第233話 離合。
「ギルドの方針と言うのは分からなくもないんです。が、完全に新しいものだけが良いってのは俺は偏見だと思うのですよ。昔には昔の良さがあった。それは言うまでも無い事だ。特に冒険者同士の合図のやり取りなんかは──」
「──ギルドマスター、何度も言うようですが、お時間です。そろそろ……」
受付嬢にそう窘められて、強面ギルドマスターはブスっとして可愛げに頬を膨らませている。
だが、そんなおじさんの可愛さアピールは若い受付嬢さんには通じないようで、彼女は青年達に『白石』を渡して説明を終えると、ギルドマスターに『仕事が溜まってるんですから、さっさと働いてくださいね』と言って急かしていた。世知辛い。
という事で私達は、まだ少し名残惜しくも別れの挨拶を交わす。ありがとう。とても楽しい一時だった。
すると、エアもギルドマスターへと向かって『死ぬなよ。また会おうぜ』という意味の合図を送っているのを見て、私は内心で微笑ましく思う。やってる方のエアもニッコニコであった。
そして、それは当然ギルドマスターにも伝わっている様で、彼もその強面をクシャっとして少年の様な微笑みを浮かべると、嬉しそうにお返しの合図をちゃんと同じようにエアへと送り返してくれたのである。
なんとも居心地のいい空間だった。来てよかったと感じる。大満足だ。
冒険者ギルドに来て、ここまで満足する事も中々にないだろう。
全く、これだから冒険者は好きだ。
「あっ、そう言えば御仁。吹雪の大陸を目指しているんですよね。そちらに何があるのかはご存知ですか?」
ギルドマスターは私へと向かって最後に、そう尋ねて来てくれた。
どうやら何かしらの情報をくれるつもりらしい。本当に有難い限りである。
私達はまだ次の大陸の事を何も知らずにいたので、首を横に振ると、彼は少しだけ有益な情報を私達へと教えてくれた。感謝しかない。君も精々身体に気を付けてくれ。
この後の仕事が捗る様にと想いを込めて、私からは逆に『馬車馬モード』になれるように回復と浄化を少し濃密にかけてお返ししておいた。頑張って欲しい。
「お気をつけて」
私達は彼に見送られながらギルドを出た。
そして、先ず向かうべきはこの街の宿である。
何故ならば、どうやら追手もまだまだこちらへは気づいていないようであるし、ここらで一度消耗品の補充等をしておこうと考えたからだ。
それに、青年達も数日休んで色々と街を見て回りたそうにしていたので、それらが終わってから次の場所へと向かおうと思う。
皆とも既に相談しており、どうやら全員賛同であった。
因みに、先ほどギルドマスターから教えて貰ったのは、この涼しい大陸の先にある吹雪の大陸についての幾つかの情報である。
その名の通り、そっちの大陸は年がら年中極寒の大地らしく、中々に険しい場所らしい。
だがそれ以上に、そちらの大陸には巨大な魔法帝国があるという話であった。
自然の中に居る程、魔法の技術の習得は早くなると言うのは、私にとっての持論でもあるので、その極寒の中にある国が魔法大国である事には何ら不思議な事ではない。
ただ、最後に彼が教えてくれた一言が、私達の警戒を一気に引き上げてくれたのである。
『その国に今、不審な動きがあるから気を付けろ』と、そう言う事らしい。
色々と、面倒に巻き込まれそうな話ではあるけれど、そっちの大陸に渡って『第四の大樹の森』を作りに行きたいので、そちらに行かないという選択肢は私達には無かった。
精霊達も『無理はしないで良い』とは言ってくれているのだが、彼らからお願いされる事など普通は殆どないのだから、ちゃんと叶えてあげたいのだ。
彼らにはいつも感謝しているから、なおさらである。
『……ん、なんか旦那がこっちを見てくるぞ。見ないでください』『なんだろう?あ、分かった!きっとなにか企んでるんだっ!』『不審の目』『怪しいですね……』
……前言撤回していいかな?
ちょっと、前回のエアの事もあって、彼らの言葉にはまだ少し冷たさと棘を感じる。
だが流石に、彼らがそれを冗談で言っている事くらいが分からない程薄い関係ではないので、私は彼らのそんないたずら交じりの言葉にさえ、温かみを感じてしまうのであった。
こんな軽口を言ってくれるのは、正直言って嬉しい事でもある。
もちろん、彼らを心配させたくもないので、確りと準備をしてから行くつもりである。
その為にも、この街で少しだけ補充に走ろうと思う。特に食料はちゃんと多めに確保しなければな。
「──ロムさん。少し話があります」
そうして宿を取り、エアと一緒に軽く街を歩き回った後、日も暮れたので宿へと戻ると、青年達が揃って私達に話しかけて来た。どうしたのだろうか。
だが、薄々とは言え、この街に来るまででも彼らの気持ちは少し察せてもいたから、なんの話なのか大凡は推測が立ってもいる。きっと……。
「俺達、このままお二人と一緒に居ると──」
「ばうっ!」
「……ゴホン。俺達、このままお三人と一緒に居ると、頼る事に慣れきってしまいます」
青年が話し始めると、その内容は理解できるものであった。
私達から得られるものはとても得難い時間ばかりで、凄く楽しい。
『一緒に居られる事が嬉しくて、日々が新鮮で、こんなにも毎日が明るく思えるなんて、今までじゃ信じられなかった』と。
心から微笑んで、楽しそうに語ってくれた。
……だが、それ以上に、冒険者として生きる上では、答えを最初から与えられている様でもあり、どこか心苦しくもあると言うのである。
彼らはとても真面目で、かつ冒険者として、それは最も正しい感覚だと私は素直に思った。
なにも間違ってはいない。エアもバウも彼らの話を聞きながらウンウンと頷いている。
今日のギルドマスターとのやり取りを見ていても、彼らは凄く感じたそうなのだ。
もっと自分達で気付かねばいけない事があると、これじゃあ私達と肩を並べるとは言えないと、ずっと背負って貰っている状態なのだと──
「──だから、まだまだ未熟にも関わらず、こんな事を言うのは凄く烏滸がましい事だとは思うんですけど……俺達、冒険者としてロムさん達とは別の道を歩みたいと考えています」
『誰かに甘えることなく、自分達の力だけでちゃんと冒険者として生きていけるようになりたい』と。
そんな事を言われてしまったら、その気持ちを尊重せずには居られないだろう。
彼らが本気でそれを思っているの事は十分に伝わってきた。
ならば、応援するのみである。
それに、私からも一つ、提案したい事があったので、それを彼らに伝えてみた。
「……確かに、そうですね。こちらの大陸はロムさん達がいる。目が届いてしまうから、ふとした時にも助けがあるかもと思ってしまうかもしれない」
私が彼らに提案したのは、別の大陸に移ってそちらの大陸で一から冒険者活動をしてみるのはどうだろうかという話である。
こちらの大陸には例の追手の問題もあるし、私達も居るので、彼が言っていたように私達がすぐさま手助けに入ってしまうかもしれない。
それでは結局、今こうして一緒にいる事と何も変わらないだろうと彼らも思ったのである。
その点、全く違う大陸で一から始める事は本当の意味で心機一転になるだろうと彼らも納得した。
──という事で、彼らの分だけ宿の清算を済ませると、私達は早速とばかりに『いつものあの場所』へ、【転移】で帰る事にしたのであった。
またのお越しをお待ちしております。




