第256話 善果。
正直な話すれば、今回の事は私にも分からない事ばかりであった。
敵からいつのまに魔法を仕掛けられたのかも、それがどんな攻撃だったのかも、不明だ。
あの見た事のない『種』の魔法の事や【虚】や魂、ゴブやモコとの関係性などなど、本当に分からない事ばかりである。……考えすぎると頭が痛くなってきそうだ。
……だが、とりあえずは大事にならずホッとしている。
皆が無事である事が先ず何よりも嬉しく思った。
ただ、今回はそれほどまでに敵も本気で仕掛けて来たという事だけは私にもよくわかった。
そして、これでまだ終わらないであろう事もである。
次はもっと警戒を高めて、何が起きても大丈夫な様に備える必要があるだろう。
一歩間違えれば、私が彼女の様になっていたのかもしれないのだから、周りに居る者達を守るためにも、私はもっと確りとせねばいけないと思った。
……ん?
「──それはいけませんっ」
すると、私達から少し離れた所に居る学長と元講師の彼女の方から、そんな叫び声が聞こえて来た。
何かしらの問題があったのかもしれないと、私達は再び急いで二人の方へと近づいていく。
「あなたはここに居て良いのです!」
「ですが、わたしの中には未だに危険な何かが居るのは間違いないので……」
「そんな事は知っています。ですがっ!」
……どうやら、彼女の今後の処遇について話し合っているらしい。ふむふむ。
聞くところによると、学長と彼女の話の論点は、どうやら彼女がこの学園から去るか否かという部分にあるようだ。
そして学長の考えでは過去の失敗を省みてか、もう彼女を一人にしたくないという想いが強くあるらしい。
何とか彼女に学園に残って貰えないかと頼み続けていた。……だが、それに対する彼女は首を横へと振り続けている。
「それでは周りに多くの人達、学園に居る生徒達を危険に晒してしまう事になります。だからもう、この学園には残れません。皆にこれ以上の迷惑はもう……」
「迷惑だなんて事はありません!何か方法がある筈です。……そうだ!ならば、契約を用いて縛ればいいのではないですか。もうその存在が誰かを傷つける事が出来ない様に縛ってしまえば危険もなくなります。そうすれば、あなたは普通に過ごせるでしょう」
もちろん、契約を使えばもちろん相手が暴れそうになっても、相手の行動を縛る事は出来るだろう。
だが、それは通常の場合においては、という限定的な話でもある。
契約も決して万能ではないのだ。
「いいえ学長。それはできません」
「なぜです」
「私達はもう、同じ不安を持ち心を一つとした者なんです。この存在を否定する事は私にとっての否定でもあります。エアさんのおかげで意識だけはハッキリとしているみたいですけど、根っこの部分では私達は混ざり合っているのを感じます。契約では対象の魔力をハッキリさせる必要がありますから、きっと今の私では対応できません」
「……試した所で効果がない。それか、もしかすると意図しない効果が出てしまうかもしれない、という訳ですね。もしも効果が反転し、逆に人を傷つけ続ける事を強制する様な事になってしまう可能性も無くはないと?」
「はい。その通りです」
「……なるほど。これは少し困りましたね」
彼女達は真剣に悩んでいるようであった。
……なので、『何かお困りだろうか?』と一応、紳士的に声を掛けてみる。
「ロムさん……」
「……どうせ、紳士にあるまじき行為である『聞き耳』でも立てて、話は全部聞いていたのでしょう?どうですか、あなたにならこの状況でもどうにかできたりしませんか?」
「…………」
『なにもそこまで言わなくてもいいだろう』と思ったかもしれないが、これは一般的なエルフの女性の頼み方でもあるので、私はそこまで気にしていない。本当だ、慣れている。
だが、そもそもの話『私はそこまで心配は必要ないだろう』と思い、そう答えた。
すると、二人は最初は言われた事が数秒分からず、『きょとん』としていたが、正気に戻るとすぐさま反論してきた。
「何を言っているのですか!必要に決まっているでしょう!」
「そうです。学長のおっしゃる通りです!わたしも危険な者を放っておけないと考えます。わたしはみんなを傷つけたくはない。ロムさん、何かいい考えがあるのなら教えてください!」
なんともまあ。本当は自分の事だけでも精一杯で、不安で押し潰されかねない状態だろうに……。
それでもまだ、周りを想えるのは心から尊敬に値すると思った。
目標が見えなくとも、彼女は未だ周りの事を考えられる高潔な人物である。
そして、学長もまた心からそんな彼女の事を考えられる人物だと分かった。
きっと、この様な者達だからなのだろうなと、彼女達の事を見ていて私は納得を得る。
そして、不安そうな二人に『答えはもう直ぐやってくるから、落ち着きなさい』と告げた。
……大丈夫、安心してくれ。
それに君達はもう直ぐ、そんな不安を抱く暇も無くなる事だろう。
困っている様だったので一応は声はかけたのだが、実はもう殆ど私が手を出すまででも無い状況がすぐそこまで迫っている事を、私には視えていたのである。
──ドタンッ!
「学長!」
「先生っ!」
この学園に居る者達は、本当に優秀な者が多かったようで、こちらの光景が把握できなくなった後は、多くの者達がこの地下にある剣闘場の様な場所へと詰めかけて来ていた。
私は、敢えて今の瞬間までは邪魔が入らない様にと扉を全て開けられない様にしていたのだが、もう良いかと思い、ちょうどよく扉を開錠したという訳である。
すると、観客席にも、剣闘場にも多くの者達が二人を心配してやって来たのだった。
この二人を助けたいと思うのは、私達だけではない。こんなにも多くの人達がいる。
そして、これだけの者達に慕わるような生き方を君達がしてきたという証でもあった。
「二人だけで悩む問題じゃないだろう。それに、大丈夫だ。ほら」
二人は学園の者達に被害があってはいけないと心配をしていたが、駆け付けて来た彼らの顔を見るに、そんな心配はどうやら無用の長物であったらしい。
私がエアに笑顔を教えて貰っている様に。
彼女もきっと、これから先の生きる意味や目標を、学長や彼らから教えて貰える事だろう。
心配する多くの人達に囲まれて、驚きつつも嬉しそうに泣き笑う彼女の表情からは、歪だろうが彼らと共に幸せに生きていこうと言っている姿に視えた。
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