第243話 思源。
エア達が空へと歩き出したのと同時に、私はバウを抱っこしながら、海面の方へと魔法で飛翔していく。
なんだろう。本当はバウも自分の羽でパタパタと飛べる筈なのだが、今は引っ付き虫の様に私のお腹にガシッとしがみ付いていた。……落ちない様に確りと捕まっていなさい。
上ではエアと元講師の彼女が楽しそうに水平線の先を指差して何かを話し合っている。
私はその間に『土ハウス』を【空間魔法】の収納から取り出すと、自分と同様に海の上スレスレ位で宙に浮かべて、エア達の真下位に位置するようにのんびりと前進させた。……さあ、いつもの航海の始まり始まり。
設置が終わった私はバウを抱えたまま土ハウスの中へと入り、先ずはお茶の用意をする。
バウには少し深めの皿を用意して中には魔力たっぷりの特性魔力水を出したら、喜んで飲み始めた。
『おっと、旦那お邪魔します』『ちゃんと土ハウスの中だーっ!バウちゃんもこんちにはーっ!』『予想的中』『あっ、わたしもお茶の準備手伝いますね』
……おや、君達。いらっしゃい。のんびりしていってくれ。
ちょうどお茶の準備をし始めると、いつもの精霊達がやって来た。
私達は一つの大きな机を間に挟み、みんなで円形になる様に椅子へと座りながら、ズゾゾゾーっとお茶を飲んでホッと一息をつき、取り留めも無い話をのんびりとして楽しい時間を過ごす。「ばうっ!」……おや、おかわりかな。はいはい、どうぞ。
魔力で探知してみると、未だエア達はこの上で楽しくお散歩中だ。
その様子を見るに、まだ当分は帰ってこないだろう。
見た目同い年くらいで、魔法の技量的にもほぼ同等な上に言い合いも出来る。そんな相手との気兼ねの無いやり取りを、エアがとても楽しんでいるのがここからでもよく分かる。
その表情からは最近ではあまり見せない無邪気さが溢れていた。
だいぶ成長したとは感じるけれど、やはり元々のエアを知っている私達からすると今の無邪気で幼子の様なエアこそが一番しっくりとくる。見ていて安心もできるのだ。
ここ最近は頑張ろうという気持ちが強すぎて、楽しむという時間が取れていなかったようにも思える。
だから、彼女とああして接する事で良い影響を得て、エアもまた魔法を純粋に楽しむという気持ちを思い出しているようだった。とても良い変化だと私は思う。
そんな事を考えつつも私は精霊達とお喋りをしながら、密かに魔法でこの家を拡張し元講師の彼女の分の客間を一つ増やしていた。
暫くは彼女が使うだろうし、家具とかは有り合わせになるが好きに使ってもらう事にしよう。
そもそも彼女は荷物も持ってきていない様なのできっと【空間魔法】で収納もしているのだろうと思った。だから収納用の家具は必要最低限にし、その分は部屋を広く使えるように作り替えていく。
もし後で家具が足りないと言われればその時はいつでも増やせるので、ちゃんと対応可能である。
ただ、そうこうしていると、気づけばもう夕日が見えてきており、ゆっくりと海へと隠れていく姿が窓から見えた。
ここからでも中々の光景ではあるのだが、空と海の真ん中に居るかのようなエア達はもっと良い景色を見ている事だろう──
「──ロム―っ!ただいまーっ!」
「すみません。お邪魔します」
──おや、ちょうどよく帰って来たらしい。
完全に暗くなってからは流石に危険なので、その前にちゃんと戻って来たようだ。
「家の中がお日様の下に居るみたいに明るい。それに本当にここは海の上なんですか?これって波に乗ってるわけでもないですよね?」
……ん?ああ。ただ魔法で浮かんでいるだけだ。
「あの、本当にこれで吹雪の大陸まで行くつもりなんですか?ずっと浮かせ続けるって事ですよね?……でも、流石にそんなの無理なんじゃ?寝ている間も魔力を消費し続けてしまうから魔力の回復だってできない訳ですし」
「ううん。ロムなら平気だよ?今までだってずっとそうしてきたしっ!」
「そんな無茶な。それが一体どれだけの魔力が必要になるか分かるでしょ?それもこんな重たいものを浮かして、動かして、索敵もしてるって」
「大丈夫。ロムだからっ!」
まあ、エアの言う通りだな。これくらいならばそこまで大したものではない。
魔力の消費も殆ど感じないのだ。
「えっ、大したものではない!?いやいや、そんな訳ないでしょうっ!普通出来ませんよこんな事っ!」
『おっ、初めての常識人が来たな!その非常識な二人に言ってやってくれっ!』『これでエアちゃんの認識も正しく変わるかもっ!』『改変』『やっぱり魔法使い同士じゃないと、凄さも中々伝わらないですからね。でも、良かったです。これで──』
「大丈夫。君も訓練すればその内魔力は増えるだろう。これからの頑張り次第だ」
「そうだよっ!ロムはそれを人より少し長く頑張って来ただけなんだってっ!」
「少しって言ってもそんな……増えるにしても限度と言うものがあるでしょ。これはどう考えても規格外としか」
「そんな事はない。大丈夫だ。……なにせ、元々の私は今の君の半分も魔力が無かったのだからな」
「えっ!?うそっ!本当ですかっ!」
「ああ、本当だ。魔法使いとしては極々一般的な魔力量であったと思う。昔の私はなんの特徴も無い、普通の魔法使いでしかなかった」
『何百年前の話を持ち出してんだこの旦那はっ!ダメだ!負けるな元講師ッ!間違ってないぞ!もっと言ってやってくれっ!』『その規格外師弟に惑わされないでっ!』『要不惑!』『自分の考えを確りと持ってくださいっ!この人たちはその訓練も尋常じゃないんですっ!!』
「海の上でも訓練は出来るしっ、明日からも訓練頑張って行こうっ!」
「そ、そうですね。ここ最近だけで、今まででははっきり感じられなかったほどの魔力の伸びを感じられるようになりましたし、訓練を続けていれば、もしかして本当にわたしも……」
『ダメだー!!エアちゃんと言う旦那信者がいるからニ対一で説得負けしたー』『また被害者が増えちゃうーっ!』『救出求ー!』『手遅れのようです。あの顔はもう訓練思考に浸食されて……』
……君達。先ほどから好き放題を言ってくれている様で絶好調だな。元気そうで私も嬉しいよ。
『さてっ、美味しいお茶も頂いた事だし、そろそろ自分達の部屋の様子でも見てくるかっ!旦那ご馳走様です』『土ハウスって特別感あるよねっ!楽しみっ!』『バカンスバカンス!』『全体が高魔力で構成されているから、居るだけで満ちて来るんですよね~心地良いです。大好き~』
彼らは最近、『スルースキル』が上達したらしく、危険察知と合わせて、こういう時の逃走が本当に上手くなった。
……ん?だが、そのまま部屋へと向かったのかと思いきや、四人共影から私が怒ってないかと窺うかのように、ひょこっと顔を出して確認しているのがわかった。
まったく。大丈夫だ。怒ったりなどしていないから安心しなさい。
いっそ微笑ましく思っていたくらいである。ゆっくりしていって欲しい。
と、そんな気持ちを魔力で四人へと伝えてあげると、四人は『えへへ』とハニカミながら『おやすみなさい』と挨拶を残して去って行った。
さてでは、明日に向けて私も少し早めに休む事にしよう。
私はエアに彼女の部屋へと案内を頼んで、先に部屋へと戻る事にする。
自室の扉を開ける寸前、『おかしいっ!なんでここ──』と、何やら叫び声が聞こえた気がしたけれど、私はまた微笑ましい気持ちになりながら気にせず床へと就いた。……皆、おやすみ。良い夢を。
またのお越しをお待ちしております。




