第285話 前兆。
会議が終わると、友二人は部屋の外へと出て行った。
そして、二人はそのまま王城からも揃って出ていくと庭園の様になっている場所まで足を運び、その遥か先に見える『空飛ぶ大地』を遠い目をして静かに見つめていた。
どこか複雑そうな友二人のその表情を視ていると、私はなんとも言えない胸が詰まる思いがした。
きっと私も、最初は今の二人と同じような顔をしていたのではないだろうかと、そんな事だけが頭にふと浮かんだ。
やんちゃだったあの二人も、恐らくは『空飛ぶ大地』の姿を見て故郷である『原初』を思い出し、思い出と重ねている所なのだろう。
だが、暫くして首を振っている二人の姿を視るに、二人はまだここが元『原初』であるとはわかっていない可能性があった。
……かつての『原初』は全体的に緑に溢れた土地であったのだ。
一変してしまい緑が一つも無くなってしまったこの砂の大地を遠目に見ただけでは、わからないのも無理はない。
……いや、きっと本当にわかっていないのだと私は思った。
もし、ここがかつて『原初』と呼ばれていた場所だと確信したのならば、二人の反応はもっと違っていただろうと思う。
きっと今の二人が想うのは、『『原初』以外にもああいう風に空を飛ぶ場所があるのだな……』と言う哀愁だけだろう。
それに、そんな哀愁にも長くは浸っていられない程に二人は忙しいようで、二人を探してやって来た城の者達から声を掛けられると、直ぐにまた二人も城の中へと戻っていってしまったのであった。
なんとも忙しないものだと思う。
なんと言うか、まるでお祭りか戦争の準備をしているかの様な慌ただしさだが、これから何かのお祝いでも始まるのだろうか?……だがその割に、街は至って普通に見えるし、忙しいのはお城の中だけである。
少々気になる所があったので、私は少しこの国を探ってみる事にした。
すると、どうやらその慌ただしさは『空飛ぶ大地』を目指すための準備であったらしい。
……何とも仰々しいものだ。ここには未だ何も無いと言うのに。
「……いや、待て」
だが、その時になって私はとある事に気が付く事が出来たのであった。
彼らがあれだけ準備をしていると言う事は……つまり、ここにやって来るのは友二人だけではなく、かなりの大人数を予定していると言う事であろう。
それも、あの準備の急ぎ具合を見るに、訪れる日は恐らく近日中である事は容易に想像できた。
……と言う事はだ、それだけ多くのお客さんが寛げる様な場所がここに無いと、後々その大勢のお客さん達を野宿させるような事態になるのは明白であるし、折角の故郷に大勢の仲間達を連れてやって来てくれた友二人の顔を潰す事になってしまうかもしれないと私は考えたのである。
……それは大変にまずいだろう。友が恥をかいてしまう。
何と言う事だ。こんな事ならばこの国に来るまでにあったのんびりとした時間にちゃんと準備をしておくべきであった。
かなりの余裕があったにも関わらず、今の今までのんびりとして考えが全く足りてなかった自分が凄く悔やまれる。
……だが、急げば今からならまだ大丈夫かもしれない。
いや、今からでも十分に間に合うだろう。間に合わせて見せる。
それに、とりあえずは『土ハウス』を幾つか建てておくだけでも最低限の宿泊施設として対応出来るだろうし、やってやれない事はない筈だと私は思った。
──そうと決まれば、気持ち良く寝ている所悪いがエア達にも起きて貰って手伝いをお願いし、精霊達にも申し訳ないが、少しだけ力を貸して貰えないかと頼んだ。
もちろん、精霊達には『領域』外の事を頼むつもりはなく、この地の自然環境の調整と今後の木々の育成を鑑み『土ハウス』をどの位置に建てると良いか等のアドバイスを貰いたかったのである。
「うんっ!わかった!がんばろうっ!」
「ばうっ!ばうっ!」
『旦那の頼みなら喜んで』『任せてっ!』『出番!』『微力ながらお手伝いさせてください!』
そうすると、エア達も精霊達も二つ返事で了承してくれた。
……皆、本当にありがとう。よろしく頼む。
──そうして、『空飛ぶ大地』で突発的に始まった建築計画によって、何軒もの大きめな『土ハウス』が綺麗にこの地へと立ち並ぶ事になったのである。
今回はとりあえず、形状も材質も全部同じ『土ハウス』にしたわけなのだが、これは後々に変更できるように一応考えて作ってあった。
もしも、またこの地を『里』にしたいとなった時などには、これらは一気に更地へと戻せるようにもなっているのである。
それから、私的にはあまり必要あるのか疑問が浮かぶ所ではあったけれど、一応はあった方が良いかと思い、要人用の少しだけ豪勢で広い部屋も用意してみた。
国の要人を招く様な場合において、友以外の要人が来る可能性も考えての事だが、友の面目を潰さぬようにと、少しでも飾り気のある部屋にしようと思い、何軒か特別に作ってみたのだ。
……まあでも、一介の冒険者である私が出来る飾りなど高が知れているので、精々が過去に手に入れた魔法武具や自分で作った魔法道具、それから高価な素材として有名な羽トカゲ達の各種新鮮な素材などしかなかったが、配置の仕方が素晴らしかった様でかなりの見栄えとなっていた。
冒険者として私が持っていたものは装飾というよりも実用的な品々が多かったのだが、それらをエアが上手に選別しちゃんと観賞できる感じにしてくれたのである。凄く綺麗にしてくれてありがとう、エア。
また、私が想定しているよりも訪問してくる人数が増える事にも考慮しておき、あの街の全員がやってきても大丈夫な位には【拡張】を使って『土ハウス』の中も無理なく広げておいた。
それによって、各『土ハウス』は見た目の軒数以上に部屋数が多く、沢山の人が泊れるようにもなっている。
ただ、それだけ部屋の数を増やしたと言う事は、それだけ家具も必要になると言う事なので、私はひたすら最低限の家具類を作る事に没頭しなければならなかった。
その代わり、私が作ったそれら家具はバウが一生懸命『パタパタと持って運ぶ』と言うのを何往復も繰り返してくれたのである。バウもいっぱい頑張ってくれてありがとう。
それから別の場合にも対応できるように、もし宿泊ではなく日帰りする場合などにも備えて簡易的な休憩所として使える様な『カフェテリア型土ハウス』なども幾つか作ってみたり、現状で考えられるおもてなしの準備を時間の許す限り精一杯やっておいた。
精霊達も色々とアドバイスをくれてとても助かったのである。いつも本当にありがとう。
正直言って、もう皆に何度感謝を伝えれば良いのか分からない程、この短時間で私達は凄く頑張った。
その結果、皆のおかげで充分に間に合いそうである。
探知で探ると、友二人とその大勢の仲間達は漸く街を立つと言うところであった。
……結局、友二人の為、と言うよりはむしろ自分が二人を『驚かせて喜ばせたかった』からと言うそんな理由でしかないにも関わらず、エア達はそれでも積極的に協力してくれて一緒に準備できる事が嬉しいとまで言ってくれた。私はその温かさに、思わずじーんとしてしまう。
準備を終えて後は完全に待つだけになると、それはそれでまた別の不思議な緊張感が出てきたのだが、ここまでやったのだから、友二人やその仲間達には是非ともゆっくりと寛いでいって欲しいと私は思っていた。
何も無い場所だけれど、言葉に出来ない想いが沢山詰まったこの場所を、友にも見せてあげたい。
だから『さあ、こちらの準備は出来たぞ!友よ、いつでもかかって来るがいい!』と。
まるで戦う前の様な、そんな不思議な気合を入れつつ、私達は彼らを待ち受けるのであった。
またのお越しをお待ちしております。




