狭めだが、静かに見ているのが好きならこれでも充分かと思い、もし良かったら好きな時に使ってくれていいからと告げ、闇の精霊にそれをプレゼントした。
すると、余程嬉しかったのか、闇の精霊は『すむ』と言うと、今まで見たことない限界を超える動きでくねくねして……終いにはパタリと倒れた。
「だ、だいじょうぶか?」
「うん?」
エアはまだ精霊達が見えていなくて何が起こったのか分からなかったみたいだが、闇の精霊が倒れてしまったまま、ピクリとも動かなくなってしまったので私は驚いた。
ただ、他の精霊達曰く、嬉し過ぎて気絶しただけだから、心配いらないらしい。
それを聞いた私は、精霊も気絶するのかと新たな驚きを覚えつつ、闇の精霊を掬い上げて、創り上げたばかりの黒はにわハウスの中へと横たえてあげた。
一応寝れるくらいのスペースは確保してあって良かったと思う。
──さて。ではそろそろ本題について始めようか。
……火の精霊諸君。そうそう、君達君達。
なあ君達、私に何か言う事があるんじゃないかね?
因みに、その日のお話は朝まで続いた……。
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祝30話到達。(サブタイトルは暗めですが、内容は明るいですっ!)
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