第299話 磨揉。
『空飛ぶ大地』に、これまで見た事が無い程の精霊達が軍団となって列を形成していた。
その軍団の先頭に居るのはエアとバウで、二人は視線の先に居る大小様々な『的達』を見つめながら、どうしようかと小さく相談している様に見える。
そして、精霊達も密集している様に見えるがそれぞれ五人組のチームに分かれており、今回から始まる新イベントで『初代優勝チーム』と言う栄誉を飾る為に真剣かつ楽しそうに話し合っていた。
そんな彼らに対するは、『的軍団』。
元は『土ハウス』を形成するのと同様の方法で作り出しただけのただ普通の石柱だったのだが、今回のイベントによって私の魔改造を受けた事により手足も追加されて、その一体一体が高度な魔法耐性と物理防御能力を備えた『ゴーレムくん軍団』となっている。
その大小様々なタイプのゴーレムくん軍団は、精霊達の倍以上の人数を揃えており、各自のゴーレムくんには討伐困難度によって違うポイント数が割り振られていた。
ゴーレムくんを討伐する際、その額にある色とりどりの布型魔法道具によって一目で難易度とポイント数が判別が出来る様になっている。
……因みに、その布型魔法道具は、ゴーレムくんを討伐した時の『ラストアタック』者に布が張り付く様になるだけの魔法道具なのだが、最終的に参加者達にどれだけ布が張り付いているかによってポイントを測る仕様となっているのだ。
また、その色布毎に振り分けられたポイントも、『白布なら一ポイント』『青布なら三ポイント』と言った風に決まっているので、見た目で参加者同士がライバルの討伐者達が現在何ポイントを手に入れてるのか判断できる様になっていた。
そして、そんなゴーレムくん軍団の一番奥には一際大きい『ボスゴーレムくん』がおり、額には金色に染まった唯一の色布を付けながら、周囲のゴーレムくん達になにやら指示を出し続けている。
その『ボスゴーレムくん』の指示に周りのゴーレムくん達は素直に従っているようで、ゴーレムくん軍団は綺麗な陣形を組み始めているようだ。
そして、その陣形は知識がある者が一目見れば、直ぐに『鶴翼の陣か?』と察するような緩めの防御型のV字の陣形をしており、どうやら向かって来る精霊達を待ち構える為に敷いている事が一目で分かる事だろう。
どうやら『ボスゴーレムくん』達としても精霊達に負けるつもりはこれっぽっちもないようで、勝つ為に最善を尽くして気合も十分に入れているようであった。
……まあ、そんな彼らの楽しそうな光景を頭の隅で微笑ましく眺めつつも、私は『大樹の家』の入口の傍で腰を落とし、大樹に寄添いながら全体を見つめている。
ここで、いつも通り各地の『大樹の森』で問題が生じない様に進行役に努めているのであった。
ただ、今回は前回以上に訓練が捗る忙しさがあり、私も楽しみながら集中しつつ魔法を使い続けている。これはこれで中々に楽しい。
……さて、そうこうしていると、『ポイント争奪大魔法戦イベント』と銘を打つ事になったそのイベントも、上空に浮かんだ火の玉が弾ける大きな音と共に開始される事となり、精霊達は一斉に楽しそうに動き出し始めた。
そして、飛んでいるバウと速度を合わせて一緒に無邪気に微笑みながら空を走っていくエア達の様子もここでちゃんと観察しつつ、いつでも魔法でフォローができるように注意をしておこう。
今回も皆に怪我が無いように、安全なイベント運用を心掛けたい。
……まあ、もしも怪我を負った場合でも、直ぐに今回の救護所と化している『大樹の森』に【転移】させる手はずにはしてあるし、各地にある『ドッペルオーブ』を通じて直ぐに【回復魔法】を施せるようにもしておいた。今の所抜かりはないと思っている。
それと、今回は『魔力の滝』が完全に精霊達が身体を休める場所とかしているので、純粋に魔力の回復だけを目的としている精霊達には、各地の『ドッペルオーブ』を仕掛けた『白い苗木』の傍に給水ポイントならぬ『お食事魔力補給ポイント』を設けておいた。
滝の様に絶え間なく浴びれるタイプから、各自の好きな時に水を飲む様な感じで補給できるタイプに変えたのである。……これの方がイベント中は競技っぽい感じがすると、精霊達にも好評だったのでこれはイベント中だけの特別措置の様なものであった。
その一方、完全に保養地と化した『大樹の森』には、魔力の滝をひたすら嬉しそうに浴び続けたり、好きに歌を歌ったり、精霊達が各々のんびりタイムを満喫できているようだ。
花畑にとろける様に寝そべりながら寛いでいる精霊達の心地よさそうな姿を見ると、私も嬉しくなる。皆寛げている様で一安心だ。
何やら最近は淀みも多くなっているのか、それを払うためにも『魔力の滝』は効果が高いらしく、みな色々な目的でこの地を活用しているらしい。ここに来る前は魔力がスカスカになっていて枯れかけていた精霊達も居たが、今やすっかり魔力を蓄えた精霊達はスッキリした表情で笑顔を浮かべていた。『帰りたくない』と言ってくれるその一言と想いが、私にとってはなによりも喜ばしい瞬間の一つである。
だから、『代わりに何をお返ししたら……』なんて言ってこなくて平気なのだ。
『大樹の森』は君達の為の居場所でもある。気負う事無く好きな様に過ごしていってくれるだけでいい。
『空飛ぶ大地』に『第五の大樹の森』を作った事で、この地に訪れる事が出来なかった多くの初見の精霊達が来てくれるようになった。そんな彼らはまだまだこの土地に不慣れなようだが、これからはいつでも好きな時に来れると思うので少しずつでも慣れて行って欲しい。
──おっと、そうこうしていると、『ゴーレムくん軍団』と精霊達の戦闘がかなり激化しているようだった。
『ボスゴーレムくん』を筆頭に、ゴーレムくん達はその物理ゴリゴリ系の見た目からは信じられない様な巧みな魔法運用をして、近づいて接近戦を狙っている精霊達やエア達や、遠距離から仕留めようと魔法を使っている精霊達の魔法攻撃を、全て上手く弾き、逸らし、はね返している。……どうやら真面に近付くだけでも皆かなり困難そうであった。
今回は初回と言う事で、中々にレベルは高めに設定してみたが、意外と陣形と連携がうまい事嵌っている様で、魔法の技量自体は精霊達に劣るゴーレムくん達でも、そこそこ良い戦いになっているようだ。
……ふむ。これは中々に興味深い。
エアとバウも、空を巧みに飛びながら近づこうとしているのだが、そんな二人に対しても対空専用に特化した『青布ゴーレムくん達』が、魔法を巧みにばら撒いてエア達の進行方向を上手く制限させつつ、ピンポイントで狙撃するかの様なとても厭らしく効果的な魔法を使って追い返しており、エア達は防御しつつも回避に専念する事しかできずにいた。
ただ、二人の表情を見るに、とても楽しそうなので私は安心して視ている。
どうやら二人は一つ一つ相手の癖を探りながら、『学び』を得ているらしい。
それにもう精霊達もエア達も『ゴーレムくん達』には色ごとにそれぞれ特色がある事を気付いているようだ。
皆、各自の方法でその特色を見極め、隙を付こうしている。
最初は力押しでどうにかなるだろうと思っていた精霊達の姿はもうそこにはなく、それぞれのチームに分かれて動きを変え始めていた。……これは面白い。
全体を見渡している私が一番楽しんでいるかもしれなかった。
そして、そんな精霊達の中で、とある一チームが既にその特色や癖を捉えたのか、凄く洗練された動きで接近しつづけており、誰よりも早く『ゴーレムくん軍団』に迫ろうとしている事を私は上から視ていて気付いた。
……まあ、それがなんとも嬉しい事に、いつも私たちと行動を共にするが多いあの四人の精霊達なのだが、四人は各自が他三人の補佐を微妙にしつつ、乱れ飛ぶ魔法の隙間を的確に縫うように四人が一つの意思に導かれるように行動している。
『ゴーレムくん達』から放たれる魔法の属性は一定ではない。
精霊達の属性に合わせて適宜最も効果的だと判断した属性を使うように設定している。
だが、あの四人はそんな飛んでくる魔法に合わせ、それぞれが他の三人を守る様に防御魔法を巧みに発動して的確に無駄なく防いでいるようであった。
先頭の『かーくん』であっても、最後尾の『つっちゃん』の事まで確りと探知し、隙無く視ながら守っているようで、急に他三人の横から【火魔法】が飛んで来たとしても、『つっちゃん』達は何も防ごうとはせず、『かーくん』にその対処を任せているのである。
各自がそれぞれの得意とする属性を防いでくれる事を心から信頼しているのがよく分かった。
『鶴翼の陣』を敷いている『ゴーレムくん軍団』の魔法は何も正面からばかり飛んでくるわけではないので、左右や上空までカバーしなければいけない訳なのだが、かなりの速さで移動しているにも関わらず四人の息はぴったりと揃っている。……正直、見事の一言であろう。
いつもはおちゃらけている事も多いあの四人だが、『精霊達の中では技量の高い集団として知られていて、色々と一目を置かれている存在なんですよっ!』と、かつて自分達で言っていた事を私は密かに思いだしていた。
その時は、その自慢する姿がなんとも微笑まし過ぎて、ほっこり感の方が強く、少しだけ半信半疑になっていたけれど、彼らのこの立派な姿を視れば最早疑いの余地などなく、納得である。
「…………」
──だがしかし、『精霊達ならば、その位はやってくるだろう』と、私も彼らを信頼していたので、事前にそれは予想済みであり、実はこの場合に対する一手をゴーレムくん達に仕込んでいたりするのだ。
……すると、案の定『ボスゴーレムくん』も使い時だと判断したのか、『今ですっ!』といきなりそんな四人に対して一つの魔法を発動しだした。
『──うっ、身体が急に重いっ!?』『なにこれっ!魔力が乱れるっ!』『これは……』『やられましたっ!これは魔力の──』
本来、この手の相手の動きを阻害したりする類の魔法は、精霊達には大変効きにくい。
だが、そこに油断はあった。
ただ、それは別に特殊な魔法を使ったと言うわけでもない。
だが、彼らの様に緻密な連携や魔法を使ってくる精霊達にはよく効く魔法であった事だけは確かだろう。
『ボスゴーレムくん』が使ったその魔法の種類は、相手への『強化魔法の一種』であり、言わば相手に回復をかける様な魔法だった。
その為、高い魔法抵抗力を持つ精霊達でも防ぎきれない魔法とはなっており、それを防ぐには他の対処が必要となる。
だが、それをしてしまうと精霊達が互いを守る為の魔法までを打ち消してしまう事にもなる。
……とまあ、精霊達のそんな盲点を突いた魔法だったのだ。
そんな裏技の様な魔法の使い方ではあったけれど、魔法とは本来、例えどんなに小さな効果しか生まないとしても、使い方次第で如何様にも化けるものなのである。
精霊達はイベントだと基本的に大きな魔法を連発してばかりだし、最近ではエア達も少しその考えに染まりつつあったが、『ちゃんと基本的な部分を見逃してはいけませんよ』と魔法巧者であるそんな皆に今一度思い出して欲しいと考え、敢えて仕込んでみたのであった。
……因みに、『ボスゴーレムくん』が使った魔法は、正確には各種の【属性強化】と言う【付与魔法】の一つである。
ただ、【付与魔法】と言うのは意外と難易度が高い魔法であり、敢えて下手に付加する事によっては逆に相手の属性を弱める事も可能なのだ。
まあ、集中し続けて狙ってやらなければいけないので、実戦で戦いながらやろうとするのはかなり難しい類の魔法ではあるのだが、『ボスゴーレムくん』がそれだけに集中し続けていても周りのゴーレムくん達が守ってくれる様にしたので、こういう集団戦においては中々に効果的な戦術である。
例えるならば、一緒に歌を歌っているとして、歌っている人のノイズになる様な不協和音を掻き鳴らす行為をやり続ける様な状態だ。
妨害する側としてはリズムを外すもよし、音程を外すもよし、音の強弱で巧みに惑わしても構わない。
その目的は相手が気持ちよく歌えない様にするだけなので、方法は選り取り見取りである。
だがあまりにも外し過ぎると効果も薄くなるので、一番いいのは一緒に歌っている者が思わず釣られてしまう様な、微妙な塩梅に調整できると効果も高くなるだろう。
そして、『ボスゴーレムくん』はボスではあるのだが、その能力の大部分は『軍団指揮能力』と相手への『妨害魔法』に割り振っていて、本人はあまり戦闘能力は高くない。
『完全サポート型のボス』と言うのが、今回のイベントの『ボスゴーレムくん』の役割なのである。
現状、突出しているのはあの四人だけで、あの様に高速で動きながら緻密な連携を出来るものは限られてくる。
ただ、狙う相手が少ない事は逆に『ボスゴーレムくん』としては幸運であり、あの四人にだけ集中して魔法を使えばいいだけなので、凄く上手くかき乱せているらしい。
四人の表情からも、よく効いている事が一目で分かる。
『くそッ!旦那に動きを読まれてるなこれはっ!』『ダメ!足が止まったら集中攻撃がくるよっ!』『でも、耐えられない』『相手の連携が予想以上に組まれています。一旦引きましょう!』
すると、四人はじりじりと後退しながら、後方から少しずつ追って来る他の精霊達が居るラインまでゆっくりと下がっていった。
……ふむ。どうやら現状は悪くない調子のようだ。上出来です。
どうかその調子で最後まで頑張り続けていって欲しい。
『頑張れゴーレムくん軍団』、応援しているぞ。
……おっと、魔力の補給もちゃんと忘れずに。多めに送っておく事にしよう。
──ゴッ!ゴッ!
すると、私からの魔力補給が分かったのか、『ボスゴーレムくん』が突然ペコペコと空に向かってお辞儀をし始めた。……なんとも礼儀正しい姿である。
だが、おかしい。私はそんな機能まではつけていない筈なのだが……。
何故かいつも私の作るゴーレム達は時として勝手な動きをする時がある。
……まあ、『皆が楽しそうならば、今の所は問題ないか』と、私はとりあえずこのまま眺め続ける事にした。
──そうして、その後も工夫しながらどうにかゴーレムくん達を討伐してポイントを得ようとする精霊達やエア達と、何としてでもそれを阻止しようとするゴーレムくん達の楽しくも白熱した魔法戦は続き、観戦している私としても大変に楽しい時間を過ごせたのであった。
またのお越しをお待ちしております。




