第259話 野心。
「──では始めようか」
私が今居るのは、吹雪の大陸にある魔法学園、その地下にある剣闘場の様に広い運動場の中心だった。
周囲にはこの学園の生徒達がおり、私は講師として彼らに魔法を使って見せるという約束になっている。
という事で、取り出したるはいつものモノクルさん。装着。キラーン(自己主張激しく明滅している)。
そして、見本代わりに学長から借り受けていた黒いローブを傍に置き、自分の裁縫道具や各種素材を【空間魔法】の収納から取り出す。
「あ、あの……何をしていらっしゃるんですか?」
「……ん?」
私が『お裁縫』の道具と材料を出し、椅子と机を設置して、綽綽と準備をしていると、私の事を見ていた周りの生徒達から声が掛かった。……なんだろう。何かおかしなことでも?
「いや、『何かおかしなことでも?』って言われても、見た所全部おかしいとしか」
「ぜんぶ?」
全部おかしい??
私はこれでも一時期はちゃんと仕立て屋で働いていた位なので『お裁縫』の腕はそこそこあるし、素材や道具に関してもかなりの物を揃えていると自負しているのだが……。
「あ、いえ、そう言う事ではなく。あれ?確かこの講義は魔法についてのものだと伺って来たのですが違いましたか?これは裁縫に関する講義なのですか?」
「あー、そう言う事か。いや、魔法についての講義で問題はない」
「そ、そうですか……。じゃあ、その魔法の講義が始まるまでは僕たちは此処で待っている……という感じですか?」
いや、これから皆には『お裁縫』の魔法を見せるつもりだ。
講義の内容は魔法の扱い方や活かし方と言った内容にも言及していくので、とりあえずはその魔法を見せた後、疑問があればそれを順次受けつけるつもりだと私は答えた。
「さ、さいほうの、まほうですか?……攻撃魔法とか、学長との魔法戦で使われていたあの拘束魔法等の講義ではなく?」
「うむ」
「そ、そうですか……」
……まあ、彼らの言いたい事やそこにある不満は分からなくもない。
優秀な魔法使い達だからこそ、魔法に対してもある種の理想や拘りがあるのだろう。
彼らの中にあまり納得がいっていない者達が居る事は言われずともそれで伝わって来たので、ここは最初から全力で取り組む事にしよう。
百聞は一見に如かずという言葉もあるし、彼らには魔法使いとしてこんな魔法の使い方もあるのだと是非とも知っておいて貰いたい。
──と言う訳で、私は百人少々いる彼ら全員同時の目の前に、学長とお揃いの黒いローブが魔法によって出来上がる様を見せた。
少し大きめでも問題ないローブだからこそ出来る技でもあるのだが、魔力で彼らの身長や腕の長さ、フードの大きさ等を探知で測り、それを元にして一人一人に合わせたローブを目の前で急速に作りあげていく。
目の前であっという間に出来上がっていくローブの様に、優秀な魔法使い達も流石に目を瞠っているのがよくわかった。
「うわっ!?」
「なんだこれっ!!」
「なんとっ、これだけの数を一斉にっ!!」
彼らの多くからは素直に驚く声が聞こえてくるけれど、大部分の者達は最初こそ驚きこそすれ、今ではすぐさま真剣に何が行われているのかを観察しだした。よく見て掴んでほしい。
「……ふ、ふんっ!中々にやりますね。それもわたしのローブも少し綺麗になってますし、ありがとうございます。……それじゃあ、このままここの講師になるという事で、よろしいですね?」
出来上がった学長とお揃いの黒ローブを皆が手に取ると、学園の生徒達は素直に喜びの笑顔を見せてくれた。
ただ、その隙にこっそりと近づいて来ていたこの学長は、私の背後に立つと後頭部をジーっと眺めながら何故か暫く不敵な笑みを浮かべ続けている。
私はそんな彼女の不思議な行動の全部を魔力の探知で視ていた為、繕い直し終わったオリジナルのローブを学長へと手渡す為に振り返った。
そして、彼女の目を見ながら、確りと『貸してくれて助かった……だが、よろしくはありません』と告げる。……事あるごとに言葉の契約を狙うのはやめて欲しい。
すると、彼女は『プイっ』とまたそっぽを向き、『今回も上手くいきませんでした……』と呟きながら、肩を落として去っていくのであった。
……申し訳ないが、その罠には引っ掛かってあげられないのだ。諦めて欲しい。
因みに、エアと講師に戻った彼女も、一緒に黒ローブを受け取っているので、二人はお揃いの衣装へ袖を通すと、学園の生徒達と一緒に嬉しそうに微笑み合うのであった。
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