第239話 煉獄。
「あなたの魔法は凄いです!でもまさかこんな場所にわたしの理想である魔法を使う人が他にも居るなんて思いもしませんでした!ずっと探し求めていたんです!特にさっきの服を直してくれた魔法なんてこれまで見た事も聞いたことも──」
バウにおやつを渡しながらエア達の無言の睨み合いを眺め、少し経ったところで声を掛けた。
すると、一度冷静になって貰った途端に、彼女はわたしの顔を凝視すると、いきなり捲し立て始めたのである。
彼女は見るからにとても興奮していた。
彼女の身体からは『ボオオオオーっ』と火柱が立つかのように魔力が湧き上がっているのを感じる。
傍にいるだけで彼女の想いが自然とその魔力から伝わって来るほどに、その想いは強く深かった。
その想いを一言で表すとしたら、それは『念願の成就』とでも言えるだろうか。
どうやら今、彼女は心から望んでいたものを見つけたらしい。
それによって抑えきれない衝動と言うか、湧き上がる歓喜を、彼女は全身で表わしたいようである。
先程私に抱き付こうとしてしまったのも、その気持ちが昂り過ぎてしまったから。
私達の目の前で今、止まる事無く喋り続けているのもまさにそれ故だろう。
全身を使って、身振り手振りを交えて、全力で彼女は声を張り上げた。
伝えたい言葉を全て吐き出すまで止まらない感じなので、私達は暫く口を挟まず聞きに徹する。
エアも最初こそ睨みつけていたが、今ではそんな彼女の話に素直に耳を傾けていた。
「どうして国で開発される魔法は、ああも戦いの面にばかり比重を置くのかと、わたしはずっとずっとずっと不満に思ってきました!あんなものは本当の魔法の姿じゃないと私は思ったんです!わたしにとっての魔法とは憧れであり、もっと楽しいもの、人を楽しくさせるもの。だから、あんな下らない事に魔法を使い、開発し、高める事が歪だといつも心の中で思ってきました。……ただ、それと同時に、魔法を楽しむという使い方を真剣に考えている人が驚く程少ない事に悲しみを覚えました。わたしは自分以外に心から魔法を楽しんで使っている人が居ないんじゃないかって、本気で感じてきたんです。子供が魔法を楽しむように、大人でも心から楽しむ人が居てもいいはずなのに、そんな人が全く居ない。それが不思議で、悲しくて、強い憤りさえ覚えて来たんです。……ですが、良かったです!ちゃんとこんな素敵な方が居てくれたっ!嬉しいっ!見つけたんですっ!間違ってない。わたしは、魔法はもっと楽しんで良いんだ。好きに扱って良いんだと、証明された気分ですっ!そして、あなたを見て一目で分かりました。魔法は楽しんだもの勝ち!その方が技量も上がるんだ!間違いないっ!!」
どうやら彼女にとって、魔法とはもっと身近な遊びの道具であって欲しいという話のようだ。
彼女曰く、『なんで魔法でもっと遊ばないの?こんなに楽しいのにっ!戦いで使うだけしか活用しないとか信じられない』という事らしい。
因みに、私はその考えを聞いて、なるほどとは思った。
確かにと。彼女の言いたい事は分からなくもない。
真剣に遊びにだけ魔法を使う事を考えている者は殆どいないだろう。
『詠唱』等の大衆向けの魔法は、基本的に生活必需品の様な扱いを受ける事が多く、魔力にも限りがあるので、それで遊ぼうという者はとても少ない。
そして、それ以外の魔法を極めんとする魔法使い達は、そもそも遊ぶ事に魔法や魔力を扱うなんて思考はなく、いっそそんな不純な使用方法は以ての外だと考える者ばかりだろう。
彼らにとって魔法とは真摯に扱うべきものであり、魔法の技量はそのまま自らを表す鏡でもあるのだ。
どれだけ頑張ったかの証とでも言えばいいだろうか。
ふざけた使い方をして、自分までふざけた魔法使いだなんて思われたくないのである。
それは魔法の危険性だったり、有用性を真剣に考えているからこそで、私はその気持ちも理解出来た。
魔法の技量を高めようとしている者達からすると、魔法とは遊びの対極の存在である。
そこに真剣さを求めるのが彼らにとっての正常な考えとなるだろう。
魔法に対する捉え方としては、今はそれが普通であった。
……だから、目の前の彼女は凄く異質な存在になってしまったのであろう。
いや、周りには彼女と同じ様に大人になっても魔法を楽しみたいと考えている者が居たのかもしれない。
だが皆、いつしか考え方が、捉え方が、扱い方が、変わって来るのだ。
何故か、それは先ほども言ったが、これが危険であり、有用であるからである。
これが単純なナイフなどの刃物に置き換えてみればもっと分かりやすいかもしれない。
子供の時からナイフを振り回しており、大人になっても変わらずにそのまま無邪気に振り回していたら、『ちょっとおかしい人』だと思われるようになると言うのは想像しやすいのではないだろうか。
そんな当たり前の事を、きっと彼女は当たり前だと思えなかったのだろう。
ずっと遊び道具として捉えて来た彼女は、そんな周りの考え方が理解出来なかった。
彼女は魔法を学び、技術を高め、講師にまでなったが、自分だけが周りと魔法に対する認識に差がある事に気が付き、それが辛くなり、その場所が息苦しくなって逃げ出したらしい。
『なんでそんなに真剣になってるんだろう』
『もっと楽しめばいいのに』
『なんでこんな簡単な事が出来ないんだろう』
『こんなに説明しているのに、なんで理解できないんだろう』
『もっと簡単に考えれば?恐れてばかりで余裕が無いからじゃない?』
『なんで魔法を戦いの道具だと思っているの?そっちの方が馬鹿じゃない?』
『もっと楽しめばいいのに』
『もっと遊べばいいのに……』
彼女の言葉は、魔法に対する真情の発露であり、笑顔での慟哭であった。
自分一人だけ、周りと違う考え方を持つと言うのは、大変に生き辛いものである。
優秀であればあるだけ、その生き方は、考え方は浮いた事だろう。
彼女は服装こそ見すぼらしかったが、浄化をかけた後は髪のぼさぼさ具合も直り、まだ若く可愛らしい女性だったという事が分かった。
見た目だけで言えば、その年齢はエアとほぼ変わらない様に私には見える。
だが、そんな彼女が、才能の塊であるエアでさえ未だ届かぬ領域へと足を踏み込んでおり、既に【虚】までを使えるという事に、私は言い様の無い複雑な感情を得た。
正直言って、嬉々として語る彼女が私は悲しい……。
まやかしを使えるという事は、何かしらを失った者であるという事だ。
それが彼女にとっての何であったのかは私には分からない。
……だが今、目の前でこれほどまで熱く語る彼女の姿をを見れば、それがどれだけ深いものであったのかがわかる。
心から理解でき、自分を見ている様でもあり、辛くなる光景であった。
だから、と言う訳でもないけれど、彼女の話はとても興味深い内容ではあったので、私は最後までその語りを聞きたいと思う。
決して同じではないが、その道を歩んで来た事の意味を知っているからこそ、私は彼女の想いにほんの少しばかりの共感をしてあげたかった。
エアも最初は、私に近付いて来る彼女を叩き落としたが、段々とその話に感じる所があったらしく、終いにはボソッと『ロムに似てる……』と隣で呟いていた。
私のこんな不愛想な顔からでさえ笑ってるのかどうかを感じ取ってくれる優しいエアだからこそ、気付いてくれた、そんな彼女の一面である。
その時のエアの顔は『驚きと悲しみと喜び』とが入り混じったかのような複雑な表情をしていたのが、とても印象的であった。
「……君は、私に何か望むかね?」
そして、私も気づいた時には自然とそんな言葉を彼女に発してしまっていた。
普段だったら、こんな見も知らずの人物にそこまでするような私ではない。
だが、『誰かに何かをしてあげたい欲』に似た気持ちが胸に溢れて、彼女に何かをしてあげたくなったのだ。
同類に力を貸したくなったと言えば味気が無いかもしれないけれど、無駄な脚色の一切無い、私の素直な気持ちであった。
すると、私のその言葉を聞いた彼女は、満面の笑みで『はいッ!』と答えたのである。
「──あなたには是非、魔法講師になって欲しいんですッ!」
またのお越しをお待ちしております。




