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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第252話 私欲。





「……フフフッ、なるほど。それでずっと警戒していた所に、わたしは愚かにも化けの皮を剥がしてしまったと言う訳ですか。これは少々、焦ってしまったようですね。ハハ、なんと滑稽な事でしょう」



 身動きは取れないものの、呼吸までは奪っていない為に、彼女は顔を歪めながらもそう言って、笑った。

 その時の彼女から感じる独特の雰囲気とその口調から、私は彼女をやはり『モコ』に似た別種の様な存在なのではないかと推察する。



 ……だがしかし、こうして発覚する事になるまで、最後まで私とエアは彼女を『モコ』とは違うと思っていたかった。


 何故ならば、彼女からは魔法使いとしての本能と、ちゃんと、生きた人としての心を感じたからである。

 『魔法の楽しさをもっとみんなに知って貰いたい』、『誰かの為に何かをしてあげたい』という、彼女のその高潔さと純粋な気持ちを、私達は信じていたかった。


 だから、警戒を緩める事はなかったけれど、彼女に多少の違和感や歪さがあっても気にせず、見逃せない程の状況になったりしない限りは、普通に仲良く接し続けたいと思ったのだ。



 最初に出会った頃の、まるで朽ち果てる間際を思わせる風貌や、初対面時の口調の荒さ、日常の時々に表れる歪さ等にはこの際全て目を瞑って、こういう魔法使いが居ても良いのかもしれないという、そんな甘い理想を彼女に見る事にしたのである。



 ……いや、実際きっと元々の彼女もそんな不思議な魔法使いだったのだと思う。

 彼女がフリをしているのだとして、それは元を参考にしたからこその今だ。

 そして、私達にとっては元の彼女を知らない分、今の彼女が、そのままの彼女の姿、なのである。




 ……きっと、私があの時、思わずそれを尋ねてしまうまでは、こうなる事も無かったのかもしれない。


 思わず尋ねてしまった言葉ではあったが、『君は、私に何かを望むか』と彼女に『願い』を聞いてしまった事が、今思うとこの状況の引き金になったのではないだろうかと、私はそう思う。


 あの瞬間から、彼女は明らかに自らの本能を思い出したかのような急激な反応を見せたのだ。



 そして、あの時の彼女が『願い』に過剰な反応を見せた事と、【虚】を扱う事が出来る魔法使いであると言う観点から、私は不思議な気配をもつ彼女と言う存在について、一つの解と可能性に気づいてしまったのである。



 【虚】を扱える者は、何かしらを失った者である事を、私はその使用者の一人として知っていた。

 そして、私が辿った道以外にも、それへと至る解がある事に、当然気づいていたのである。



 つまりは、何を言いたいのかと言えば、私の場合は『自分の意思とは関係なく』失って得た【虚】であるが、私とは違って『自らの意思』で何かを失い、【虚】を得た者も当然存在する、という事であった。



 そして、この場合、その力を得た代償に元講師である彼女が失ったのは、恐らくは心の一部だったのではないだろうか。


 どのような理由や状況によって、彼女が今の様な状態へと至ったのかは分からない。

 だが、こうして『モコ』の別種の様なものが成りすましている状況を察すると、『何かしら』に身体を奪われたという事は間違いない。



 ──だがその時、こればかりは根拠のない想像でしかないのだけれど、きっと奪う側にとっても想定外の事態が起こったのではないだろうかと、私は推察している。



 恐らくは、身体を奪われる事に気づき、それを阻止しようと思った優秀な魔法使いは、それの対処法として自らの身体を易々と渡さない為に、あろう事かその【虚】を用いたのだ。


 そうして、【虚】の喪失によって、自らの心と一緒にその『何かしら』をも巻き込んで、一緒に消失させたのである。



 『誰かの為に自分を掛ける事が出来る』その優秀な魔法使いは、誰かを傷つけない為に、きっと自らを【虚】へと切り離した。


 そしておそらくは、まんまと彼女の身体を奪って彼女に成りすまそうと同調していたその『モコ』も、同時に【虚】へと大事な部分を切り離されてしまったのだろう。



 ……元々の彼女が、狙ってそれを切り離したのかは分からないけれど、彼女達が【虚】によって切り離された大事な部分とは、きっと生きる為の重要となる『目標』という部分だったのではないだろうかと、私は思った。



 彼女があんな路地裏に居たのも、あの時の言動にも、花街に通っていた事にさえ、『目標』を失ったが故に、人に本来備わっている純粋な欲求のままに行動した姿なのではないかと、私には思えたのである。


 言わば彼女は、自分の身を狙う危険な『何かしら』を、【虚】とその身を用いて、ある種の封印を施したわけであった。


 ただ、そうして残された身体は、目標を失い、ただただ生存本能と欲求に突き動かされて、路地裏で生き続ける事になったのである。



 ……だがそれも、私が彼女の気配の歪さに不審を抱き、精密に彼女の事を視る為に、かなりの魔力を用いて調べた事によって、彼女達の本能を大きく刺激してしまったのだろうと思う。



 きっとそのせいで、彼女達の中にある生存本能は大きく動き出したのだ。

 そして、切り離された部分以外の心が急激に目覚めたと言えるのかもしれない。



 それによって、刺激された『モコの本能』の部分は、その魔力を持つ私へと向かって捕食をする為に飛び掛かって来た。


 ただそれは、エアへと防がれ地面へと叩き落とされる事で、失敗したのだ。


 そして、『元々の彼女の本能』の部分は、救いを欲してか学園への帰還を求めて、守ってくれそうな人を増やす位の意味で私達へと『講師になってくれ』と頼んできたのだろう。




 あの瞬間、彼女に感じた『念願の成就』は、私の魔法を見て本心から喜んだというよりは、彼女の本能が学園へと帰参できる目処が立ったことに歓喜したのではないだろうかと私は思った。



 ……ただ、そうすると、『そもそも何故に彼女は、どうしてそこまで学園へと帰りたかったのだろうか』と、先ずそこに疑問を持つ者が居るかもしれない。



 だが、それは至極簡単な話であった。

 魔法使いである彼女にとって、誰よりも信頼に足る人物が、そこには居るという事を、彼女の本能がちゃんと覚えていたからである。


 それはつまり、彼女は良くわからないモノに身体を奪われるという、その恐怖と戦いながらも、最後の救いを、己が知る学園の最高の魔法使いである『学長』へと託したのだ。


 『きっと、帰れば、学長の元へと行けば、何とかして貰える』と、ただただそう信じ、願って……。



 私達と会った時から既に、彼女は言わば普通の人間と『モコ』が混ざったような歪の存在でった。

 気配がおかしかったのはそれが理由であろう。


 それは恐らく【虚】の中に自分の心と『何か』を一緒に巻き込んだことによる混濁のせいだ。


 相手の目的を砕き、自分を守る為に、仕方がなかった手段だったのかもしれないが、その弊害もまた大きかったのだと思う。



 彼女達は自分の生きる目標を失ってしまっていた。

 その日々は、きっとあの時の彼女の姿から察するに、決して短くはなく、楽でも無かったのだろう。

 そして『モコ』の部分はも同じように目標を失っていたとは言え、ゆっくりとだがそんな彼女を蝕んでいったのだと思う。



 そうして、彼女の残された部分はゆっくりとだが、弱っていった。

 ゆったりとした変化だろうが、それは彼女からしたらまさに身を焼かれる様な日々だった事だろう。



 私達は、そんな彼女を助けたいと思った。人間側である彼女に勝って欲しいと思った。

 元々の彼女へと戻ってきて欲しいと思ったのである。


 ……だが、その為に私達が出来る事は殆ど無かった。頼みの浄化や回復では全く効果が無かったのである。



 私は魔法を使った感覚から、これはきっと『魂』とか言う、とても曖昧な分野の話なのだろうと察した。


 私が完全に死した者を蘇らせる事が出来ない様に、こればかりは手が届かない領域での話なのだと理解できたのである。



 そこで、エアとも相談し、『彼女が普通に話をしたり笑っている間は、凄く人間としての部分が元気でなってる気がするっ!』と教えてくれた事から、ゆっくりとだが少しずつ彼女を支えていく対応を取る事に私達は決めた。……実際、方法は地道だけれど、確実に効いている気がしたのである。



 それに、一緒にやっていた魔法の訓練も、彼女が『モコ』に打ち勝つ為の一助にして欲しかった。

 一時的にでも魔力を高める事で、魔法に対する抵抗を上げ、人間の部分の本能を強く保ち、どうにかして心を取り戻してくれたらと、元に戻ってくれるんじゃないかと、そんな願いを込め続けていた。


 見方を変えれば、世界は意外と近い場所にあると気づくものだ。

 だから、今は上手く見えていないだけで、きっと元々の彼女はちゃんとその心の中で息づいているのだと、私もエアもそう信じていた。彼女はきっと懸命に生きる事を諦めてないだろうと。





 ──だが、それに暗雲が立ちこめたのが、船の時である。

 あの時、交易船に乗れないと、学園にはもう帰れないのだと察した時に、彼女には異変が起きた。



 最後の望みとして、君が縋り頼ろうとしていた学園の皆や学長から、彼女は既に見放されていた事を知り、絶望を感じてしまったのだ。


 それによって、彼女は私達の目の前で過呼吸の様な症状を起こし、目に見えて大きく落ち込んでしまう事になる。



 きっと彼女の心は、元々はそこまで強いものでは無かったのだろう。

 ただ、支えがあったから、仲間の存在と頼みの綱である学長の存在があったからこそ、彼女はどうにか本能のみでも帰って来れたのだ。


 だから、それが途切れてしまったのだと分かった瞬間に、彼女はきっと『モコ』の生存本能に一気に持っていかれてしまったのではないだろうか。


 そうでもなければ、あれほどまでに落ち込んでいたのが、直ぐに癒えるとは、どうにも思えないのである。


 それに、その後の振る舞いは殆ど変わっていないようにも見えたが、不思議と感じる部分は幾つか増えていた。


 その内の一つを出すならば、水属性の羽トカゲが出た時、私とエアは外に飛び出したが、彼女は部屋に残り、私達が討伐完了するまでバウと一緒に顔を出さなかった事である。



 その間、彼女は私達の隙をついて、バウに接近できないかを、少しだけ試していた。

 今すぐにどうこうするわけでも無さそうだから見逃してはいたのだが、ちゃんとその様子は全て魔力の探知で視えていたのである。


 生憎とバウは賢く、警戒心もちゃんとあった為、直ぐ断念したみたいだが、あれがもし容易く懐く様なドラゴンだったなら、今頃は自分の力に加えているか、その身体を奪っていた事だろう。



 基本的にバウは糸目で、初対面では少し表情が分かり辛いかもしれないが、あの時もちゃんと怖がっていたようで、食事を貰いながら少し震えていたのだ。

 それに普段ならば、あやす間も無く直ぐに寝付くこの子が、彼女を警戒して暫くはウトウトとしていたのも、私的には疑いに足る証拠である……君は、きっと気付けなかっただろうけど。



 そして、今さっき、学長を取り込もうとしたのはまさに決定的だった。

 そうさせたくないと思って、私の戦う様を見せる事で学長に手を出しても無駄だと思わせたかったのだが、私の戦い方はあまり派手ではないからか、あまり効果は無かったらしい。


 あれを視て、学長の力を得れば、私をも取り込めると判断したのだと思う。



「ええ、その通りです。あの位の拘束ならば直ぐに抜けられると判断しました。……ですが、色々と想像以上でもありました。実際今も、何が起きたのかほぼ分からない内に身体は動かなくなっていましたし、素直に驚嘆せざるを得ません。……ですが、わたし的にはここまでやれれば充分でもあります。正直な話、何の為にここに居るのか良くわからないので、大して残念でもないのですよ。あなたを手に入れられれば、何かとなく嬉しい気分になれそうだと思っただけなのです。だから、もういいです。……フフフッ、楽しい日々でしたね。ロムさん。エアさん。ここまで連れて来てくれた事には感謝を。ありがとうございます。そして、さようなら」



 彼女は、私の言葉を聞くと、そう言ってまた歪んだ笑みを浮かべた。

 その表情は『止めを刺すなら、はいどうぞ』と、一切の抵抗をするつもりが無い様だ。


 ただ、これではあまりにも呆気がなさ過ぎる。

 何か隠された裏でもあるのではと思わずには居られない状況であった。



 ……だが、これも全ては生きる『目標』が【虚】によって依然として封じられているからこそ、なのかもしれない。

 元々の彼女の決断と行動が、この有利な状況を作り出してくれたのかもしれない。



 もしこれが、最初から彼女がなすすべもなく成りすまされていたとしたら、この学園はもっと早い段階で恐ろしい事態へと巻き込まれていた可能性は十分にあった。

 そうすれば、この学園に居る全ての者達が『モコ』の思うが儘になっていた可能性も無くはないのである。


 『石』の判別が効かない状態での成りすましを見分けるのは大変に難しい。

 それをしようとすれば疑心暗鬼になり、下手をすれば学園の者同士で戦いが始まっていたかもしれない。


 その恐ろしいさは、測り知れないものがある。

 結局的に、最初から私達は皆、助けられていただけだった。

 一人の優秀な魔法使いの献身よって……。



「ロム……」



 エアは私の名を呼ぶと、悲し気に見つめて来た。

 『本当に、もう手遅れなの?無理なの?』とその表情は必死に訴えかけてくる。


 ……その気持ちは私にも痛い程に理解出来た。



 以前、老執事の事を助ける事が出来た時の様に、別の視点から物事を捉えた時に、良い解決方法が浮かぶのではないかと言いたいのだろう。

 私ならば、また同じように出来るのではないかと信頼してくれているのだろう。



 ……私も私を信じたい。この力を使えば何かが出来るんじゃないかと。

 此処に至るまで、それをずっと考え続けているのだ。


 だがしかし、今回は何も思い浮かばな──



「──はぁ、まったく。黙って聞いていれば、なんとも面白くない話ばかりをするものです。どうやら本当にあなたは紳士失格のようですね」



 すると、気を失っていた筈の学長が、ゆっくりと上体を起こして立ち上がりながらも、私達へとそう声を掛けて来たのであった。





またのお越しをお待ちしております。

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