第245話 水。
魔力による探知で、相手が『氷竜亀』と呼ばれるドラゴンで、その見た目は亀の様にも見える巨大な羽トカゲである事が直ぐに分かった。
こいつは普段から海底に居て、のんびりと移動しながら目標を見つけると、こうして遠距離からチクチクと攻撃してくる様な嫌な奴である。
基本的には海底と言う特殊な場所に居る為、向こうには一切手出しができないと言う有利な状態のままあいつだけが一方的に攻撃し続けてくるのだから、本当に良い性格をしていると言えた。
正直言って、海においてこいつと戦い続けるのは本当に愚かで、まごう事なきお馬鹿さんである。
はっきり言って、戦い方を知らなかったら絶対に勝てない相手だ。
もし『天元』を極めている鬼人族がいれば、水の魔素を通して深海の高水圧にも耐えられる身体に適応させ、あいつが居る領域で無理矢理殴り合ったりも出来るだろうけど、他の者にはそんな事は到底無理な話である。
だから先ず、こいつと戦うのは幾つかの前提条件をクリアしていなければならず、基本的には接敵したら逃げ一択。
もし敵の位置を捉える事が出来て、敵の攻撃も防げるならば、引き分け狙い。
位置を知り、防御も完全に出来て、あいつが居る場所までこちらから攻撃が出来るようになって、初めて戦いになる。
そもそも、あいつの憎たらしいのが、あのブレス以外にも攻撃方法があるという事と、あいつもまた『羽トカゲ』なので、ちゃんと空も飛ぶという事だ。……それも中々に速い。
正直、ブレスよりもあの巨体でぶつかって来られた方が高威力だったりする。
それこそ船なんかは、一瞬で藻屑へと早変わりするだろう。
……ただ、あいつがぶつかって来ると言うのはこちらの攻撃が届くという事でもあるので、海底まで攻撃が出来ない者は、その瞬間を狙うのが唯一無二の討伐チャンスだ。
「ロム、遠すぎて相手がどこに居るのか分かんない」
流石のエアでも、相手のブレス攻撃の接近は捉えられたが本体の位置までは探知が出来なかったらしい。
まあ、エアの最大探知範囲の数倍は離れた所に居るのでこればかりはしょうがないと私は思った。
つまり、現状エアはこいつと接敵したら、何においても逃走一択である。
そもそも、クラーケンがこいつ相手では手も足も出ないのだから、そのクラーケンに勝てる様にならないとお話にならない。海において『氷竜亀』に勝つと言うのは並大抵の難易度ではない。会えばただただ狩られるだけである。
なので今回は、完全にエアにも観戦して貰い、お勉強していてもらおう。
先ずは接近してくるブレスの対処法なのだが、これだけでも知ってると最低限は引き分け狙いができる。そうでなくとも逃げられる可能性はだいぶ高くなるので、是非とも知っておきたい方法だ。
その方法は色々とあるが、基本的には盾を作っても良いし、ブレスの範囲外に逃げても良い。
ただ、逃げる場合は、ブレスにはある程度の誘導性があるので、それも考慮しないとグイっと急に曲がって来て直撃する破目になる為注意が必要である。
私の場合は、ブレスに対してスーっと魔力を吸収してしまえば、それだけで消失してしまうのだけれど、今回はエアにも使える方法で有効な手段を見せたいと思った。
なので、使用すべき魔法は俗に『盾』、や『障壁』と呼ばれるものを使う。
正直呼び方は何でもいい。
そして簡単に言えば、その盾を相手のブレスに耐えられる強度で作ればいいだけなのだが、これが言う程簡単ではないので、それが出来ない場合は多少強度が足りないとしても、盾の向きを上手く斜めにしブレスを真正面から受けない様に、衝撃を海上へと逃がし誘導する事で避けると良いだろう。
ただ、そこそこの魔法使いであればこれは出来る方法なのだけれど、その後の状況が少しばかりまずい事になり易いので気を付けなければいけない。
何に気を付けるのかと言えば、海上に上手く衝撃を逃がしてもその衝撃で高波が発生する為、船などは簡単に沈んでしまう可能性がある。
よって、逃がす際は出来るだけ遠くでそれを行なわなければいけないという事である。
因みに、海上以外にブレスを逃がしてもまた海の中で大回りして戻って来る可能性が高いので、他の方向へと逃がした場合は更に注意が必要だ。
──だが、こんな方法は態々エア達に見せなくても既に理解が及ぶ範囲だと思うので、今回の盾の使い方は円柱形にして相手のブレスを真正面から受け止める方法を視せる。
これはある程度の慣れと魔法強度が必要になるのだが、出来ると中々に面白い事になるだろう。
想像するとしたら長い筒の中に水を通し、その筒をどんどん伸ばして緩やかに曲げていく感覚である。盾で作る円柱形がその筒であり、その中を水の代わりにブレス通すと言う事だ。
相手はかなり遠距離から撃って来ているので、こちらも少し長めに筒を作り、筒の中にブレスを通し、無理なく婉曲させ、少しずつ筒を伸ばして相手の方向へとブレスの向きを変えるのだ。
そうして起こるのは、当然『ブレス』と『ブレス』の対消滅である。
まあ、慣れが必要な事は認めるが、単純に相手の攻撃を防ぐよりも消費する魔力が少なくて済む上に慣れればかなり楽に対処できるようになるのだ。
それにこれが出来るようになると、超遠距離での魔法戦がただ攻撃して防ぐだけの戦い方から、相手の力を受け流して活用する戦い方も出来るようになる。
魔法使いとしての戦い方の幅が少しだけ広がるという事でもあるので、是非とも覚えておいて欲しい。
──ドーーーーンッ!!
かなり遠い場所の海中にて、羽トカゲが撃ったブレスと私が受け流したブレスが衝突して爆発が起こった。その衝撃はそこそこの高い波となって返って来たけれど、被害は皆無である。
因みに、受け流したブレスを羽トカゲに当てないのは、こんな攻撃では相手は傷一つ負わない為だ。
「エア、ブレスの流れは視えていたか?」
「う、うんっ!」
エアは確りと探知範囲で何が行われていたかを視れたらしい。
まだ出来ないかもしれないが、一つの方法としてちゃんと覚えておいて欲しいと私は思った。
──さてさて、それでは今度はこちらから反撃させて貰おうか。
視れば向こうは向こうで何が起きたのかを理解したらしく、今更焦り、ゆっくりとだがその場から少しでも離れようと逃げだしているのが分かる。……どこへ行くのだ。逃がさんよ。
奴の弱点を唯一挙げるとするのならば、それはその逃げ足の遅さにある。
空を飛ぶ事が出来る癖に、普段から海底に居てぬくぬくとしている為に、中々に決心がつかないのだ。
このまま海底を逃げれば安全だろうと言う妄信もあるのだろうけど、それを行なうという事はこいつがまだ経験の浅い若い個体だという事を示していた。
老獪な『氷竜亀』だと、こういう場合直ぐにでも浮上して飛んで一目散に逃げる。
……手を出した相手が悪かったな。
空を選べぬお前は、ここでもう終わりだ。……『天翼』が泣いているぞ。宝の持ち腐れだと。
先ず、その翼と動きを止めさせて貰うか。
こいつは首を刎ねる位ならば直接心臓を狙った方が効率がいい。
全体的に硬いのであの太い首を狙うよりも一点集中の方が攻撃が通る。
……余計に苦しめたいわけではないので、一撃で決めよう。
あいつが居る遥か上空に少し大きめの土塊出すと、私はそこにありったけの魔力を込めて、硬質化をさせていく。魔力で無理矢理押し固めただけの高比重かつ高質量の、土槍の様な杭の完成だ。
そして、一呼吸の間で魔力を全回復させると、今度は奴の身体の周囲だけ、海を一部だけ割り開き、奴から水を遠ざけると、硬質化したその土塊で作った幾本もの杭で、奴を数瞬で海底へと縫い付けた。……ふむ、防がれもしなかったか。
全弾、ほぼほぼ奴の心臓辺りを貫通していった為にその若い氷竜亀の最後は語る話すらなく一瞬で終わった。
そして、動かなくなったその氷竜亀はすぐさま遠隔で【空間魔法】の収納に入れ、割り開いた海は元通りに戻し、海底に当たる直前で魔力を抜いて元の土塊へと戻していた杭は適当に地に均しておく。
……他に見落としが無ければこれで終了だ。周りへの影響も最小限で済んだと思う。
「ロムっ、どうだった?倒せたっ?」
今回は探知外なので戦闘の経過が分からないエアは、私の様子から戦闘が終わった事を察して、声を掛けて来る。……ああ、倒せたよ。
『だからもう安心していい』と伝えると、エアはホッとしたように笑顔を浮かべた。
中々出会えない相手ではあるが、今回の事もエアにとって良き経験となってくれれば、それだけで幸いである。
『何故急に氷竜亀が襲い掛かって来たのか』と多少気になる部分もあるが、この後収納から『氷竜亀』を取り出して見せた際、エア達がどんな顔をするかと言う興味の方が今の私にとっては気になる問題であった。
……『驚かせてしまうだろうか』、それとも『喜んでくれるだろうか』、とそんな皆の情景を想像するだけで、もう微笑ましさを感じてしまっている私なのであった。
またのお越しをお待ちしております。




