第279話 一木。
2020・08・16・加筆修正。
「ロムっ、何から始める?」
うむ。そうだな……。
正直な話をすれば、この場所をどうすれば再生できるのかについて、私は何から手を付けていけば良いのか分かっているわけではなかった……だがまあ、当然だろう。こんな事など今までやった事が無いのだから。
ただ、最終的にはこの地に白い苗木を植え『第五の大樹の森』にはしたい。
だが、単にこのまま苗木を植えただけでは直ぐに枯れさせるしまうだろう事だけは明白であった。
つまり、現時点での一番の大きな欠点として、先ずはこの『砂漠の土』をどうにかしなければいけないだろうと言う思案が浮かぶ。
では、そうなった時、『この土を良い土と全部入れ替えれば、問題は即解決するんじゃないのか』と、直ぐに思いつく者がいるかもしれない。
だが、その点にも気を付けておかなければいけない問題が残っていた。
……それは、この『空飛ぶ大地』に掛かっている不思議な力への配慮である。
まあ、そもそもの問題として、私は『この大地が、飛んでいる仕組みがわからなかった』のであった。
この大地をだいぶ注意深く視てはみたのだが、唯一分かったのもそれらしい魔法の痕跡もなければ、特殊な『何か』があるわけでもない、と言う事だけである。
それを知り、私は正直魔法使いとして悔しく思った。
これもまた私の手の届いていない分野の『何か』なのだとは察せるが歯痒くて仕方がない。
なので、現状この場所に出来る事は、元々ある形を崩さない範囲で何かを追加する事だけであった。空気が目に見えずともそこにあるのと同じく、この大地に掛かっている不思議な力もこういうモノであると素直に受け入れ、『空飛ぶ大地』という一個の個体、又はこれ一つが大きな魔法陣だと認識した方が理解がし易いのである。
よって、そんな場所の大部分を占める『砂漠の土』の部分は魔法陣の記述と等しく、それを取り除いてしまったとしたら、この場所にどんな不具合が生じるか定かではない。最悪、完全な機能不全へと陥り、墜落する事になってもおかしくないだろう。
だから、それだけは避けたいと思い、この『砂漠の土』はこのまま活かす方針でいく事にした。
──と言う訳なので、先ずはその『砂漠の土』を取り除くことなく、何かしらを追加する事でどうにかしていく事から始めようと私は思った。
……ただ、私は土に関しての専門家と言う訳ではない。
だから、この砂に何を入れれば肥沃な土地に変わってくれるのか等の、そんな都合の良い知識はないのである。
なので、私は私に出来る事で対応しなければいけない。
ただ、魔法使いとしての観点からみると、この場所が昔と比べて明らかに『変わっている部分』にある事に気づきを得た。
よって、そこをまた以前の様にする事で、幾らかは改善するのではないだろうかと言う予想が立ったのである。
因みに、その気付きで得た『変わっている部分』とは、この地が単純に乾燥していると言うだけではなく、土に『魔素』が殆ど感じられない事であった。
「──なのでエアは、純粋な魔力を放ちながらこの大地を好きな様に走り回ってくれるだろうか。バウも、好きなだけブレスを吐いて回って欲しい。どちらも無理をしない範囲で良い。威力も適当で構わぬ。こと大地において、純粋な魔力は上手く扱えば良い影響を与えてくれるし、バウの特質であり『地学竜』の強化ブレスは、土にとって良い癒しになるだろう。……二人とも頼んだ。私は、それらがこの地から流れ出ない様に、ちゃんと繋ぎ止めて留まれるようにし、この地の力が滞留し循環しながら育みになるように『器』を、一番深くから、沢山つくって……」
要は、この場所にある土、その全てに魔素が足りてないので、先ずはそれを補充していこうと私は考えた。
そこで、二人にはそんな説明をしながら、私はこの地の一番下にある支えの岩盤に、遠隔で魔法陣を刻み込み始めた。……これは、幾ら補充しても流れ出て行ってしまわない様に、一番底を囲った感じである。私はそれを『器』と表現した。
……まあ、その『器』は小さな街一つ分そこそこあるので、中々に巨大な魔法陣にはなるだろう。
そして、一応その魔法陣の傍には『ドッペルオーブ』も設置しておき、『魔法陣の起動』と『土の状態把握と調整』に関連性を与えて自動で動いてくれる様にした。
それと、万が一、この大地に掛かっている不思議な力に『動作不具合が起こった時』や『岩盤の魔法陣が何らかの理由で停止した時』等において、直ぐに手を施せるようにしている。
最終的には私達が何も手を加えなくても、自然に自浄作用が働き対応できる様に仕込んでいくつもりであるが、今はこんな所で良いだろう。
ただ、やる事はまだまだ多い。
次は水の流れと循環用の魔方陣を刻まなければ……。
元々のこの地に掛かっている不思議な力は一切阻害せず、一つ一つ影響の少ない外部部品を付け足していく感覚で無理なく魔法陣を刻み、魔素を増やしていった。
そうしていく中で、段々とその不思議な力にも少しずつ察しがつく様になり、勝手がわかって無理を効かせられる部分が増えたのは僥倖と言えるだろう。
だが、そこで一つだけ気づいたのは、ここに掛かっているその不思議な力が、その効果の高さと引き換えに、元々の設計思想として『消費』が前提にあり、力を使い切れば自然とこうなる様に仕組まれていたのではないだろうか、と言う事であった。
もしそうだとするのならば、どんな理由があったにせよ、この場所は最初からこうなる運命であったという事であり、今こうして以前の様にする為に『補充』を行なっている訳なのだが、それも『補充』が切れればまた同じ道を辿ってしまうだろうと言う、話しなのである……。
「…………」
それに気づいた時に、私が最初に思ったのは、『……嫌だ』と言う素直な否定だった。
嫌だ。同じ道を辿らせるために『再誕』させたいわけではないのである。
よって、私はこのまま見逃す事は出来ないと、危うくはあったが、その『消費』の部分に、幾つかの楔になる様な魔方陣を刻んでおき、改良を施しておく事にした。
下手したら、これで不思議な力に変調をきたす恐れもあったが、これだけは見逃せなかったのである。
「…………」
……どうやら、異変はない。上手くいったらしい。
刻み込んだ魔法陣によって、不思議な力も損なわれる事はなかったようだ。
ギリギリを攻めた行動ではあったが、どうやらセーフだったみたいで、とりあえずは一安心である。……よかった。
だが、そんな事をしたため、想定していたよりも魔力の消費は激しい事にはなった。
地味にこの場所が長居するのが厳しい場所であることも影響している。魔素が薄い。最近は魔力のスーハ―に頼り切っていた為、尚更薄く感じる。
ただ、そんな中でもエア達の防護は何よりも最優先に抜かりなく行った。
そして、自分の事も忘れずに確りと。
また、周りの状況にも気を配る事も忘れてはいけない。
何がきっかけで崩壊が始まってしまうのかは正直わかったものではないし、この場所がギリギリの状態であるのは言うまでもない事であった。
それらの警戒まで含めると、魔力の消費はこれまた加速度的に増えていくが、もう気にしない事にする。精一杯やってやるのだ。
ただ、少しでもロスを減らす事も必要かと考え、恐らくこの砂漠の中心だと思われる場所へと私は腰を下ろすと、元気回復を図る為に、周囲へと視線を向ける事にした。
するとそこでは、私から少し離れた場所でエアやバウが楽しそうに走り回ったり、パタパタと飛んでは『ぼぼーーっ』とブレスを吐きだしつつ頭を振り回していたりする様子が見えて、それを私は微笑ましく眺めてすっかりと癒されたのだ。
そのまま暫く眺めていると、頭を振り回すのに疲れたバウに代わって、今後はバウの事をエアが抱っこしたまま走り出し、そこでバウがブレスを吐きだすと言う協力技『ダッシュブレス』を使い始めたりして、見ていて飽きる事もなかった。
二人とも、正直言って遊んでいる様なものなのかもしれないけれど、それが今はとても素晴らしかった。これが何の役に立つのかは分かっていないと言うそんな行為にもちゃんと意味はあり、それによって大地には程よい魔力が混ざり込みながら、砂と共に大きく巻き上がり、良い刺激と癒しになって大地へと撹拌されて降り注いでいっている。……とても、良い感じなのである。二人とも本当に素晴らしいぞ。
私はそんな二人の楽しそうな笑顔を見ているだけで、充分な精神力の回復を得る事が出来たので、再び自分へと活を入れて気合全開で作業へと戻る事が出来た。
きっとその活の効果だろうとは思われるが、そこから先の繊細な作業において私の集中力はとても高く、ミス一つなく完璧に作業をこなす事が出来ている。
大地の奥深くに刻んだ魔法陣と、大地に新しく撹拌されて混ざり込んだそれらの小さな魔力をどんどんと結び付けていき、点と点を線で結ぶ感覚で繋げながら、その線を幾重にも張り巡らせて糸の様に紡ぎ出し、まるで服を編んでいくかのように私は砂漠の内部全体に広がる、更に大きな『器』を作りあげていったのだった。
「…………」
砂に水をかけた時、砂だけでは水を受け止めきれずにそのまま流れていってしまう。
ならばと、張り巡らせた糸とその周囲の砂粒を魔力で包んで強化し、保湿し魔素などを蓄えて置ける性質を付加した後、各地と魔法陣で水分や魔素の受け渡しができる様に繋ぎ、不足した個所があった際には直ぐに補い合えるようにしている。
そして余剰な水分や魔力はその大きな『器』に溜めていけるようになっており、魔法陣の効果によってその『器』に溜まった魔力によって『器』は自分で壊れる事が無いように補強も出来ていた。
──要は、なんだかんだと手を尽くして『保湿性ばっちりの潤いのある砂漠』に私は作り変える事に成功し、今後は勝手にメンテナンスもやってくれる状態に出来たのである。
魔法陣が動きだして暫くすると、足元の砂を掬うと薄っすらと湿っている状態になってきた。
どこか砂浜の砂に近い感覚であると言えば想像もし易いかもしれない。
それも、普通であればそんな湿り気も直ぐに乾いてしまうのだが、砂そのものに保湿の性能を持たせており、潤いが足りなくなったら直ぐに補給される仕組みにもしてあるので常に乾燥で悩まされる事が無い。
また、空気中の魔素を微々たる量だけ自然に吸収する性質もつけておいた為に、魔素を栄養源とする植物ならばこの砂でも十分に育成が出来る様にもなった。
砂と砂の結びつきも持たせているので、簡単に風で吹き飛ばされる事も少なくしてあるし、魔素のやり取りも魔法陣を通して出来る様になっているので、植物の育成において、不足していればすぐに補給されて枯れさせるという事もこれで無くなるだろう。
まあ何よりも素晴らしいのが、私がいつも植えている『白い苗木』は、その魔素だけで育ってくれるため、大樹の育成に関しての問題はなくなったのである。
ただ、それ以外の普通の木の事までは、まだちょっと対応外ではあった。今後に期待。
現状これでもいっぱいいっぱいで、この先は精霊達の力を借りて少しずつ改善していくしかないだろう。
それで後は、他よりも幾分水嵩は浅く小さいけれども、エア達にいつも通りに湖の形を作って貰い、その中心部分だけ浮島の様にして、中心へと『白い苗木』を植えておいた。
この苗木にも『ドッペルオーブ』を仕込んであるので、地下にある岩盤の魔方陣とも連携させておけば、一先ず出来る事は終わりである。
「…………」
何だかんだと、最初の大きな問題である土に手を加えていたら、自然とこんな形になってしまったが、現状では視た感じ充分及第点と言えるのではないだろうか。
正直、魔法使いとしては、外部から後付けし後付けしただけの不格好な魔法陣である事は否めないし、元々の不思議な力についても全部理解できたわけではないのでどんな予想外の問題が起きるかわかったものではないが、何とかギリギリに収める事は出来たと思う。
……まあ、今後も何度か大樹の育成に合わせた手直しだけは必要になる。
だが、大体の目安はたった。大変良くがんばりました。
やがてきっと、この苗木が辺りへと根を張り、辺りの砂をちゃんとした土へと変えてくれるようになる筈だ。……そうなったらいいな。
精霊達の力頼みでの話になってはしまうのだが、『上手くいく筈だ。いや、是非とも上手くいって欲しい』と私は思った。
ただ、やはり少し不安ではあったので『……どうだろう。上手くいきそうだろうか』と、一応そんな想いを込めて精霊達へと尋ねてみる。
──すると、彼らは一応頷いてはくれたのだが、何故かいつもの四人が四人とも揃って不思議と涙ぐんでいたのであった。
……あらあら、どうしたのだろう。だいじょうぶか。何か君達に嫌な想いでもさせてしまったか?
だが、私がそう尋ねると、彼らは今度は首を横へと振って『旦那、ありがとう』と何度も礼を言って微笑んでくれたのである。
……どうやら、嬉しかったので、思わず泣きかけてしまったのだとか。
そうかそうか。それならば私も一安心だ。君達にも喜んで貰えたのならば私も凄く嬉しい。
本当にやって良かったと思う。
どうやらこの土地は、またちゃんと、生きていく事が出来るようになっているらしい。
精霊達のお墨付きだ。
その後、目元を拭った彼らは、『旦那、後は俺達に任せてください!』と、何よりも心強い言葉を言ってくれたのである。ありがとう。よろしく頼む。
彼らに任せれば、後は安心だとは言え、正直いって何が起こるかはまだまだわからない。
『だから私に出来る事であれば、いつでも言って欲しい』と、私は彼らへと告げた。
この土地が生まれ変われるのであれば、多少の労苦など何も大したことは無いのだから……。
──だがしかし、私がそう精霊達に向けて告げていると、精霊達よりも前にエアとバウは私の隣へとやってきて、ガシッと腕に抱き付き、少し『むーっ』と不満そうな顔を浮かべだした。
どうやらその顔を見るに、『もしもし?誰か二人ほど忘れてはいませんか?』と言われている様で、私は直ぐにハッと気づいて頭を下げた。
『もちろん二人を忘れていたわけではない!皆で頑張ったのだ!』
『だがすまない。少しだけ言い間違いをしてしまった。だから、どうか許して欲しい』
そんな内容の事を、少し回り道をしながら、私は二人へと確りと弁解していく。
すると、二人はニコリとした笑みを浮かべてくれた。
もちろん、二人とも『ちゃんとわかっているよっ』と直ぐに許してくれたのである。
……どうやら言ってみたかっただけらしいのだが、説明下手の私としては少しだけ肝が冷えた。
ただ、その時の二人の嬉しそうな様子と言葉に、また自然と精神力の回復が出来て、今日の疲れの全てが癒された私なのであった。
またのお越しをお待ちしております。




