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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第3話 質。

2020・08・24、本文微修正。




 眠った彼女を背負って、私は森の中を歩いた。

 森の木々によって日差しは幾分柔らかくはあるが、それでも『街』の者達などにとってはまだまだ蒸し暑さを十分に感じる時分である。



「…………」



 背負った命からも時折その暑さで寝苦しいのか、はたまた食い過ぎによるものなのか『ぐぬう、ふぬう』と言った呻き声が小さく聞こえてくる。……まあ、恐らくは食の比重は大きかろう。



 ただ、そこで私は己が得意とする所の魔法を用いると、彼女を涼し気な風で包み、簡単な回復の魔法で彼女の腹の調子を整えておいた。……うむ、これできっと大丈夫な筈だ。



 そうして『家』へと向かって枝から枝へと飛び移っていく私は、魔法を使いながらも軽やかに木々の間を進んで行く。……因みに、先ほどは突然の『父性』を感じてしまった私ではあるが、実は独り身であり、この森に作った家で一人気ままに暮らしている。



 ここしばらくは特に他者と会う機会も無かったので、誰かを背負う事なども当然久方ぶりの事であり、思わず『昔はこんな風に友を背負った事もあったな』と、かつての記憶を呼び起こしては勝手に懐かしんでしまうのだった。……うむ、もうそれだけ歳をとったという事なのだろう。



 数百年(・・・)は生きている筈だが、正確な年齢はもう忘れてしまったのだ。……正直、曖昧にしている部分もあるのだが、それはとある理由からだいぶ前に歳を数える事を止めてしまったせいでもあった。


 それでもまだ、種族的には人生の半分も生きてない気はしているのだが……密かに枯れ具合においては同世代の中において私が最も先んじているらしく、ここの国の王都にいる友二人に言わせれば私が一番の年寄り臭いと言う話ではあるらしい。……全くもって、酷い話もあったものだと思う。



「…………」



 暫く会ってはいないが、あの二人の内、片割れは女性でもあるので、尚の事不用意に年齢の話題等振ると急に不機嫌なる事がある。続けようと思えば、終いには拳や矢や魔法が飛んできたりもするので気を付けなければならない。



 こんな年齢の話題などに大した意味など無いのだからさっさと忘れてしまう方が吉であると、人生の教訓として私は既に学んでいた。が、それが他にも当てはまるかと言えばまた別の話。



 友曰く『女性とは、いつまで経っても女の子なんだから気を遣うのを忘れるなよ』と、そう言う事だ。……なるほどである。




 ──閑話休題。




 歩調は軽やかに、人が歩まぬ樹上を進む事しばらく、私は自分の『家』である『大樹』へと辿りついた。

 ここは天然の大樹に魔法をかけ、間借りさせてもらっている『まやかしの家』である。

 出入りは魔法をかけた者にしか見えない不思議な扉を抜けてからでないと入る事もできず、凡人にとってはただの巨木であるようにしか見えない不思議の隠れ家だった。



 ただ、一度入ればわかる事だが、家中はそこそこの広さをもち、十や二十の人が一緒に暮らす事も余裕なぐらいには申し分ない部屋数がある場所だと思って欲しい。

 まあ、独り身においては、そんな広さと部屋数など在っても無駄でしかないという事は重々承知で、案の定普段使いの部屋以外はよくよく埃がかぶってしまいがちになっていたりはする。



 最初の内は各部屋の掃除をこまめにしないと大変だった覚えもあるが、逆に掃除に特化した特殊な魔法を編み出してからは放置してばかりだった。『……誰かが来た時に魔法を使えばいいか』と、そんな自分のずぼらさに苦笑を覚えたのも、今では遠い昔の話。



 だが、そんな普段では使わない筈の一室を『今日は使える!』とあって、その事に私は内心でほんの少しの喜びを感じつつ、即座にその特殊な魔法で埃を掃うと、眠る彼女を寝台へと静かに運びこんでゆっくりと寝かせたのだった。


 私の背にのったままでは寝苦しかっただろうから此処でぐっすりと眠ってほしいと、そう思う。



「…………」



 一応、彼女が目覚めた時の為に、咽を潤せられる様に白木のコップと水差し、家(大樹)の中は少し乾燥気味なので喉がイガイガした時の為に自作のポーション、後はこの森で採れた先ほどの果物やそれ以外の木の実、最後はおまけに先ほどの干し肉も部屋の中のウッドテーブルの一角に一山だけもっさりと用意しておいた。……よし、これで抜かりはないだろう。



 腹ペコな彼女が次に目を覚ました時、これらを目にしたらきっと喜んで飛びつくだろうという想像がありありと目に浮かぶ。……先ほどの食いっぷりがそう思わせるのだろう。案外そこまで的外れにはならないだろうという確信が、心に少しの笑みを生んだ。




「うーん……むぅ」



 とりあえずはこれくらいでいいだろう。

 寝台へ運ぶその短い時間で、しっかりと寝相の悪さを存分に発揮してくれた彼女の体勢を何度か整えた後、私は部屋の明かりを落として静かに退室した。



 部屋を出た後は、私も普段使っている一室へと戻り休もうと決めて足を運んだ。


 ただ、今の客間とは異なり普段私が一番よく使っている部屋にあるのは、そこそこ身長がある私が使うにしてもかなり大きな安楽椅子型ウッドチェアが一つだけ。この自室にはそれ以外の物が無く、極めてシンプルな内装となっていた。



 恐らくは、この光景を他者が見たらとても『侘しく』思うだろう。


 ……だがしかし、私はそんなこの場所を大変気に入っていた。



「…………」



 部屋と言うのはその人物を映す鏡でもあると、いつだったか耳にした覚えがある。

 そして、その部屋をどのように創り上げるかの過程まで含めて、ここまで私に相応しい部屋は無いだろうと自負していた。


 自分の部屋とはどうあるべきかを構想し、悩んでは何度も家具を入れ替えては作り直し、想像を膨らませ最終的には無駄を削りきって作り上げた終着点。それが今居るこの部屋の内装であると。



 他者に言わせればなんの面白味もない、ただ椅子が一つあるだけの『何も無い部屋』──にしか見えないだろう。


 だがしかし、ここに至るまでの過程がちゃんとあると知っている私からすればその『見え方』は大きく異なるのである。


 これこそが自らの偽らざる本質であると理解し、ここに至るまでの想い出が伴えばこそ、私にとって何処よりも安らぐ『最上の居場所』となるのだと。



 そんな殺風景ではあるが、味のある大きな椅子に身体の全てを預け、目を瞑っては様々な事柄に思いをはせた。



 何度も失敗し、何度も挑戦した事を思い返せば、それだけでもうほら楽しい。

 まあ、こんな事をずっとしているからこそ、周りからは『化石だ!』なんだと揶揄を受けたりもするのだが……これこそが私の素でもあるのだから……なんとも仕方がない話だと思うのである。




「…………」


「──ッ!?」




 しかし、とある瞬間に、私は異変を感じた。

 そして、どれ程の時をそうして椅子に揺られ続けていたのかはわからないが……ふとした拍子に目を開いてみると、そこには先ほどまで別室で寝ていた筈の彼女が何故かもう居り、こちらをジーーっと見つめ続けている事に気が付いたのである。



 正直、びくっとしてしまった。気配を全く感じなかったので、さすがに私も驚いて足がビクンと動き床を強く踏みしめ大きな音も鳴らしてしまったのだ。



 ……しかし、長年の癖とも言えるのか、そんな動揺を悟られまいと私は、小さな見栄を張って誤魔化すとすぐさまコホンと軽く咳ばらいを一つ吐き、彼女の方へと顔を向けて声をかけていた。



「待たせてしまったか?」



 すると彼女は、それにコクリと素直な頷きを返した。……それでどうやら、少しだけ物思いに耽る時間が長すぎた事を私は悟る。普段なら気づく筈の微細な気配にも気づけぬほどに、集中してしまっていたらしい。


 ただ、彼女も流石は『森に生きる者』だといえるのだろう。気配の消し方が普通に上手だった。

 ……因みに、私は完全に寝入っていたわけではない。あくまでも瞑想していただけだと思って欲しい。油断して寝入ったりはしていない。危機感が薄かった訳でもない。そこだけは勘違いしないように。



 ただ、寝起き直後の少し気だるげな状態から、身体を伸ばしつつ身を起こし始めた私に対し、彼女は興味深そうに見つめてくる。……なので私も、逆に彼女の事を瞳の奥まで見通すつもりでジーっと見返してみた。



「…………」


「…………」



 すると、何か彼女に『訊ねたい事』があった気もしていたのだが……どうした訳か、そうして真っ直ぐに見つめてくる彼女の姿を見ていると、なんだかどうでも良くなってきて、終いには忘れてしまったのである。


 寧ろ、何度見てもその美しさは変わることなく、その目もまるでどこまでも透き通っているかのように麗しくて……不思議と心地良さばかりを感じるようになった。安心した。


 また、繰り返しにはなるが、その角のなんとも言えない色鮮やかさにはもう、自然と目が惹きつけられてやまなくなったのだ。



「…………」



 ただまあ、その上で思った事ではあるのだが、一見して成人している様には見えるものの彼女の動作からはどことなく幼さも感じたのだ。


 だから、そんな彼女があんな森の奥深くで、『いったい何をしていたのだろうか』とふと疑問にも思った。そのちぐはぐさというのか、不思議な存在を目にして私の心が自然と騒めくのを感じてしまう。


 日常の中で、普段とは違う色が一つあるというだけで、全く新しい物語の始まりを予感させるが如く──楽し気な気分と沸き立つ何かを感じていた。



 嘗て、冒険者として長らく活動していた事もある為だろうか、私の心はどうやらその手の不思議な匂いに酷く敏感であり、また引き寄せられ易いのだろう。



 ……ただ、そんな密かな想いすらもまた動揺となりそうで、見栄っ張りな私はまた色々なものを抱きつつも、先ずは昨日と変わらぬ表情で彼女へと声を掛けてみたのである。



 『──おはよう。良く眠れたか?』と。



またのお越しをお待ちしております

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