第237話 裏面。
「ロムが、また意地悪した」
そう言って頬を膨らませているのはエアである。
……だが、最初に言っておくけれど、これは私に怒られた事に対しての『頬ぷくー』ではない。
それに、先ほどエア達を私が叱ったかの様に見えたかもしれないが、あれらも全ては演出であった。
普段ならば、私はあの状態の時は、余計な事に関わらずに撤退して、単純に距離を取る事を優先する。
厄介事だと思っていた時から、あまり少女に近付き過ぎない様にしていたのも、その為であった。
そして、もう道案内と言う役割も熟して、離れても問題ないと判断したために、エアにも『帰ろうか』と促したのである。
だが、そんな私と違って、エアはとても優しかった。
あそこで別れても恐らく少女が一人で店に行き、そこで追い返される位で、大した問題にはならなかっただろうけど、エアは少しお節介を焼きたくなったのだろう。
少女の事をあのまま放っておけなかったのだと思う。
三度問うてもその答えが変わらなかった事から、私はエアが本気なのだと序盤で悟った。
そして、普段私がやっている事を、エアなりに工夫して真似しようとしている事にも私は直ぐに気付けたので、後はそれに対応したのである。
あれらはエアが自分から少女の気持ちを代弁するかのように立ち回り、少女と一緒に自分も怒られる様な状況を作ったからこその、一幕だったのだ。
だから私は今回、エアのそのシナリオに乗っただけだった。
だから、怒り方が下手だったのも、勘弁していただこう。
私も怒る事にはあまり慣れていないのである。
だが、そうする事でエアは少女が一人であの店に行って怒られたり、そこで嫌な想いをする事が無い様にと、少女を守ったのであろう。
人は自分だけが怒られている状況よりも、隣で誰かが一緒に怒られている状況の方が、冷静になれると私も聞いたことがある。
だからきっとエアも一芝居を打って、あんな店で怒られるよりも、怒られても全然怖くない私に代わりに怒られる事で、少女に冷静になって貰おうと考えたのだと思う。
正直かなり不器用な方法ではあるが、結果的にはまさにエアは守護者の様な立ち振る舞いであった。
『本当にあれがただの演出だったの?』と思う者が居るかもしれないが、さっきのは普段のエアらしくない行動ばかりであったので、私は直ぐに気づけたのだ。
基本的にエアは冒険者が大好きなので、その心得をちゃんと守ろうとし、あんな事は絶対にしない。
それに魔法の使い方として、力尽くなんて行為をそもそも好む子でもないのだ。
防御寄りの思考で、誰かを守る為には自分の身を盾に使う様な、そんな優しい子なのである。
それを考慮してみて貰えば、エアの突然の行動の異質さには直ぐに気づいた事だろう。
──当然、それに私が気付かぬわけが無かった。
それに私は、基本的にエアの考えを尊重したい派でもあるので、私の行動もエアからは少し不自然に見えたかもしれない。……フリとは言え、私がエアに怒った事など、今まで数える程も無かったと思う。
『魔法使いには冷静さが必須なのだ』と、エアにも教えている位なので、基本的に怒りは禁物だし、そうならない様に立ち回らなければいけないのだ。
──さて、それではどうして、こうして今エアが『頬ぷくー』をして怒っているのかと言えば、実はそこには他の理由があったりする。
私は密かに、エアのとある思惑を完全ブロックしていたのだった。
『ロムのせいで、わたし全然視れなかったっ!』と言いながら、ブスっと不機嫌そうな顔をしつつ、隣に居る私の腕に向かってエアは頭をグリグリと押し付けてくる。……エアさんやめてください。
因みに、詳しく説明するならば、エアがそこまで怒っている理由とその思惑とはあの『花街』で行われている『男女が仲良くなる為に行う何か』を、私がエアに見せない様に魔力で完全に防いでいたからであった。……エアさんにはまだ少し早いですから。
当初、エアにその話をした際、エアはさも『自分には関係ないかな』って顔をしていたのだが、きっとさり気なく知りたがるのではないかと私は『読み』、とりあえず完全にブロックしておいた訳なのだが、それが見事当たったらしい。
つまりは、それでエアさんは大層ご立腹なのである。……私も、基本的にはエアさんの考えを尊重するとは言ったが、こればかりは別問題なのです。そんな顔してもダメです。だーめ。
「ぐぬぬぬーっ、ロムの意地悪ーッ!……くしゅんっ!くしゅんっ!!」
ついには、頭の角でも私に攻撃をしかけてきたエアなのだが、基本的に角に触れられるとクシャミが出てしまう体質のエアは、抗議の突きをしながら何度もくしゃみを繰り返すのであった。
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