第242話 水天。
「えっ、乗せられない……?」
昼過ぎに港町へと到着し、吹雪の大陸へと向かう為の交易船も丁度発見した。
そして、後は元講師である彼女の伝手を頼って交易船に乗せてもらうだけ……という流れだったのだが、彼女がその伝手である交易船の船長に話をしに行くと、彼から帰ってきた言葉はなんと『乗船不可』だったのである。
「ああ、すまないな先生。あんたがこっちに来る時にはまだ『研究の為の渡航』だって話しが通っていて平気だったんだが、どうやら『とある話』が向こうに伝わっちまったらしくてな。それで既にあんたは学園から退職認定されているらしいんだわ。元々あんたが逃げ出したかった事を知っていたわけだし、俺としちゃそれでも良いのかもなって思っちまって、碌に反論もしないで了承しちまってな。あんたの今持ってる認識証だともう受け付けてやれないんだよ。……すまん」
「えっ、そんな……じゃあ、ち、因みにその『とある話』ってのは船長は聞いているんですか?」
「あっ、あー、えっとー、なんだったかなー、俺も少し聞いた覚えがある気がしたが、もう数年は前の話だし、忘れちまったなー……」
「…………」
彼女と話す船長の顔は汗が浮かんでおり、それが嘘である事は誰の目にもはっきり分かった。
当然、それに対する彼女はジトリとした瞳で彼を覗き込んでいる。
その表情からは『嘘だってことはバレバレですが?正直に話したらどうですかね~?』という言葉が伝わってくるようであるが、第三者の目線として見れば、彼がそれだけ言い淀んでいるのは彼女を気遣っての事なのではないかと私には直ぐに察せた。
なので、一言だけ私が助け舟を出す事にする。
「もしや、『花』に関係するか?」
「っ!?」
すると、その瞬間の二人の表情の変化は劇的であった。
その変化を一言で表すとしたら、片や驚愕と安堵、片や驚愕と絶望である。
……さて、どちらがどちらなのかはご想像にお任せする事にしよう。
──さて、そう言う訳で、私達は、交易船に乗る事が出来なくなった。
……というか、そもそも私に魔法講師になって欲しいという案件も白紙になりかけている状況だ。
何しろ、学園に戻っても彼女にはもう何も権限がないのである。
という事はつまり、そんな人物がいきなり講師として帰って来ても、学園ではもう講師らしい振る舞いは何一つできなくなる。というかそもそも、もう部外者として学園の敷居さえ跨がせて貰えないかもしれない。
……これは有体に言って、『詰み』なのではないだろうかと私は思った。
エアはポケ―っとしながら彼女の事を見つめている。
まあ、場所の指定まではされているわけではないので、街中で私が『お裁縫』を全力で行うだけでも契約は達成される為、そっちの心配はしていない。
なのでエアの首も彼女の首も問題は無いのだが……なんとも彼女の表情は暗く、そして呼吸は少し荒くなっていた。
思惑が外れた事、計画が水泡に帰そうとしている事、自分の恥ずかしい情報が知り合いに把握されていた事、講師クビなどなど、暗い表情の原因足り得るものが一度に四重苦としてやってきたら過呼吸になりかけてしまうのも分からなくはない。
『浄化』
そんな彼女の姿を見ていられず、私とエアはすぐさま浄化をかけてあげた。「ばうっ!」バウも『元気だしてっ!』と彼女を励ましているらしい。
「……あっ、船長すみません。ありがとう、ござい、ました。……それじゃあ」
「おっ、おう。先生、元気だしてくれよ。機会があったらまたな……」
一度頭がスッキリした筈なのに、彼女はまたすぐに『ズーン』と肩を落としてしまっていた。
恐らくは直ぐにまた思い出してしまったのだろう。
彼女はフラフラと一人で船の外へと出て行ってしまった。
私達はとりあえず、船長達と別れの挨拶をすると、そのまま彼女を追って外へと出る。
すると、暗い表情を浮かべている彼女は、少し顔を上げられる様にはなったが、そのまま遠くを見つめて、『ははは、バレてた、ははは、オワッタ……』と乾いた笑いを繰り返していた。……う、うむ。浄化をかけてこれという事は、よっぽど堪えたらしい。
エアとほぼ同等な魔法使いと言う事は、ハッキリ言って彼女はかなり優秀な魔法使いだと私は考える。
これは決して身内贔屓だけで言っているわけではない。事実なのだ。
だが、そんな貴重な人材でも居場所を知っているのに連れ戻そうともせず、容易く縁切るだけという事は、本当にその吹雪の大陸にある学園と言うのは講師も粒ぞろいなのだろうか……私も少々興味がわいて来る。
「……ならば、行ってみるか」
「うんっ!行ってみようっ!」
『交易船が使えないなら、後は私達に任せてっ!』とエアが言葉を続けると、彼女は『えっ?』と呆けた顔で尋ねて来た。
元々『第四の大樹の森』を作る為に私達は吹雪の大陸へと行く予定だったので、『交易船に乗れなくなってしまったから、向こうの大陸に行くのはもう諦めます』という選択肢にはならないのである。
だから、私達には交易船以外にも海を渡る方法がある事を彼女へと伝えると、彼女は『本当に?でも、どうやって?』と半信半疑になりながら、尋ねてきた。
方法があるのならば、彼女もまだ諦めたくはないのだと察する。
ならば君の事は私達が責任をもって吹雪の大陸へと連れて行くので、どうか安心して任せて欲しい。
「他の大型船を持っている人と知り合いだったりするんですか?……でも、大陸間の航海は並大抵の大変さじゃ──」
──と、彼女はそんな事を尋ねながらも私達の後に続いて、一緒に海岸へと向かって歩き続けている。
すると、暫くして私達の視線の先には、この街から見える絶景の一つなのだろうか、柵はあるけれどその先は直ぐ崖下で、落ちれば無事では済まない様な場所へと私達は辿り着いた。
そこからの眺めは中々に絶景で、海が遠くまで一望できる様な場所だ。
そして、それを眺めながらエアの髪は次第に綺麗な『青』へと染まっていった。
「えっ…………」
その変化を間近で眺めていた元講師の彼女は、大きく目を見開くと、振り返ったエアの笑顔を見て時が止まったかのように固まってしまう。
「……私達は魔法使いだよっ?船は必要ないんだ。──さあ、進もっ!」
固まってしまった彼女の手を引き、エアは『タンッ』と軽く地面を跳ねた。
恐らくは足の方は『風の魔素』を通しているのだろう。
その足は軽やかに空を掴んで、歩みは揺ぎ無くずっと続いていく。
彼女の身体を魔法で浮かべたまま手を引いて、夕日が海に沈むまで、エアは空と海の間を歩き続けるのであった。
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