第272話 知己。
「やあ、友よ。久しいな」
「こんにちはっ!」
「…………」
久しぶりに私は、とある国の王都へとエア達と共にやって来た。
着いてから数日はギルドへと顔を出したり、暫く見ぬ間に変わってしまった王都の街並みを色々とエアへと説明して回り、のんびりと食事処の案内などして楽しんだ。
何気に人が多く、エアが抱っこしていると人混みに巻き込まれた際、ぬいぐるみのフリをしているバウに行き交う人達の肘などが当たってしまう恐れがあった為、今回は私が抱っこしておく事にした。
少し多めに魔力で防御を施してあげると、バウも安心出来たらしく『ほっ』としているのが分かる。
そうして、暫くは楽し気に過ごしていたのだが、遂にとある日、そのバウに施した魔法から探知してきたのか、友の一人である金髪で凛々しい男性の耳長族が私達が泊っている宿へと訪ねて来た。
だが、目の前の彼は訪ねて来た当初から『ぶすっ』として、とても不愉快そうな表情をしている。
その表情からは『久しぶりに顔を見せに来たかと思えば、こいつ、女連れで帰ってきていったいどういうつもりだ?』とでも言いたそうな顔であった。
しかし、目の前の人物こそ私がこれまで『友』としてエアにも話をして来た人物であり、私と同じく今は無き『原初』と呼ばれていた『里』の生き残りである。
この友は昔からとても優しく気の良い男で、皆の事をいつも考えてくれて、何をするにも支えてくれる気配り上手さんだ。……私の知る中で、彼ほどに気の良い者はいないと思っている。
それに、もう一人の友である淑女の方がどちらかと言うとアクティブ過ぎて、いつも無茶しがちでもあった為に、いつもそれを心配して何かと彼女が動きやすい様に手配したり、彼女が失敗した時にはその代わりに頭を下げ回っていた様な人物なのであった。
だが、彼がただ気配りができるだけの裏方的な存在かと問われれば、決してその様な事はない。
本人の容姿は金色短髪姿で、一見してわかる健康的な清潔さがあり、同族内でも明らかに違いがわかる程の美青年なのだ。
その上、私とは違い、魔法だけじゃなく運動も大得意と言う、そんな素晴らしい人物なのである。
昔から何をするにも様になり、一部では『王子様』とまで呼ばれていた事を私は知っていた。
今でもそうなのかは知らないが、数多の淑女達をただそこに居るだけで虜にしてしまうという驚嘆せずにはいられない人物なのである。
「……ロム、何をしに来た。今すぐに帰れ」
だがしかし、そんなにも良い奴から、私は開口一番にそう言われてしまったのである……。
それも、軽く睨まれてもいた。……ふむ。どうやら今は日が悪かったらしい。
彼の姿から、これは本気の忠告である事を私は悟ると、直ぐに頷きを返す。
彼が何よりも先ずそう言って来るという事は、何かしらの理由があるという事であり、決して蔑ろにして良い言葉ではないという事を私は知っていた。
「……わかった。出来るだけ早くに出て行くとしよう」
私のその答えを聞くと、友は同じく頷きを返してくれて、私の隣に居るエアにも視線を移した。
エアは彼が自分を見ている事に気づくと、再び『こんにちはっ!』と元気に挨拶をしている。
彼の苦々しい雰囲気、その素っ気無い言葉、慣れ親しんだ者同士じゃないと伝わらないその気配りは、普通は第三者から見るととても態度が悪くしか見えないものだ。
だがその点、『私』と言うある意味では理解する事にかけて極めて難易度が高い無愛想な存在と共に居る事に慣れきったエアにとって、彼の態度は十分に理解出来る範疇にあり、何一つ普段と変わらぬ挨拶を返すのであった。
そして友も、エアの笑顔と何一つ変わらぬ態度、雰囲気、そしてそこに感じる魔力の流れなどから、『ああ、この人物は我々に慣れているのだな』と察してくれたらしく、私に見せるのとは全く違う優し気な微笑みを浮かべると、エアに向かって一言だけこう返してくれた。
「その男は、我々の中でも一番の不器用者だ。まさか連れ歩く者が現れる等、思いもしていなかった。……だから君には苦労を掛けるだろうが、よろしく頼む。自分からは悪さはしない猛獣だと思って扱って欲しい」
「あっ、うんっ!はいっ!」
……何て言い草であろうか。誰が猛獣だ。そんな微笑んで言う内容ではないぞ。
それにエアは、彼の言い様が面白かったのか、言葉の内容に理解ができたのか、花咲く笑顔で嬉しそうに返事を返している。
そして、そんなエアの返事を聞き、友もまた嬉しそうにはにかんでいるのが、なんともまた印象的ではあった。
……君のそんな顔など、もうずっと直で見ていないのだがな。
ただ、そんな短いやり取りで友の方は十分に満足したのか、それとも忙しい中をこうして態々抜けて来てくれたのか、どちらにしても彼はもう帰らなければいけない雰囲気を出していたので、一瞬向けて来た目配せに、私は返礼として一つ頷きを返した。
エアもそれで察したのか、少しだけ手を振ると、友はエアに対して返礼の頷きを一度だけ返すと、踵を返して歩き始めてしまう。
──だが、数歩進んだ所で少し立ち止まると、背を向けたままの状態で、私へとこんな風に言ってくれたのである。
「……エフロム、お前はもう、俺でも測れない程になってしまったのだな。あまり一人で先に行くなと言ったのに……バカ。誰もついていけなくなってしまうぞ。……俺も、その子も。そしてあいつも……。もう少しだけ周りを見てくれ……友よ」
その言葉に、私は懐かしさを感じた。
かつて、言ってくれた言葉とほぼほぼ同じである。
……ただ、その言葉はなんとも私には頷き難いものであった。
何故ならば、私はまだまだ立ち止まれない。
停滞を享受できるほど、器用でもないのである。
愚直に進み続けるしかない。
だが、それを上手く言葉だけで説明できる気はしなかった。
だから私はまた、いつかと同じ様に彼には魔力で気持ちを伝える事にしたのである。
それは『深い感謝』と『再会できた喜び』、それから『二人とも、元気で……』と言う、別れを惜しむ素直な気持ちを複雑に合わせたもの。
そしてその序でに、密かに『もう一人にもよろしく言っておいて欲しい……』という『ちょっとした難行』も潜り込ませて頼んでおく事にした。
「……バカ。やだよ」
「ッ!?」
──だが、即答で拒否されてしまったのである。
……何でだ。いいではないか。
どうせこの後報告するのだろうし、君ならば上手く言えるだろうに……あっ。
だが、彼は『ふっ』と少しだけ笑うと、止める間もなくそのまま歩き去ってしまうのであった。
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