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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第28話 モコ。



「これはなんだ?」


「んと!えっと!あ、あれ!んーと、ねそうな時に使うやつっ!」



「正解。抗睡眠薬の材料だな。では、こっちは?」


「ん??んんー?……なんだっけ?」


「これはまあ普通の虫下しだな」


「あーっ、おなかいたい時のかー」


「そうだ。これは?」


「食べれないやつ!」


「正解だ。ふむ。可食か不可食かの判断はもう問題ないだろう。よくがんばって覚えたな」


「うんっ!」



 私達は今、調合室でエアにどれくらいの知識が備わっているかの確認をしていた。所謂テストと言うやつである。

 幾つかの項目があり、それらを大体網羅できていると判断できれば終了となるのだが、エアの覚えが早いので、これは数年以内には教える事が無くなりそうである。

 数年となると、まだだいぶあるようにも感じられるが、きっとあっという間の出来事なんだろうと私は思った。



 最近では、エアが『教えてーっ』と言って来る時以外は極力邪魔をしない為にもこうして花畑で横になっていることが多くなった。……えっ?例のヤツかって?例のヤツである。魔力をスーハ―している真っ最中だ。


 エアはある程度、先ほどのテストや、ポーションの作成、薬草畑から採取した薬草を自分で煎じてみたりといった自分で覚えなければいけない内容の復習を終えると、花畑で寝ている私の隣に座ってきて、最近は特に風の魔素を『天元』に通す練習を重点的に行っているようであった。空へのうずうず欲がかなり溜まっているらしい。それも、私に魔法を使って欲しいわけではなく、自分で飛んでみたいのだとか。さもありなん。



 当然、それを脇で聞いている風の精霊達はエアにちょうどいい位の風を送りつつ嬉し気だ。エッヘンと他の精霊達に向かってドヤ顔で胸を張っている者も居る。他の精霊達はぐぬぬと悔し気だ。『もっと我が陣営のアピールをしていかなければっ!』『そうだそうだ!』みたいな話を、各属性ごとに集まって花畑の一角でそれぞれがしているのをこの前に一度みたた。あれが恐らくは会合と言うやつだったのだろう。



 まあその立ち位置は日に何度も変わるので問題はない。私も少し見慣れた。

 風が終わったら土や水の魔素を取り込む練習もこの後エアはする筈なので、彼らのあのドヤ顔合戦の三日天下具合は凄まじいサイクルなのである。



 ……火?火は、今日は無いだろう。夜に焚火をしながら焼肉をする時とかはやったりしているのを見かける。その時、とある方向から強い視線の感じたが、今回は私の方がサッとそちらから顔を背けた。……君達はこの前とんでもない槍を作ったんだから、暫くは大人しくしていてください。



 そもそも、エアに属性的な得意不得意みたいなのはあまり感じないので、『天元』に魔素を通す技の技量が上がれば、どの属性も上達するだろうと習得速度に差は出ないだろうと感じる。私達は見守る事こそが最善なのだ。



 暫くすると、寝ている私のお腹に微妙な重さを感じたので、目を薄っすらと開けてみたら、私のお腹を枕にして、エアがお昼寝をし始めていた。私はしろいまくら。


 外の気温と日差しは最近は大部弱くなって来たとは感じるものの、まだ気持ち強く本来なら寝苦しい筈であったが、そこは風の精霊達が上手く調整してくれているみたいで、私達の周りだけとても陽気で心地良い空間となっていた。



 そんな疑似ポカポカ陽気のおかげでぐっすりと眠りに落ちたエアは、取り込んだ風の魔素で薄緑(・・)に少しだけ髪を染めたまま『くかー……っふふ……』っと気持ち良さそうに眠りつつまた時々寝言で笑っている。最近は特に頑張っていたので、こういう時間も必要だと私は思った。



 この穏やかな空間に、私も精霊達も、すっかり和んでいる。





 ──っが次の瞬間、少し離れた場所でいきなり、『よくないもの』が発生したのを私と精霊達は感じ、感覚を研ぎ澄ました。

 精霊達は先ほどまでの穏やかな表情から一変して、今は警戒するような顔をしている。



「私が行こう。エアが流されないように少し任せて良いか?」



 私はそう言いつつ、幸せそうに眠るエアを穏やかな風で包んで宙に浮かべると、風の精霊の一人に維持を任せて直ぐに立ち上がった。一旦白銀のまくらから白銀の耳長族(エルフ)へとジョブバックである。


 あっと言う間にそれが何なのか分かり、既に情報を共有し終わっている精霊達に手を振られながら、私はその気配の先へと急いで向かうのであった。




 私が向かった先は『石持』が出現するポイント内、大樹からは比較的離れている森の中、そこに黒くモコモコしたものが段々と大きくなりながら、今まさに人に似た形をとろうとしている、そんな場面だった。


 あの黒いモコモコしたものが今回の『よくないもの』の原因の一端である。



「おや?ここは森の中ですか?ほうほう、これは興味深い」



 黒いモコモコは人の形をとると、パカッと白い眼を見開いて、何かを一人で呟いている。未だ私の事には気づいていないらしい。ふむ、一応は声を掛けてみるか。



「問う。目的を述べよ」


「!?」



 そう私は端的に告げた。あの黒モコモコはこの森に急に現れた侵入者的な立場なので、私はもちろん精霊達も歓迎するつもりが全くないのである。

 ただ、黒モコの方はそんな私の声に驚いたらしく。辺りをキョロキョロと見回していた。声を出したにも関わらず私の場所が分からなかったようだ。その反応はやはり発生したてと言う事が関係しているのかもしれない。



「再度問う。目的を述べよ」


「上、ですか。ほう、耳長族(エルフ)でしたか。これはこれは」



 黒モコは真上の木の枝に居た私に漸く気づいたらしく、私が耳長族(エルフ)だったことが嬉しかったのか、その白い眼をニタリと三日月型に歪めると軽いお辞儀をして見せた。礼儀正しいらしい。私には疎い分野である。



「貴方が居る。と言う事は他にも耳長族(エルフ)の方々がいらっしゃるのでしょうか?近くに里でもあるので?いやはや、この森は素晴らしいですね。漂う芳醇な魔素もさることながら、耳長族(エルフ)の里がある様な場所とは、うんうん、来てよかった。因みに、ここは大陸のどちら側なのか教えて貰う事は出来るでしょうか?西で?南で?」



 モコはテンション高めで私へと口早に色々と問いかけてきた。

 前言撤回である。こちらが先ほどから何度も問いかけているのに対して、ひたすら無視し続けている上に、そこへ問いを返してくるとは。このモコ、全然礼儀正しくなかった。

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)な、見せかけだけの丁寧さ、その心はこちらを見下している様がありありと出ている。


 だがしかし、それだけで怒る程、今日の私は心が狭くない。エアの癒し成分をまくらとして享受したばかりであるし、羽トカゲに出会ったとしても穏やかな心持ちで居られるように、最近は精神統一の時間も増やしているのである。それに比べればこんなもの。なんてことはない。



 だから、もう一度だけ。モコに尋ねてみた。



「三度問う。目的を述べよ」


「おやおや。聞く耳もたずですか。流石は耳長族(エルフ)。どなたも皆、尊大でいらっしゃる。あはははは」



 カッチ―ン。尊大な奴に、お前は尊大だなって言われたのだが?

 もう知らぬ。こいつは言葉が通じないやつだと私は判断した。



「私はここに、貴方達と仲良くするために来たのですよ。良かったら貴方達の里まで私を連れていってはいただけませんか?わたくし、こんな見た目で良く人からは勘違いされがちなのですが、決して悪いものではございません。ただ色々な場所を巡って、その土地に合った人々へと適切な取引を行うだけの、そう、言わば商人みたいなものだと思っていただきたい。きっとあなたの里に役立つものをわたくしは用意できると──」


「断る。消えろ」



 話が長い上に、見え見えの嘘までついて、時間でも稼ぎたい理由があるのだろうか?

 まあ、あったとしてもこの場所がどこかを探っている。精々がそんなところだろう。

 一応、私はモコに向かって警告をしてみた。

 大凡効果はないだろうけど、大人な対応として、対話で向こうが消えてくれるのならそれでも良いかと思ったのだ。



「おやおや。消えろとは穏やかではございませんね?これは交渉決裂ということでしょうか?」


「再度告げる。消えろ」


「…………」



 自分で言うのも何だが、こういう時の私は、やはり相当無礼な方であると自分で思った。

 善良な相手に対して、もしこんな対応をすれば例え相手が聖人だったとしても、敵対待ったなしであろう。

 エアに悪影響を及ぼす可能性もあるし、私も少しは儀礼的な言葉遣いを学んだ方が良いのだろうか。

 ……だがまあ、この歳になって今更かとも思ってしまう。……よし、諦めよう。



「ほうほう。これはこれは。ここまで話の通じない耳長族(エルフ)も珍しい。これでは幾ら善良なわたくしといえども、少々思う所があってしまうのもしょうがない事。そうは思いませんか?……もしかして、あなた、この森の中ならば自分が優位だと……まさか、そんな風にお考えなのではありませんか?己が絶対に有利な立場に居られると、そう勘違いなさっているのでは?」



 モコの態度が段々とハッキリし始めてきた。多少イラついているのか荒さみたいな雰囲気を感じる。

 最初からそれで良かったのにと私は思った。……それにしても、私も最近の精神統一の成果はそこそこあったんだなっと感じる。昔であれば、もっと最初の段階で襲い掛かっていた。

 だが、この長く無駄な時間ももう終わる。



「三度告げる。消えろ」


「……これは少々、後々の事も考えて少し教育してやる必要がありそうですね。いいでしょう。かかって来なさい。その己の身の程がどの程度のものか、わたくしが教えて差し上げます。ゴミの様にボロボロになった貴方に聞けば、その口の滑りも幾分かましになってくれるでしょうッ!!」



 そうしてモコは、私へと襲い掛かってきた。

 私はそんなモコを、頭と胸辺りだけ残して、後は全て魔法で消し去ってやった。



「グハッ!?い、いったい、なにがっ!!……魔法かっ!?だが、どこからっ!やはり仲間が潜んでいたのかッ!」



 そう言って、頭と胸辺りしかないにも関わらず、未だモコは元気そうに喋り続けている。

 辺りをキョロキョロと見回しているが、わざわざ自分が一人だと教えてあげる程私は優しくない。



「ふふふ、良いでしょう。潜伏してこれほどの魔法を使える者達がいる耳長族(エルフ)の森ですか。本当に興味が沸きましたよ。貴方達は、この体を破壊してわたくしに勝ったつもりでしょうけど、これで終わりだなどとは思わない事です。この体は仮初めのもの、実は私の本体は別の所にあるのです。次にわたくしがこの森に来た時、その時にこそ、お前らの泣き叫ぶ姿を見るのが──」



 モコは頭と胸だけになっても未だ良く喋る。

 話が長くて何が言いたいのかいまいち分からなかったが、要は今の姿は本体じゃないから、今度はそっちでまた来ます。と言う事を伝えたいのだろう。

 正直めんどくさい。それに来て欲しいと思う様な奴ではない。どちらかと言うと来るなと思っている。

 だが、この調子で似た様な事を二度も三度も繰り返されりするのもまた面倒な話なので、時間の無駄だが、それほど本体が来たいと言うなら、こちらから呼んでやることにした。



「まだるっこしい。今来い」


「ッ!?!?」



 そうして、私の得意とする所の魔法を用いて、【空間魔法】でモコの本体を呼んでやった。長い話の間に探っておいたので、モコの位置は既に掴んでおいたのだ。

 本体は黒いモコモコしているのは変わらないが、頭と胸だけの奴より大部人間に近い容姿になっている。その本人は今、思い切り目を見開いて、辺りを見回し、自分の身体をペタペタと触っていた。



「どう……して。なぜわたくしがここに。……これは、まさかチェンジリングか?仮初めの身体と本体であるわたくしの位置を、入れ替えたのかッ!?耳長族(エルフ)は精霊に近い種族だと聞いたことがあるが……まさか、こんな事が出来るとは……。ふははははっ、これは当たりだッ!それだけの魔力を持つならば、きっと喰らえばわたくしも──」



 どうしてこのモコはこんなにも隙だらけなのに、ずっと悠長に喋り続けていられるのだろうか。混乱しているのか?耳長族(エルフ)と精霊は別に親戚というわけではないぞ?そもそもチェンジリングとはなんだ?『仮初めと本体を入れ替えたのかッ』って、そしたら君のその足元に転がっているその、頭と胸だけの仮初めモコの身体はいったい誰のなのだ?



 とまあ、そんな疑問の幾つかは頭に浮かんだものの、わざわざ聞く程でもないかと思い、私は何故か急に興奮気味し始めたモコの本体と仮初めの物を、一緒にサクッと魔法で消し去った。辺りにはもう怪しい気配はない。



 最後何か言いかけていた気もするが私は気にしない事にした。なに、これが初めてという訳ではないのである。

 時たま、こうしてあいつらみたいなのが現れる事がある。普通のアンデットの『石持』が十だとすると、『石持もどき』が三、今の『モコ』みたいなのが一、くらいの割合で現れる。その頻度は極めて稀だと言えるだろう。


 今まではモコに似ていながらもすらっとした奴が多かったので『影』と呼んでいたが、今後は紛らわしいので『モコ』で統一していこうと思う。



 さあ、エアが目を覚まして心配する前に、早く白いまくらは戻らなければ……。


 


またのお越しをお待ちしております。

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