第275話 配慮。
「わたし、一度ロムの故郷に行ってみたい」
短い時間ではあったけれども友二人と再会し、少しの言葉を交わした。
そして今は、そんな二人の元気な姿を確認できて満足した後、王都からある程度離れた所で【転移】を使い私達は『白銀の館』へと戻って来ている。
『白銀の館』に戻ると、そこにはこの前に新しく入った元盗賊であったあの三人がすっかりと冒険者らしくなっており、屋敷の皆とも打解けている姿があった。他の皆も元気そうで変わりはないらしい。
私が、皆に『久しぶり』だと告げると、屋敷の皆からは『おかえり』と直ぐに返って来る。
その事に少しだけ驚きはしたものの、私もすぐに『ただいま』と返した。
皆に微笑まれながら、私達はまた温かく迎えられ、年が明けるまではここでのんびりと過ごす予定なのである。
ちょうど夕食時だったと言う事もあって、私達もそのまま一緒に食卓の一角の席へと着いて、皆の顔を軽く眺めながら、今後の事についてエアと話し合いをしていく。
だが、そこで急にエアが佇まいを正し、突如としてそう告げて来たのであった。
当然、私は『いきなりどうした?』と思わずにはいられない。
……因みにだが、私の故郷であった『原初』と呼ばれていた『里』は、今はもう存在していない事はエアにもちゃんと昔に話しているので、そこにはもう何も無い事はエアも知っている筈なのである。
だが、その提案してくるエアの表情は何処からどう見ても真剣である事から察するに、決して冗談の類で言って来ているわけでもないとは直ぐに分かった。
『森が急に消えてしまったのが不思議だから、ちょっと観光がてらに見て見たい』だとか、『ちょっと面白そうだから遊びに行ってみたい』みたいな、衝動や好奇心に沿った浮ついた話ではないのである。
……まあ、エアならばもしそうであったとしても私は決して怒ったりとかはしない訳なのだが、逆にこうまで真剣に提案してくる方が、『何かあったのでは?』と心配になってしまう。
エアからは真剣に、ただの砂漠と化してしまったその『原初』と言う場所を、厳かに一度確りと目に焼き付けておきたいという、そんな重たい意思と雰囲気を感じる。
……まあ、連れて行く事自体はいいのだけれど、一つ問題がある──
「──か、かまわないのだが、良いのか?本当に何もないのだぞ?」
これが本当に、嘘や冗談の類ではなく、驚くほどに何も無いのだ。
行っても良いけど、エアが見たいものは何も無い恐れがある。
『本当にこんなに何も無いと思わなかった』と肩を落とす結果にならなければいいのだが……。
「うんっ。何も無くても良いのっ。行ってみたい」
「そ、そうか?それが分かっているのならば良いのだが……」
……ただ、そこでふと、私にはちょっとした気づきが生まれた。
ここ最近、エアは急に私の友二人と会いたいと言ってみたり、私の故郷を見に行ってみたいと言ってきたりと、いきなり想像外の事を言ってくるようになった訳なのだが……。
これらはどちらも、昔にエアに話した『私の過去』に関係する事であるという事が、説明するまでも無く明らかなのである。そして、これらはどちらも私的には現在まであまりいい状態ではないと言えた。
だから、私が少なからずそれらに対して思う所があるのを密かに話を聞きながら察しており、エアはエアなりに『ロムに何かできる事はないだろうか』と考えて、色々と気を遣ってくれているのではないだろうか、とそう気づいた訳なのである。
エアはとても優しい子で、とても鋭い子でもある。
魔法使いとしては言うまでもなく優秀で、鬼人族としての『天元』の扱い方も大変素晴らしい。
当然、それらはエアが頑張ったからこその結果だと、私はそう思っているのだが……もしかしたら、エア的にはこれらが『私のおかげ』だなんて気持ちが、もしやあるのかもしれない。
だから、私に対してエアも『何かお返ししたい欲』が出てしまっているのでは?と、思ったわけなのだ。
全部推察でしかないけれど、『色々と私に気を遣ってくれてのかもしれない』と考えると、なんとなく辻褄が合うような気がしてくる。
……この前に、魔力を伝って変な夢を見た事もあったが、あれがもしかしたら『エアの夢』であって、それをきっかけにそんな考えに至ったのだとしたら、時期的にもこの突発的な行動にしてもなんとなく説明が出来るかもしれない。
友の方はまだ、今までに色んな話をしたから会ってみたいという気持になっても多少は気持ちが分かるとしても、こちらの故郷の方は本当に行っても何も面白い物はないのだ。
普通に考えたら、無邪気なエアが行きたいと思うとは到底考えられないのである。
だから、本当に、もしかして……。
すると、そこまで思った所で、私は一気に、心が言い様の無い喜びで満たされる感覚を抱いた。
もっと、抽象的な表現をするのならば、晴れの雲間、温かな日差しと一緒に、温水の雨が降っている感じである。……ちょっともう、手ぬぐいでは防ぎきれないレベルなのですが、どうしましょうかね。もし勘違いだったらそれはそれで恥ずかしいですけど。
この時ばかりは、この不愛想な顔で良かったと本当に想うわけなのだが……。
これだけ優しいにも関わらず気遣いまで上手だとは……。流石エアである。
私は、エアからのその気持ちの贈り物を有難く受け取るべきなのだろう。
行っても楽しい事は何も無いかもしれないが、エアと行く事で何かが変わるかもしれないと、今なら思えるようになった。
……行こうか『原初の森』へと。
何も無いあの場所でも、いずれ笑顔になれるかもしれないから……。
またのお越しをお待ちしております。




