第25話 遠。
2023・07・26、本文微修正。
本日はエアと二人、私達はツルハシを担いでとある鉱山の岩壁の一角へと訪れていた。
エアが使う為の武器を今の内から作っておこうと思い立ったのだが、いざ作ってみようと思った所で想像以上に材料がない事に気付き、こうして取りに来た訳なのである。
「ここで振るの?」
「そうだ。どんどん掘って良い」
「わかったっ!」
カツーン!カツーン!と、エアのツルハシが振るわれる度に岩盤には罅が入り、大きな岩の塊がゴトゴト零れ落ちてくる。魔法で一気に岩盤をくり抜き、それを錬金術にかけて全部精錬にかけても良かったのだが、エアが直接ツルハシで採掘をやってみたそうにしていたので今日はこっちにした。
……もしかしたら、私のこう言う判断がエアを甘やかしていると言われる所以なのかもしれない。だがいや、まさか、自分で掘らなければいけない大変さを教えているのだから、これはれっきとしたスパルタ教育とも言える。寧ろ、スパルタ教育以外のなにものでもないだろう。
「……ああ。エア」
「うん?」
「力いっぱい込めてやるのは良いが、手が痛くなったら言いなさい。すぐに回復魔法を使おう」
「うんっ!」
これは誰が何と言おうともスパルタの一環である。誰が何と言おうとも……。
因みに、鬼人族はそう簡単に手にマメが出来る程やわな肉体強度はしていないので、結局最後までエアに回復魔法を使う機会は無かった。
「いっぱいとれたーっ!」
「がんばったな」
元々力があるので、エアの力によって結構な量の岩石は採掘する事が出来た。
が、これをそのまま精錬してもどれほどの金属が含有されているのか、正直そこまで期待はできないだろうとも私は思っている。
こういうのはもっともっと大量の岩石を集めて少しずつ目的の量まで鉱物を集めるか、或いは局所的に集まっている鉱床の様な所を掘らないと中々まとまった量の鉱物を手にすることは出来ないものだ。採掘とは実際かなり難しいものである。
ただ、今回の場合、凄く不思議な事に一部の岩石の塊を砕いてみると──何故か中から既にインゴットになった状態に精錬された鉄や銀などの塊がゴットンゴットン落ちてきたのであった。
「…………」
いやいやいや、待ってくれと。自然の岩石の中に、こんな都合のいい状態のインゴットがあるわけがないだろうと、私は心の中で突っ込みを入れ、犯人を捜すべく辺りをキョロキョロと見渡してみた。
するとだ、少し離れた所の岩陰に、土属性を得意とする精霊達がインゴットを手にして喜ぶエアを見て、まるで仏の様な顔で微笑ましく見ているのを私は発見したのである。……奴らめ、やりおったな。
「すごいよっ!いっぱいっ!」
そうだなエアよ。だがな、これは明らかにおかしいのだ。こんな事は普通はあまり起きない。いや、あまりじゃないな、奇跡の類だと思っておこう。
そして、精霊達よ。ほどほどだ、ほどほどだぞ。分かるな?これはラインを超えている。やるなとは言わん。その心意気に感謝もしている。がしかしだ、限度はわきまえてくれ。これではエアが勘違いしてしまうから……。
「…………」
そうして私達は奇跡の採掘を終え、かなりの数の各種金属インゴットを手に家へと戻った。
まあまあ、終わった事はさておき頭を切り替え、冒険者をするにあたり、エアにはどんな武器が良いのかを考えてみる。
エア自身、今何か使ってみたい武器はあるだろうか。朝に一度訊ねた時は、その段階ではまだ決まっておらず暫くは考えてみるという事であったが……。
「やっぱり、ぶきって無いとダメ?」
「……ふむ。絶対とは言わない。だが、あった方がいざと言う時に便利だ。素手で戦えない状況もある」
「うーーん」
だが、エアには未だ思い至る武器がどうやらなったらしい。
やはり鬼人族の特性上、肉体のみで戦うという事に自信や誇りが本能としてあるのだろう。これは生まれもったものだと思う。
『天元』を中心に強力な魔力循環で肉体を強化し、自分の手足を使って戦った方が下手にそこらの武器を使って戦うよりも安心して戦える気がするのだ。……実際その方が今のエアは強いと、私もそう思う。
「…………」
本来、彼女達鬼人族には武器を持つ必要がないのだ。その身体こそが一番の武器なのだから……。
いっそ装備するにしても、グローブの様な拳を保護するものだけで充分に戦えるだろうと。
がしかし、長年冒険者として活動してきた者の経験からすると『それは少々早計である』とも感じていた。
エアにはまだ戦闘面において『最低限』備えておかなければいけない技能の内、一つ大きく足りていないものがあるのだと。
「それはなんだと思う?」
「……んー、まほう?」
「そうだな。それもある。魔法があれば大体の問題は解決できるだろう。がしかし、今は身体一つで戦う場合でのお話だ」
「んーー、……あっ、空?」
「おお。そうだ。まだエアには遠距離に対する攻撃手段が足りていない。良く分かったな」
「えへへ、鳥、捕まえるのたいへんだった」
素晴らしい。今までの日常の経験から、自らその答えへと行きつく事ができるのは本当に優秀な証だと私は思った。
何も考えず、ただ冒険するだけ者は、私は『冒険者』だと思っていない。そんなのはただの『死にたがり』だ。
ちゃんと自分の出来る事、出来ない事、足りて無い物を知り、それを補う為に準備ができてこそ、初めて冒険者と呼べる存在になれると私は考えている。……その点において、エアの資質はかなり高いと私は判断した。エアは天才だ。間違いない。
「…………」
鬼人族は強い。『天元』が齎すその肉体性能と環境適応能力は他に類を見ない程の才能である。
だが、そんな彼らも、複数の遠距離攻撃持ちの敵に対する場合、対処法がなくば困難な状況に陥ってしまう事がある。なので、その為の用意は必須だ。
例えるなら、前後を羽トカゲに挟まれ、やつらが空を飛んでいる場合。
片方に向かって身体一つで飛んでいき上手く倒せたとしても、そこを狙ってもう片方が味方毎不可避の攻撃としてブレスを放ってきたら、それだけで傷を負う可能性は高まるだろう。……負けないとしても、不利な状況を背負ってしまうことは想像に易い。
『遠距離攻撃など避ければいい。それか耐えればいいのだ』と、そう思う鬼人族が居るかもしれないが、魔法まで使ってくるやつらの攻撃は、経験者として語らせて貰えば、正直馬鹿にならない威力と厄介さなので、避け続けたり耐え続けたりというのは、かなり恐ろしい選択肢である。
それも、凶暴化した奴は除外として奴等の中には頭のきれる個体もいる。それに奴等は野生だ。必要とあらば姑息な手段も躊躇いなく使って来るし、群れで襲ってくる状況等も少なくない。それがあいつら憎々しい羽トカゲ共なのである。
「…………」
ただ、そんな挟まれた状況でも、もしもだ。もしも武器の一本でもその手に持っていたならば──それが例え斧でも剣でも、真面に使えなかったとしても、鬼人族の腕力で片方に投げつけるだけで、それは十分な牽制にはなるし、当たり所が良ければそれだけで片方は倒せるかもしれない。
……そうなれば、己は確実に一体に集中できる時間を──生き残るための機会を、作りだす事ができるのである。
もしこれが『使えない武器一本』を対価にした効果だと考えれば、その破格さは言うまでもないだろう。
それが例え、はったりにしかならない物だとしても、背負っておく──それこそが冒険者の常識なのだと、私はエアへと教えた。
使い方次第で武器は、盾にも矛にも、起死回生の一手にさえもなってくれる。
そんな心強い味方を、出来ればエアにも持っていて欲しいのだと。
「わかったっ!ならもっとかんがえてみるっ!」
すると、そんな私の言葉にエアは『もたないとダメ?』から『もっておいた方がいいかも!』位に心が動かされてくれた様だった。
無論、あれこれ言ってしまってたが、最初にエアが気づいたように魔法を覚えてしまえば遠距離に関してはなんの問題もなかったりする。必要になるのは未だ浄化しか使えない今のうちだけなのかもしれない。
「…………」
だがやはり、私はそれでも伝えたかった。
何が役に立つか分からない状況、こんな時にはどうしたらいいのかと悩む状況が冒険者には必ずある。
そんな時、なにか一つだけでも、あらゆる可能性の中からその手の中に生き残る術を見出してくれたらと、そう思ったのだった。
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