第257話 一通。
──それから数日が過ぎた。
「本当にまた戻って来るのですか?」
「……ああ」
「契約を果たしたとは言え、本来は講師として魔法を見せるという話だったのですから、確りと守らなければいけませんよ」
「分かっている。……も、もうこの話も十度目なのだが、大丈夫だ。ちゃんと戻って来る」
とりあえずは、学長や元講師である彼女の件はなんとかなった。
あの後、大勢の者達を交えた話し合いで、学園の大部分から彼女はここに居る事を望まれたのである。
『わたしの中には未だ危険な存在が……』と彼女が言っても、やって来た彼らは『問題ないです。自分の身は自分で守れますし、あなたの事も我々が守ります』と言って直ぐに受け入れていた。
そもそも、危険だとは言え、肉体的に襲い掛かって来るだけの『歪』はそこまで強いとも言えないだろう。
だから、彼らの言い分は正しいと私も思う。ちゃんと備えて対処できれば大きな問題にはならないのだ。彼女や学長はもう少し周りの彼らの力を信じてあげるといいだろう。
視た所、心配してやってきた者達は皆優秀な魔法使いだと言って差し支えないものばかりであった。
まあ、当然その中でもエアの技量や、学長や彼女の力量は頭一つは上だと思うのだけれど、これだけの魔法使いが一堂に会する学園と言うのは本当に珍しいと思う。
日差しの厳しい季節だというのに辺りは雪に囲まれた環境でもあるので、ある程度魔法を使えないと満足に生活すら出来ないこの自然に囲まれた環境は、やはり魔法の技術を磨く上でも中々に効果があるらしい。
……さて、そんな訳で、季節は気づいたら大樹の森でイベントが始まる時分にも差し掛かっていた。
本来はこちらに着いたら直ぐに『第四の大樹の森』を作る予定ではいたが、彼女の件もあり、先の話し合いでも私達は意見を求められたりして参加していたので、こちらで暫くごたごたしながら滞在する内に時間が来てしまった。
なので、まだ『第四の大樹の森』は作れていないが、そろそろ一旦、大樹の森へと帰りたいと思っている。
ただ、先ほどの私と学長の会話でもお察しの通り、私はどうやら講師としての役割を果たす為に、大樹の森のイベントが終わったらまたここにちゃんと戻ってこないといけないらしい。
ここ数日はのんびりと学園を見学しても何も言われなかったのだが、『帰る』と言った途端、顔を合わせる度に『あなたは講師をやる約束があります!』と学長先生が言ってくるようになったのだ。
それも、『ならば、帰る前に講師を一度やってから帰ろうか』と、学長に相談すると『いえ、今はまだその時ではないので、行ってからで大丈夫です』と言われて断られる。という不思議な状況である。
私的には行く前に済ませた方が向こうでゆっくりできると思ったのだが、イベントが終わり次第こちらへと戻ってこないといけないようである。
……まあ、聞くところによると、講師の予定と言うのは意外と予定の調整(?)が難しいらしいので、学長の言う通りにしようと思った。
「個人としての技量は、あなたの方が今はまだ少しだけ上だと認めましょう。ですが、わたしには皆がいます。慕ってくれている魔法使い達は凄く多いです。人気の面では私の方が上と言うことで宜しいですか?」
「ああ。構わない」
「じゃあ、あなたもこの学園で働きませんか?私を慕ったりしてみませんか?」
「いや、それは断る」
「……なんで、何度誘っても断るのですかっ!」
「……いや、何度も言っているが、私は魔法使いであると同時に冒険者でもあるのだ。目的があって旅をしている」
「……むーー、そうですかっ!もういいです分かりましたっ!」
エアと講師に戻った彼女が一緒に、二人で楽し気に訓練に励むのを遠目に眺めながら、私が椅子に座ってのんびりとお茶を飲んでいると、隣に来た学長であるエルフの淑女は色々と話しかけてきた。
そして、大体いつも話の最後にはこの同じ質問をして、同じ答えを返すと拗ねた顔をし、『プイっ』とそっぽを向いて、エア達と一緒に魔法の訓練に混ざるのである。
……どうやら、今私がエア達に施している訓練が学長的にも気に入ったらしく、それを学園の皆の為にもやって欲しいという話らしい。
まあ、求められて悪い気はしないが、私はそれだけをしたいとは思えなかったので断らせて貰った。やはり冒険の方が好きなのでどうにか諦めて貰うとしよう。
『旦那ってエルフの淑女とは相性が良くないとか言ってなかったか?』『だよねっ!でも本当はすっごい手慣れてる感じっ!?』『これは、たらし?』『あまり思わせぶりな態度は感心しませんよ?』
……ああ、君達か。いらっしゃい。
何やら勘違いしているらしいが、そもそも私は普通にただ友(淑女)と接するのと同じ様に学長とも話をしていただけである。
だからあまり変な言い掛かりはやめてもらいたい……それに、どちらかと言えば学長から私は嫌われているようだ。
昔から友(淑女)にも『ああいう態度の女性はロムには全く興味を抱いていないからね。だから残念だけど、勘違いしない様に。じゃないと相手が自分に気があるなんて勘違いしたら恥ずかしい事になるからねっ!』と、何度も教訓として教えられたものである。……君達も気を付けると良い。
『えっ、旦那』『えっとー?』『これは?』『あー、なるほど。全然伝わってないみたいですねー』
「……ん?どうした?ああ、ほらほら。近くへおいで。お茶の準備が出来たから君達もゆっくりしていくと良い」
精霊達とそんな穏やかなやり取り(?)をしつつ、私達は魔法の訓練へと励むエア達を微笑ましく眺め続けた。
……ただどういう訳か、精霊達は学長の事を殊の外気に入ったらしく、やけに気合を入れて応援していたのだけが少しだけ印象的であった。
またのお越しをお待ちしております。




