第255話 虚飾。
「学長……ごめんなさい」
「いいえ、謝らないで。わたし達の方こそごめんなさい。勝手な勘違いをして、あなたが本当は辛い状況に追い込まれている事にも気付かず、大事な時には何も出来ずに──」
学長と元講師である彼女は、互いに謝っていた。
お互いに、自分が悪かったと相手を慮っている。
彼女達もまた不器用な人間だと私は思った。
仕方のない事だったのだと、久々の再会を喜んで欲しいともどかしく感じてしまう部分が私にはあった。
ただ、それはこれからまた彼女達がゆっくりと関係を築いていく事であり、私は言わば部外者だ。
今回も、私はそそくさと雰囲気を読んで少し離れておく事にした。……ん?エアは一番の功労者だから、居ても問題は無いと思うが、一緒に来るらしい。そうだな。あちらは任せておく事にしよう。
背後で会話している学長達の話が聞こえなくなるくらいまで離れると、私は少しだけ思考に耽った。
隣にいるエアはバウとのコミュニケーションをして遊んでいる。なんとも微笑ましい。
だが、私は目を惹かれるその光景から少し目を逸らすと、先ほどの事について自分の身体の中に魔力を集中させていき、その様子を覗く事にした。
何故突然そんな事をしたのかと言うと、今回の事に私は一つ大きな疑問を抱き、その答えがもしかしたら見つかるかもしれないと思ったからである。
私は『元講師である彼女』とその中に共に存在する『歪』に別々の個を感じた。
その際、私は今までの自分が少し勘違いをしていたのかもしれないと気づき、反省したのである。
私は、あれを単純に『モコ』の別種だと思っていた。
捕食されて成りすます事で、そこに存在する人物が入れ替わっていると考えていたのである。
つまり、そこで先ず疑問に思ったわけだ、何で片方が消える事無く『二人』のままで一つの身体の中に存在しているのだろうか、と。
それも、彼女の事は言わずもがなだが、あの『歪』にしてもちゃんとした『誰か』であり、『心のある者』なのだろうと今回の事で理解できたのだ。
これまでは漠然と、『モコ』とは『石持』の一部であり基本的には『死者が石を宿しただけの存在』だと思っていた私にとって、この違いはあまりにも大きい。
そして、そんな『モコ』の一種でもある『ゴブ』に雰囲気が近い事から、彼女の事も『モコ』の類似だと考えてしまっていたのだけれど、もしかしたらこれは全く別物の可能性も出てきたと考えたのだ。
彼女の心には、二人居る。
それはつまり、彼女の中の二人は、共に生きているという事。
これは言わば、私の未だ視れず触れ得ない『魂』という領域に関わる話だという事が理解出来た。
彼女は今、言ってみればその『魂』が二つある様な状態なのだろうと。
そうしたら、次に考えるのは、何で二つの魂がちゃんと存在できているのかという事に疑問が浮かぶ。
漠然とだが、普通は『一つの身体には一つの魂』である事が望ましいのではないか、いや、もっと言えば、そうでなければ人はちゃんと存在する事ができないのではないか、と私は考えた。
そうでなければ、この世にはもっと彼女と同じ状態の者が他にも居て然るべきである。
だが、私はこの様な状態、気配さえ混濁したような状態の者達に初めて遭遇した。
……だから、決めつけではあるのだけれど、これは明らかに異常事態に類するものだと判断したのである。
きっと普通ではない事が起きている。
という事は、そこに問題の解決に繋がる糸口があると私は思った。
だが、それにも既に当てがついている。
今回の事で、全てに繋がる軸は【虚】だ。
そして、その【虚】によって、私は何かを喪失する事を知っている。
……という事はだ、『一つの身体に二つの魂』が存在出来ているのは、その喪失した部分に『魂』が入っているからなのではないだろうか。
更にいえば今回、彼女達が【虚】で失ったのは、その魂の一部と言う話であり、その際に彼女達は混濁し、生きる目標をも喪失した為に、この様な事態となった。
……だが、そこでまたおかしいと私は感じたのである。
何で、彼女だけではなく、『歪』までも魂の一部を失っているのだろうかと。
先ほどの推察に従うとするのならば、順番が違うのである。
つまり、『彼女』が【虚】を使用したから、喪失が起き、その喪失した部分に新たなる魂である『歪』が入り込んだのならば、一つの身体に二つが存在していると言う事にも話しが合う。
ただその場合、後から入り込んだだけの『歪』には何の被害も無い筈ではないのか?
だが、実際には二人ともに被害はあり、それはつまり二人が揃っている状態でなければいけないと言う事。
つまりは、最初から『彼女』と『歪』の魂が二つある状態で、【虚】を使ったという事であり、そのせいで両者は喪失し、混濁するに至り、入れ代わり立ち代わりの様な今の状態になった、という事なのである。
私は、『彼女』の身体の中でまだ『歪』は生きている事を掴んでいた。
気配は既に掴めたので、まだそれが残っているという事は、魂もまた残っているという事だろう。
これは何かがおかしいと感じた。
無理矢理な状況を力まかせに作り出している気がする。
──それに、ふと今耳に入った情報からすると、聞けば彼女は直接的に何かから襲われたわけでもなかったそうだ。
あの優秀な魔法使いは、恐らくは感覚で、咄嗟に【虚】を使ったわけだが、『その理由はどうやら、嫌な予感がしたから』らしい。
領域に触れる行為には、何かしらの弊害がある。
きっと、彼女が感じたのはそれだ。
「…………」
『魂』なんて可能性が出てきた時点でうっすらと疑っては居たのだが、ここまでその不可解さを感じれば、もはやそれだけで状況証拠には十分な気がしてきた。
そもそも『魂』なんてものを自由に扱う事が出来るわけがない。『領域』違いである。
つまりこれらは、『何らかの存在』によるちょっかいであり、『彼女』をここまで目立たせて不自然な状況を作り出したという事は、そちらに目を引きつけたかったという事。
言わば、囮である。
そして、恐らく本命は別にあり、それはきっと……。
「──あった」
私は自分の身体の中を全力で探知し続ける事で、漸くその小さな異変へと気づく事が出来た。
それは言わば『種』の様なもので、よほど注意深く意識して探さないと見つからない程にほぼほぼ普通では視れない『何か』が胸の下辺りに仕掛けられていたのである。
……やってくれたようだな。
少し前に、聖人となってしまって友から教えられた『死ぬな』というメッセージが、ふと私の頭には浮かんでいた。
いずれ何かしらの茶々を入れてくるのではないかと懸念していたが、まさか今回の事、全てはあの時の意趣返しの為に仕組まれた事なのではないかと思うと、私は内心に激しい怒りを覚える。
……私から気付かれない様にする為に、ただそれだけの為に、あの娘を使い巻き込んだのか?
なんとも勝手な話だな。
あそこで恩師と抱き合い涙を零しているのは、貴様らにとってのオモチャだったとでも言うつもりか?
……ふざけるのも大概にして欲しい。
『……おっと、牙を剥いた者を見逃してはおけんな。消えろッ!!』
──キンッ!!
私に感づかれたと向こうも察知したのだろう。
私に仕掛けられていた『何か』の気配は急激に薄くなっていったのだが、それを見逃す程私も優しくはないので、すぐさま行動へと移した。
その結果、世界にはまた一瞬だけ何かが折れる様な硬質な音が響き、そして震えた。
それもまた、何かの断末魔の様にも思えたが、まあ自業自得だろう。
「ロム……?」
「ばうっ?」
『大丈夫?』と心配そうな表情で問いかけて来る二人に、私は頷きを一つ返すとそれぞれの頭をポンポンして安心させるのであった。
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