第251話 疑心。
昔の自分を懐かしむ事はあるけれど、それは必ずしも共感ばかりを得ているわけではない。
どちらかと言えば、思い出を振り返ると、羞恥に塗れる事ばかりである様な気がしてくる。
ただ、かつての私は、もっと色々な希望に溢れていた。
皆を救えると妄想し、その為に力を揮うと空想する。そんな夢に溺れていた時期があった。
だが、私のそんな想いはいつの間にか、変化していった。
少しだけ現実を見る様になったのだろう。
そして、その理想を叶えるのは、不器用な自分には無理だと判断し、自分の為、自分の守りたい者の為、やりたい事の為にだけ、己の力を揮う事に決めたのだ。
……だが、どちらかと言えば、そんな昔の自分が羨ましくなる時はある。
羞恥に塗れながらも、あれはあれで良かったんじゃないかと思う時が、ふとある。
そして、自分以外で、そんな想いをやり遂げようとする人物がいたら、応援したくなる時があるのだ。
それが、険しい道なら尚更、必死に足掻こうとしている者を見ると支えたくなる時が、あった。
だが、今の私は冷酷だ。
一度戦いに入ったからには、甘さは自然と消えている。
そして、冷静に事を運ぶと決めたからには、もう自分の心に迷いはなかった。
幾ら、そこに僅かでも希望を見出していたとしても、自分で決めたラインを超えたと判断した時には、私は自分の力を全力で揮う事が出来る。
そこだけは、間違えない。
だから──
「──君はもう、それ以上その人に近づかないでくれ」
「…………」
魔法学園の地下に備えられた剣闘場の様な場所で、学長と魔法戦をした後、全力で『お裁縫』をして時間を潰すフリをしながら、私は多くの人達に間接的にでも魔法を披露して、契約を解除していた。
そして、契約が果たされた事を確認しながら、学長を心配するフリをしながら介抱する為に走り寄ろうとする行動をとり始めた『元講師の彼女』へと向かって、その声を掛けたのである。
彼女は学長まで後数歩と言う距離で掛けられた私のその声と、向けられた冷たい視線に一瞬で身体を強張らせた。
その顔は未だ学長の方を向いているが、こちらへとどう応答するか悩んでいる様に見える。
「……ろ、ロムさんっ!やり過ぎではないですかっ!これではいくら学長先生と言えども、流石に可哀想だと思います。とにかくもう魔法戦も終わったのですから、どこか安らかに眠れる場所へと連れて行きた──」
「そうか。迷った先で、取り繕う方を選んだのだな。……だが、それはもう無駄だ。判断は出来た。気が逸ったのだろう。隙を感じた。魔力の動きで何をしようとしていたのか、確りと視えてしまったのだ。……はぁ、どこからだったのだろうな。船の時か、いや、それよりももっと前に、バウの時からそうだったのか?」
「…………」
「答えてはくれないか」
「ロム……」
「エアも、すまなかったな。なんにしても、今回はとても判断が難しかった。こうまで時間がかかってしまったのは、彼女が上手かったのもあるが、私の経験不足と甘さに原因がある。エア達は何も悪くはない。よくやってくれた」
私がそんな言葉を重ねると、元講師である彼女は自然と足に力を込めて学長へとまたもや近づこうとした。
なので、私は学長に掛けた時以上の魔力をもって、拘束の魔法を彼女へとかける。
彼女は、瞬時に動けなくなった身体に驚くと、私へと向けて初めて憎悪のこもった顔を向けた。
それはきっと本能的な衝動によって行われた仕方のない行動であり、私達の理想が完全にうち壊れた瞬間でもあった。
……もしここに、学園の講師等、他の第三者が誰かしら居れば、きっとこう尋ねてきた事であろう。
『これはいったいどんな状況で、いったいなんの話をしているのだ』と。
なので、今この光景を魔方陣などから見ている周りの者達にもわかる様に、私は少し声を張って語り始めた。
『……とある街で、私達は気配の不思議な人物と出会ったのだ』と。
元講師である彼女と初めて会ったあの場所、あの時『花街』に行く途中で、私達が邪魔だったから思わず声を掛けてしまったと彼女は言っていたが、その時の私達はそんな話の内容よりも、実はもっと別の事に驚いていた。
それがいったい何だったのかと言えば、私もエアも常に魔力で探知を使っている筈なのに、その時、彼女の事を私達は二人とも全く察知できなかったのである。
そして、一度その存在を確認してからは、漸く捉えられるようにはなったものの、その気配を深く探れば探る程に私達は更なる違和感を得た。
それを一言で言うとすれば、彼女は一見して人には見えるが、人とは違う『何か別の気配』を宿していると感じたのである。
敢えて更に詳しく言うのならば、その気配は淀みから急に発生するあの生き物、『ゴブ』に近いかもしれないと、その時の私は思った。
「…………」
……彼女はどう視ても人である。『ゴブ』である筈がない。
だが、もしかしたら『モコ』の可能性はあるかと思い、私は急に襲い掛かられても大丈夫な様にと警戒をし始めた。
それに『モコ』は何度も直接目にした事がある為、ある程度の情報を知っていた事も大きかったと思う。
当然、モコが人を食べて成長するといずれは人と全く見分けが出来ない位に擬態できる事も知っていた。
そして、そんな『モコ』の擬態に対する判別は、実に簡単な方法がある事も知っていたのである。
要は、その体内を視て『石』があれば、その相手は『モコ』が擬態した人間なのだ。
だから早速とばかりに、その時の私はその方法を彼女に対して試してみた。
するとその結果、彼女の身体の中には『石』は無かったのである。
『モコ』達の事を全て理解しているわけではないが、これで一応彼女は、死して動き出した『石持』でも、誰かを捕食し成りすましている『モコ』でもないと判断できたのであった。
……ただ、気配としては『ゴブ』に凄く似ている事は、感覚的に決して軽んじて良い問題ではないとも思っていた。
なので、『もしかしたら何らかの理由で強力なゴブが発生し、それが彼女を捕食したのでは?』とか、『もしかしたら何かしらの突然変異がおきたのでは?』とか、私は色々な可能性も探り始め、同時に警戒はそのまま緩めない事にしたのである。
『一応、ゴブもモコが分散した様なものなので、捕食して誰かが成りすます可能性もある。だが、それでもモコと同じ反応が微量だとしても返ってくるはずではないか……、いっそこれは、全く別の、強力なゴブが現れたという説の方が可能性は高いだろうか』等と考えながら、あれも違うこれも違うと頭を悩ませては、結局は何かしらの決定的な要因が見つかるまで、判断は保留とする事にしたのであった……。
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