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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
235/790

第235話 捧心。

注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。

また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。




 良い一日を過ごした翌日。

 事の発端は一つの声かけから始まった。



「あっ、あの、すみません。わたし少し迷子になってしまいまして、道を教えて欲しいのですが、お時間少しいただけませんか?」



 そんな声を掛けて来たのは、至って普通の街娘と言う感じの少女であり、私が魔力で視た所でもなんら脅威の感じられない、そんなただの女の子であった。


 少女の言葉を信じるのならば、彼女は道に迷ってしまったらしく、その目的地までの行方を教えて欲しいという頼みである。


 ……だが、それに対する私の答えは、なんとなくで否であった。



「すまんが、私達は冒険者でな。ほぼほぼこの街に着いたばかりで、まだこの街の事にはそこまで詳しくないのだ。だから冒険者ギルドなら分かるが、それ以外の場所への道案内ならば他の者に聞いて欲しい」


「えっ、そ、そんな。困った人を助けてくれるのが冒険者だって聞いたのに……」



 ……うーむ。なんとも嫌な言い方だった。

 そんな言い方をされたら、普通は手伝わないわけにはいかない気分になって、何とかしてやろうと思ってしまいそうになる。


 だが、今はエアとの買い物の最中でもあったし、こちらを優先させたいので断りたかった。

 なんとなく少女に悪意はなさそうだが、厄介事の匂いもする気がしたので、ここは近寄らない方が本来は良いだろうなという判断である。



 ただ、少女の方はまさか断られるとは思っていなかったらしく、私の即答に驚きと悲しみで複雑な表情をしていた。


 少女の悲しい顔を見たエアは、優しさから『ロム……』と私に声を掛けてくる。

 その声色からは、『わたしは少し協力しても良いと思うけど、だめなの?』という少女を心配する気持ちが伝わって来た。



 ……ふむ。基本的に私はこういう場合断る様にしているのだが、昨日が良い日だった事もあり、今日は『誰かに何かをしてあげたい欲』も少しだけ溢れつつあったから、急に協力しても良い気分になってきた。……決してエアにお願いされたからではないのだ。それだけは勘違いしないで欲しい。




 ──そうして、私達は少女の道案内をする事になった。



 その少女が言うには、目的地はこの街にある花街の場所にほど近いのだという。……あれ?迷子とはいったい?


 だが、まあ当然と言うか普通の少女である彼女はこれまでそんな場所に一人で行った事は無くて、一人で行くのは怖かったらしい。

 そこで、冒険者ギルドから出てきた男女の二人組であった私達へと直接頼んでみたという訳である。


 ……確かに、誰にでも頼めるわけでもない事なのは十分に理解出来た。

 そもそも道案内くらいだと依頼と呼べるかも微妙なラインでもあるので、彼女は大変に賢かったと言えるだろう。



「ロム?はなまちってなに?」


「…………」



 ……うーむ。エアさんにはまだ関係ない場所ですね。ん?え、どんな場所なのか詳しく教えて欲しい?

 ……ふむ。そうだな。か、簡単に言うのならば、男女が蜜月の関係を更に深める場所である。



「んー?みつげつ?それってなに?」


「…………」



 ……うーーむ。つまりだな。



 『旦那が凄い困っている』『珍しい光景だねっ!』『はてさて』『いったいどういう風に説明するのでしょうか』



 ……君達、楽しんでるな。後で話がある。



 『さて、今日はそろそろ俺達も帰るか』『そうだねっ!』『忙しい』『そう言えば、急ぎの用事があったんでした!』



 ……くっ、逃げられたか。なんと足の速い。

 『大運動会イベント』の影響か、訓練の成果が垣間見えた。



「ロム?」


「……あっ、いや、つまりはだな、男女が仲良くなる為の場所……だな」



 私がそう説明すると、エアは『へーー』と言って私の顔を見上げて来る。

 そのエアの顔は、分かったけど、あまりまだ良くわかってないという表情をしていた。

 ただ、何となくだけれど、エアも思い当たる部分が少しはあったのか、自分には必要なさそうだと判断したらしく、それ以上の追及をしてくることはなかったのである。……はぁー、胃が少し縮んだ。



 さてと、それではササっと少女を案内して、私達はまた買い物に戻る事にしようか。



「あそこです」



 そうして、街を歩いてきた私達ではあったが、少女がそう言って指し示した場所を見て、一旦引き返す事にした。……ちょっと、その場所は説明が難しいのだけれど、割愛して言えば大人の女性達と少年達が仲良くなる為のお店であったのである。




「ロム、どうしたの?」



 ……待て待て。おかしい。

 昨日は凄くいい日だった筈なのだが、これはその反動だろうか。

 そもそもの問題として、この少女はなんでこんな場所に来たのだろう。



「…………」



 だが、そこまで思い至れば、自然と気づいたのだけれど、少女の表情には一切の浮ついた部分が無い事を私は理解した。……いや、それどころか、彼女には最初からどこか悲し気な雰囲気が漂っていたのである。


 一見して不安そうなその表情は、きっと中々に道案内してくれる人物を見つけられなかった事で浮かべていたのだろうとそれまでは勘違いしていたのだが、今なおその表情が変わらない事を見るとその原因は別にある事が容易に推察できた。



 彼女はあの場所そのものに興味があるという訳でもなさそうである。

 それどころか、その不安さと真剣な面持ちは、まるで敵地に赴く者の顔だと言えるだろうか。

 そこまで考えが至れば、それはつまり……。



「ありがとうございました。場所も分かりましたんで後はもう自分で行けます」



 彼女は私達に頭を下げると、そう言って一人でそのお店に向かって歩き出そうとした。

 だが、私はそんな少女に一言だけ問いかける事にする。

 『あの店の中に、知り合いでもいるのか』と。



 そうしたら、彼女は立ち止まって私達へと振り返ると、目を伏せて一言だけ呟いた。

 『弟がいる』と。




 ──それからは少しだけ踏み込んだ話を聞いたのだけれど、どうやら少女の両親が怪我をした事とそれを治すためのお金を稼ぐ為に、弟は自分から身売りに近い契約でお金を稼いできて、少女へとそれを渡し、両親の事を頼んで来たのだという。



 そうして少女は、『両親のケガが治ったら、絶対に連れ戻すから』と約束して、なくなく弟と別れた。

 同じ街の中なのに、簡単に出会なくなってしまった弟の事が、少女は心配で仕方がないらしい。



 もう少しで両親のケガも治るし、そうなれば少年を連れ戻すためのお金も稼げるようになる。

 だから今は焦らずともまた必ず出会えるだろうと、そう分かってはいるのだが、心配で心配でこうして様子を見に来てしまったのだとか。



 ただやはり、場所が場所なだけに、両親にも近づきすぎるのは止められていたらしい。

 街中とは言え、隙を見せれば攫われてしまう事が無くはない場所でもある。

 彼女の両親の判断は正しいだろうと私も思った。



 そして、この少女もまた、気は急いているけれど、大変に賢い人物だと私は思う。

 言い方は悪いかもしれないが、彼女には悪意はなくとも、私達に道案内に協力して欲しいと言いつつ、善意に呼びかけ同情させ、上手くいけばこの先の出しにも使おうとしているわけなのだ。



 現に、エアは乗り掛かった舟だとでも言いたそうな雰囲気で、この後も彼女に付いていく気が満々であった。……だが、それは流石に踏み込みすぎだと判断した私は、ここで一歩引く事にする。


 そして、思うのはやはり『厄介事だったか』と言う事だけであった。



「私は此処で手を引かせて貰おう」


「──えっ!?」


「ロムっ、行かないの?」



 話をした少女も、話を聞いたエアも、揃って私のその言葉には意外を感じたらしい。

 どうやら二人の思惑ではこのまま三人でその弟さんの様子を見に行く流れであったようだ。


 ……だが、それは冒険者として、なあなあにして良い部分ではなかった。

 私達は道案内で終わりであり、これ以上は言ってみれば契約外をする事に繋がる。



 それに、少女のやり方には悪意はなくとも、正直私は気に入らない。

 エアの気持ちも分からなくはないが、それはまだまだ経験の浅さが出ている部分で、これから気を付けていけばいいと私は思っている。

 だから──



「──帰ろうか、エア」



 だがしかし、そう問いかけた私に対して、エアは首を横に振ると、『──やだ』と一言答えるのであった。



 



またのお越しをお待ちしております。

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