第278話 再。
エア達を抱えて、それからは一気に速度を上げて飛翔していくと、遥か遠くにポツンと何かが見えて来る。他にこの高さで漂っているもの等無い為、それはとても目についた。
エアとバウは私に抱えられながら、高所からの見える眼下の光景に目を輝かせているが、二人にそっと『見えて来たぞ』と声を掛けると、二人はバッと前を向いて、その小さく不思議な威容の島(?)の姿を瞳に捉えた。
「……ロム、あそこがそうなの?」
エアのその問は、見えてる先の大地が小さな街一つ分ぐらいしかない大きさであったからであろう。
遠近感の関係で遠くのものが少し小さく見えるというだけではない。
そうだな……。だいぶ、小さくなってしまった様に見える。
以前に来てからだいぶ時間が経ったが、こんなにも変わってしまったのか。
だが、元々そこに暮らしていた者の一人からすると、幾ら姿が変わってしまったとは言え、ここがそうなのだと、何となくだが分かった。ここで間違いないのだと。面影など、もう何一つ無くとも、直ぐに分かったのだ。
こんな風に、すっかりと変わってしまった故郷が、更に荒廃してしまっている様を見るのは、言葉にし難い悲しみがある。
でも、そんな場所も今回は一人ではないというのが、やはり少し心強かった。
私にとっては小さな街一つ分の砂漠が広がるだけ『荒廃した大地』にしか見えなかったが、初めてこの場所を目にしたエアとバウにとってはまた別の光景に見えたらしい。
眼下に広がる青い海と緑の大地や広大な彩を背景に、『長い間空から皆を見守り、飛び続けてきた砂漠の大地』は、どこか感動的な姿にも見えたようだ。
……そう。人によって見え方は違うのだ。
こんな何もない場所でも、エア達にとっては、如何様にも色や線を引ける真っ新な白いキャンバスにでも見えているのかもしれない。
荒廃し過去こそ失ったが、それと共にこの場はもう何にも縛られなくなった。
だからここはもう、ただの『空飛ぶ大地』であり、それだけでもう充分に価値のある『何か』なのだと、エア達にはそう見えているのかもしれない。
「…………」
もし、そんな価値をここに見出してくれているのだとするならば、それだけで私としては嬉しいと感じてしまった。
……そうだな。私も少し感傷に囚われ過ぎていたのかもしれない。
ここを見て、過去の光景が思い浮かばないと言ったら嘘にはなるが、もしかしたらこの場所はもう他の価値を見出しても良いのかもしれない。
本当はもっと早く、ちゃんと見方を変えてあげるべきだったのかもしれない。
新しい何かに相応しい地として……。
「ロムっ、ここを──」
「『第五の大樹の森』にしたいのか?」
「──うっ!、うんっ!そうっ!!」
……そうか。いや、それ以外無いよなぁ……。
何で急にこんな場所に来たいと言ってきたのか。来てどうするつもりだったのか。
本当にただただ見に来る事だけで終わりではないと思っていたし、そこに何かがあるのだとしたら、私たちの目的を含めてそれ以外は考えられなかった。
……その予想自体は簡単についていたのだ。
だが、もしエアがそう言って来ても、私は最初、断るつもりで居たのである。
この場所はもう終わった土地なのだと。
そんな残酷な言葉で切り捨てて、取り合わないつもりであった。
実際、少しずつ崩れ続けるこの場所に『第五の大樹を森』を作っても、幾ばくももたないかもしれない。苗木を植えても育つ前に枯れさせるだけかもしれない。
だったら、そんな終わりが見えている場所ではなく、もっと未来を見据えられる場所に、白い苗木は植えてあげたいという気持ちがあった。
まるで、『お前は今からここで死ぬんだ』とそう突き付けるようで、私は嫌だと思ったのである。
だが、エア達はこの地に小さくとも価値を見出してくれている様であった。
この荒廃した土地を、心から素敵だと思ってくれた様であった。
……単純かもしれないが、私はそれだけで嬉しくなってしまったのである。
かつて、この地に戻って来た私が思ったのは純粋な喪失だけだった。
それが、長い時を経てこうまで崩れてしまった事で、この地は本当にもう終わりなのだと、感覚的には全部を諦めるしかないのだと、先程までそう思いかけてしまっていた。
──だが、そうじゃないんだと、エア達の表情が語ってくれている。
『終わりだけしか見えない?そんな事はないよ』と。
『いつだって、また一から始められるよ。』と。
『遅いなんてことはないんだよ』と。
その輝く表情に、私が勝手に誤った夢を見過ぎているだけかもしれない。
エア達はそんな事なんて、微塵も思ってないかもしれない。
だが、それでも、もう良かった。
人によって感じ方は違う。
私はもう、そう感じてしまったのだ。
そして、エア達は本当にこの地に『大樹を植えたい』と思ってくれた。
それだけで、もう充分にこの地は『第五の大樹の森』になる価値をもっていると判断した。
『原初』は本日をもって、名を変える事だろう。
この地から消え去った数多のものたちは帰ってこないけれど、今日からまた新しく一から始められるだろう。
『空飛ぶ大地』は一度枯れ果て、そしてまた誕生する。
この『第五の大樹の森』に、『里』としての名を与えるとするのならば、『再誕』こそが相応しいだろうか。
……どうか、元気に生まれ変わって欲しい。
たった一本だけだとしても、希望を残し続けて欲しい。
私が一人になろうとも戦い続けて来た事、その意味の欠片を、ここへも込めよう。
ほぼほぼ亡んでいるこの地を『大樹の森』へと変える事は、今までとは全く違った大変さがあるとは思う。
だが、やってやれない事は無い筈だ。
やってやろうではないか。
私と言う魔法使いの力を活躍させる場として、これ以上の場所もあるまい。
この力で誰かを傷つけるよりも、何かを生み出す為に使えるのならば、それほどの幸いはないのだから……。
──そうして、大地へと降り立った私達は、砂漠へと一歩を踏み出していき、この地の再生へと動きだすのであった。
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