第268話 閑。
『死屍累々』……そんな表現がぴったりと合いそうな光景が、今日の大樹の森の周りには広がっていた。
だが、実際には大樹の家から見渡す限りの花畑に、昨日までのイベントで疲れ果てた精霊達が皆所せましと眠っているだけである。
『君達、どれだけ楽しかったんだ』と呟きながら、思わず私の心には『全くしょうがないんだから』と言う呆れと微笑ましさが同時に浮かんだ。
夜の間は、闇の精霊達がそんな彼らを綺麗に並べてちゃんと眠れるようにしてくれていたらしく、今では光の精霊が密かに飛び回って、状況的に帰らなければいけない精霊達一人一人を『ドスドスっ』とお腹を槍の石突き側で突いて起こしてくれていた。……中々に鈍い音がしているけれど、起こされた精霊達は皆笑顔である。皆タフだな。
来た時はフラフラだった者も多かったのだが、そんな皆のすっかりと良くなった顔色と成長した雰囲気を感じ、総評としては、とても良いイベントになったのではないだろうかと私は判断した。
何よりもエアの成長が著しい事も喜ばしい限りである。
本来、見えていない精霊達の魔法の気配を感じ、それに対して的確に防御をすると言うのは想像以上に難しいのだが、それを昨日エアはやり切ったのであった。
常に魔力で探知するのは当然として、精霊達の魔法同士が衝突した際の余波や、そもそも攻撃自体が逸れて木々に向かう際等、森に直接的な被害が出そうな攻撃を察知したら、精霊達の使う高威力の魔法を防げるだけの防御魔法で的確に発動していかなければいけない。
なので、その為には『高い魔法発動速度と反射神経』が必要になるのは当然として、判断できない攻撃が来る場合もあるので、予測して魔法を扱える様な柔軟性も要求されるのである。
……まあ要は、とても難しい事をやり遂げたエアは凄かったという話で。
だから、私がエアを褒めてあげたい気分であるという、そんなちょとした自慢話だったりする。
──と言う訳で、大樹の家に戻った私は、エアに早速『何かして欲しい事はあるだろうか』と尋ねてみた。
「……んー。何かして欲しい事かー」
寝起き後、自分で浄化をかけスッキリすると、今は食事を美味しそうに食べていたエアは、パクパクしつつ『何がいいかなー』と悩み始めた。
……ただ、その悩みは数秒で終わると、直ぐに答えは出たらしく。
「んーっ。考えたけど、なにもないっ!だいじょうぶっ!」
と、エアは返答してきたのであった。……な、なんと謙虚なッ。
「そ、そうか……」
だが、無いなら無いで寂しく感じてしまうのもまた事実であり、私的には少し複雑な気分である。
なんともままならないものだ。
「何かあれば、言って欲しい」
「うんっ!分かったっ!」
エアであれば何か思いついたらちゃんと言って来くるだろうと思い、その場はそれだけ伝えると、私はエアの食事の邪魔をしない様に先に外へと出て行く事にする。
外へと出た私は、つい先ほどまで精霊達で溢れていた花畑の一角へと進むと、仰向けにバタンと倒れ込み、そこで手足を『ぐぐぐーっ』と寝ながら思い切り背伸びをした。
……昨日はひたすらずっと集中し続けて、座った姿勢のままでいた為、身体がかなり固くなっている感覚があったが、その固さがビキビキと伸びて解れていく感覚がして、とても気持ちがいい。
──パタパタパタ。
すると、私が寝っ転がったのを確認してか、どこからともなく小さな羽ばたき音が聞こえたかと思うと、『ポスンッ』とバウが私のお腹の上に着陸した。「ばうっ!」……そうかそうか。ゆっくりしていきなさい。
──タッタッタッタ。
そして、その直ぐ後には何処からともなく軽やかな足音が聞こえてくると、今度はエアが私の上に降って来た。いや、少し遠目から大ジャンプをしてダイブしてくるつもりらしい。「ろむーっ!」……おっと、あれだけ豪快に飛び込んで来るのは、私が魔法で受け止めると信じているからだろう。
──と言う事で、私はエアの要望通りに魔法で受け止めると、バウとは逆サイドにエアの身体を下ろし、その後頭部が私のお腹に乗る様に調整した。
それが嬉しかったのか『あはははっ』と笑いながら顔をこちらに向けて来るエアと、私のお腹に顎だけ乗せて、さっき起きたばかりなのにまたもう眠りの姿勢に入っているバウの姿がよく見える。……因みに、バウは既に半分スヤスヤ状態であった。
「ねえ、ロム。なんかお話して……?」
すると、そんなバウの眠りが少しだけ移ってしまったのか、エアは欠伸を一つしてトロンとした目になると、私へと半分ウトウトとしながらもそう頼んできた。
当然、私はその頼みに二つ返事で了承を告げると、まだエアに話していなかった話を幾つか語り聞かせ始める。二人が眠りに落ちるまではこのままいつも通りに何かの話をし続ける事にしよう。
だが、どうした事だろうか。今日に限っては話をしているとエアやバウと同様に、私も段々と眠たくなってきてしまい、最終的にはほぼほぼ同時に私達は寝息を立ててしまった。
……でも確かに、昨日は頑張ったのだから、これほど疲れていても仕方のない話だとは思う。
『今日位はこのまま皆で、二度寝でもすることにしようか』と、私は落ちかける意識の中で思った。
──微笑ましそうに見つめて来る精霊達に見守られながら、私達はそうして幸せそうに眠るのであった。
またのお越しをお待ちしております。




