第253話 窮途。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
「そしてどうやら、戦いも私の勝利のようですね」
起き上がった学長は私に向けて突然そんなおかしい事を言って来た。
それが先の魔法戦の事を指しているのだとすれば、、学長の方が私の魔法によって気を失った筈なので、私の勝ちだと思うのだが……。
「あら?誰かが、『勝負はそこまでだ』と、言ったのですか?言ってないでしょう?この場には私達しかいないんですから。という事は私達の戦いはまだ継続中だった、という事になりませんか?」
「…………」
確かに、そう言われればそうなのかもしれないが……それでいいのか?
流石にそれは、教育者たる者の発言だとは思えない位に汚いと思うが……。
「汚い?……それは最後の最後にルールを違反しようとした、あなたにこそ相応しい言葉でしょう。そうでなければ、わたしもこんな事を言うつもりはありませんでした」
私がルール違反をした?
まさか、そんな事をした覚えは一切ないのだが──
「──何を言いますかっ!今まさにしようとしていたではありませんか。この場では『即死に至る様な攻撃魔法は禁止である』と最初に確りと告げた筈です。勿論それは、わたし以外に向けられる魔法にも例外ではありません。……あなた今、その子を殺めようとしていたでしょう」
「…………」
その時から、彼女が何を言いたいのか、その気持ちが本当はどこへと向いているのかを私は察した。
正直な話をするならば、学長はもう私の事など見てはいなかったのである。
その言葉はもう殆ど、かつての教え子でもある、元講師の彼女へと向かっていた。
「そもそも。静かに話を聞いていれば何ですか?『ゴブ』とは、あの異常に発生した小人の件だと言うのは分かりますが、『モコ』とはいったい何のことですか?何を言っているのです?……それにあろう事か、そんな訳の分からないものに、あの子が成りすまされていると?それもずっと前に【虚】によって心を切り離し、わたしへと救いを求めて路地裏を彷徨い、ようやくわたしに会うために帰って来たと?……なん、なんですか、その面白くも無い大味で虚飾ばかりの演劇みたいな話は……。そもそも彼女が成りすまされているという時点で、それこそ馬鹿な話です。……彼女は、最初から、こんな感じの子なのですよ。幼いころから。魔法で遊ぶ事が好きで、人に迷惑ばかりをかけて来た生粋のいたずらっ子なんです。全くもって手のかかる子で、いつも周りの子達とは衝突ばかりしている子でした。その独自の魔法理論は特殊過ぎて周りの理解こそ得られませんでしたが、その魔法技術の高さには誰もが一目を置いていました。そんな『神童』とまで呼ばれていたこの学園きっての天才なのです。まだ若いにも関わらず、【空間魔法】にすら適性があって──」
「…………」
学長は、まるで我が子を自慢するかのように、語り続けた。
元講師である彼女がどれだけ素晴らしかったのか、それを学園の者達や学長がどれだけ誇らしく思っていたのかを……。
気絶していたのもフリだったのか、私達が話していた内容も殆ど聞いていたらしく、『あの子は成りすましにあってなんかいない』、元々からこんな子なんですと庇い続けている。
関係の薄い私達では理解できないだろうけど、不思議な子で優秀な子だから、そんな良くわからないものに負けるわけはないのだとも……。
学長本人が気づいているのかは分からないが、瞳は潤み、その声は上ずってもいた。
それらは全部、『彼女は大丈夫だから、命を奪うだなんて言わないで、そんな馬鹿みたいな話するのはもうやめて』と言う、そんな悲痛な叫びの様に私には聞こえる。
まるで子を想う母親そのままの姿で、学長は彼女の事を語り続けた。
「──だからっ!」
「……もういいでしょ。そろそろ。もう何度も同じ事を繰り返しているだけの気がするし、貴方がこの身体の子を思っていた事は分かるけど、今更どれだけ言葉を重ねた所でこの子が本当に苦しいと思っていた時には、貴方は遠くにいた。そして、どんな理由があろうとも、切り捨てた事に違いはないのだ。……そのおかげで私が今こうしていられるのだから、ある意味では貴方のおかげなのかもしれないな。ありがとう。……さあ、出来れば無駄にこれ以上引き延ばさず、一思いにやってほしいのだが……」
──だが、学長の言葉は何一つ、彼女へ届く事はなく、逆に彼女から告げられた言葉に、学長は唇をかみしめる事になった。
それに、言われた学長本人もそれが何を指しての言葉なのかが直ぐにわかったのだろう。
学長や学園の者達は、彼女がこんな状況になっているとは思わず、彼女が花街等でただただ遊び呆け、魔法の道からは外れてしまったのだと判断し、彼女を講師の職から排除してしまったのだ。
……その結果、彼女は交易船に乗る条件からも外れて、彼女は学園から見捨てられたと感じるに至った。
戦い続ける者において、最も絶望を感じる瞬間とは、敵が強大になった時ではなく、味方から裏切られた時なのかもしれない。
そうして、彼女は学長に遠回しに告げたのだ。
『君達がこの子を見捨ててくれたおかげで、ここまで上手くいったよ。ありがとう』と。
「……そ、そんな事はありませんっ!わたしたちは、あなたを」
そんな彼女の言葉に、学長は深い悲しみを覚えたのだろう。
更なる否定の言葉をもって、彼女へと重ねて言葉を尽くし始めた。
……だがもう、生きる『目標』が無い彼女の方は、そんな学長の言葉が耳に入っていない様にも見える。
彼女は恐らく、もう終わる事を望んでいた。
今の彼女は、その終わりに対して絶望などしていない。
やり切ったと、上手くいかなかったけれど、充分満足いくまで頑張ったのだと、彼女は胸を張ってそう告げている。
『自分が何をする為に生きているのかは分からない。けれど、沢山楽しんだし、今できる事を精一杯頑張った。だから、もう終わらせて欲しいな』と。
成りすましてからの長い不遇な日々と、本能のまま積極的かつ秘密裏に楽しく動いたここ最近の事を想って、微笑みすら浮かべていた。
すると、彼女にずっとしこりのように残り続けていた、不一致感の様なものが今はもう薄れたのか、歪さも何処かへと消え去っている様に見える。
それはつまり、元々の彼女の本能も、今の彼女と同じ様な気持ちを抱いているからこそなのかもしれない。
二つの気持ちかが同調し、重なったのだろうか。失った部分が二つで一つへと互いを埋めあったのかもしれない。
『大変だったね』
『……でも、もう良いか』
『最後にここまで来れて満足もしたし、一緒にこのまま楽になろう』と。
……その顔には、終わりを望む笑みしかなかった。
その顔を見た多くの者達は息をのみ、そして悟ったかもしれない。
『ああ、これはもう無理かもしれない』と。
──だが、そんな彼女の笑みを見た瞬間に、最後の一石を投じる事が出来る人物がまだ残っていた。
「……それって本当に満足なのっ?」
それは、期間こそ長くはなかったけれど、ここ最近ずっと彼女と多くの時間を過ごし、共に笑い楽しんできた──エアであった。
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