第298話 工夫。
エアとバウが『精霊対抗大魔法戦イベント』に参加したいと言い出した。
いきなりの事だったので突発的な思い付きかと思ったが、二人の表情から察するに何か策があっての事らしい。
だが、正直言って『精霊対抗大魔法戦』のレベルはとんでもなく高いのだ。
もしもの話だが、並の魔法使い達が参加すれば精霊達の適当に乱発してくる上級の魔法一発でも掠れば昏倒以上は間違いないと言う位に危険な魔法戦なのである。
当然、直撃などすれば幾らエアと言えども無事では済まないだろう。
それはバウも同様である。
ただ、そんな事は今まで手伝いをしてきてくれた二人ならば態々言われるまでもなく理解している事だろうと思う。
特にエアは、前回森を守るための防御の一角を任せていたので、それがどれほどに高威力かつ危険なのかを十分に分かった筈だ。
ならば当然、そう言って来る背景には何かしらの対処策を講じて来ているのだろうと、私も精霊達も察しがついた。
「…………」
……だがしかし、ここで一つ残念な報せがある。
そもそもの話、『領域』に縛られざるを得ない精霊達は『領域外の誰か』を攻撃すると言う事が、実は基本的には出来ないのだ。
まあ、そこら辺は少し複雑な『領域』の話になってしまうのだが、もし攻撃目標を『エア』に定めて、影響を及ぼそうとするのならば自分達にも少なくない害を受けてしまうのである。
……彼らが時々、私達の手伝いをしている途中でぐったりしてしまうのも、このルールが地味に悪影響を及ぼしているからであった。
もちろん、ある程度精霊達がぐったりしてしまってもいいのであれば、無理をすれば出来なくはない話ではある。
そうすれば『差異』まで至っていないエアとバウであっても、精霊達が魔法で攻撃しようとした場合、無理をしてある程度の影響を及ぼす事は可能であり、また更に無理をする事でエア達からの攻撃を受けられる様に『精霊体』を変質させる事も可能なのだ。
本来、エア達では精霊達に直接的な攻撃を与える事は不可能なのだが、それも精霊達が全ての負担を負えば不可能な話ではない。
……だが、正直そこまでする必要はないし、当然私はそんな無理な事を彼らにさせたくないのである。
よって、エア達は残念ながら普通の『精霊対抗大魔法戦』には参加させる事はできないだろう。
折角何か策を講じてまで『一緒に参加したい』と思ってくれたわけなのだが、エア達が参加する事は精霊達の負担が測り知れないのでダメである。
……ただ、エア達は純粋に精霊達と一緒にイベントを楽しみたいと思ってくれている事がその表情を見ていれば凄くわかった。
「…………」
「……ろむ?」
精霊達も私も、エア達が一緒に参加したいと言ってくれる事だけで実はもうかなり嬉しかったりする。
精霊達と一緒に楽しみたいから密かに二人で策を用意する程に、色々と考えたり準備していたと言う、その純粋さが素直に喜ばしかったし、その気持ちや叶えてあげたくなった。
声もあまり聞こえない筈だし、姿も碌に見えてないとしても、心から仲間だと想ってくれている。
分かってはいた事だけれど、精霊達にとってはエア達のそんな気持ちが何よりも嬉しいのだ。
……本当ならば叶えてあげたい。
『少しくらい無茶してもいいんじゃないか?』と、そう言う風に相談する精霊もいる。
だが、そうは思っていても、それを叶えるために払う代償は、本当に少なくないのだ。
それが分かっているからこそ、精霊達は数瞬だけ考え込み、何か方法が無いかと悩んでいた。
エアの為ならば、危険だと分かっていても、そこへと進んで踏み込もうと想う気持ち。
大切なものの為に、己を天秤にかけて、その犠牲になっても構わないと言う気持ち。
少し大袈裟かもしれないが、視ていると精霊達の思考はそんな考えに傾きつつある様に見えた。
エア達の想いをそれ程までに叶えてあげたいのか、精霊達の中には『なーに、俺達が多少頑張ればエアちゃんたちも参加させてあげられるだろう!大丈夫だっ!』と、お人好しにもお馬鹿さんな事を堂々と言いだし始める者達まで出ている。……なんとも無茶を言うものだ、と私は内心で苦笑を浮かべた。
その多少の頑張りが、そのまま君達の生存に直結しかねないと言うのに……。
精霊達のその優しい気持ちだけで私は充分であった。……エア達の無茶な要求に応えようとしてくれて、本当にありがとう。
だから、私がちゃんと君達を止めよう。
君達に無茶をさせない様にするのも私の役目である。
……それにまあ、この先は私に任せて欲しい。
なーに、君達にそんな危ない橋は渡らせはしないし、やる気満々のエア達をがっかりさせるようなことも言わない。諦める様に説得したり等もしないから安心して欲しい。
私がこういう時に切り出す言葉と言えば、『こんな対処法がある』というセリフのみである。
以前にも言ったが、物事とは別の視点を持つことで上手くいく場合が意外と多いのである。
よって、今回もその例に倣う事にした。
要は、エア達は『イベントに参加したい』とは言ったが、必ずしも『精霊達と魔法を撃ち合って戦いたい』と言っているわけではないのである。どちらかと言えば、エア達の関心は『精霊達と一緒に参加する』と言う方に向いているのだろう。
なので私はそこに注視し、既存のルールにばかり囚われ過ぎる事が無いようにと、『新たなる種目』を考え、精霊達もエア達も遺憾なく全力を発揮できるような競技を新たに作れば良いだろうと思い至ったのである。
つまりは、今まではずっと『チーム毎に分かれて、お互いに魔法を撃ち合うルール』でやってきた訳なのだが、今回は『敵(的)は別に用意し、チーム毎にその強力な敵(的)を狙って、破壊したり妨害したり回復したりしながら、相手よりも先に早くその目標を倒せた方が勝ち』と言うルールの新競技を考案したのであった。
……まあ、元々のルールでやってみたいと言う気持ちも無くはないだろうが、ちょうどよく今回からメインイベントの開催場所も変更すると言う事で、この際、競技自体を新たに増やしてしまっても良いかもしれないと思ったのである。
精霊達は意外と新しいものも好きなので必ずこれには乗って来るだろう。
エア達も精霊達と一緒にイベントに参加できるこの競技ならば問題ないはずである。
それに、この競技であれば精霊達の『魔法の指定先』がエア達にはならないので、森の一角を防御した時と同じように、互いの的を狙った攻撃を防いだり妨害したりが可能なので、ある意味では魔法戦と同じ状態を作り出せるのだった。……これは地味に『領域』に対する抜け道の一つでもある。
互いに相手の的への妨害はありにして、自分の目標を先に破壊する事を競う魔法戦。
当然、精霊達の魔法が如何に強力だとは言え、私が作るその標的はそう易々と壊せるような陳腐なものにするつもりはない。全力を尽くして作るつもりである。私が現状で作れる最強の的を……。
人だろうと精霊だろうと、同じ事の繰り返しをしているだけでは飽きてしまう時がある。
なので、『今回はこんな競技をしてはいかがかな?』と提案してみた所、精霊達もエア達もみんなやる気になってくれたらしく、どうやら問題も解決したようであった。
「バウ、一緒にがんばろうねっ!」
「ばうっ!!」
『旦那、今回は俺達も参加するぜ』『良い所見せたいねっ!』『頑張るっ!』『ふふ、久々に腕が鳴りますね』
エア達が参加すると聞いた精霊達のやる気の高まり具合は半端ではなく。
普段の魔法戦には参加していなかった者達まで急遽参加を表明しだした。
まだ計画を提案した段階であるにも関わらず、既にとんでもない盛り上がりになりつつある……。
そんな皆の楽しそうな表情を見ながら内心で笑みを浮かべつつ、私は密かに『強力な的』の製作を始めるのであった。
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