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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
232/790

第232話 痛快。




 さてと、朝からすっかりと話し込んでしまったが、例の追手が来る可能性もあるという事で、私達は早々に出発する事にした。



 ──そうして、出発してから凡そまた十日ほどが経過する。



 その間は一切問題もなく、穏やかな冒険者生活を過ごせた。

 まるで青年達に冒険者としての基礎を教える為の時間であったかのように、平和そのものである。



 因みに、例の追手の方も、未だ私が状況を把握し続けているので、全く問題ない。

 彼らは未だ見当違いの方向へと進みながら、追う者の心理なのかどこか狩りをするような雰囲気で楽し気に追いかけ続けている。私達の誤った痕跡を探しつつ、どんどんと離れていって欲しい。ばいばい。



 そして一方私達の方と言えば、もう次の街へと到着する所であった。こんにちは。

 流石に、これだけ離れていれば大した事も出来ないだろうと私とエアは高を括っている。



 ……だが、それがフラグになったのかは分からないけれど、この街の冒険者ギルドに入り『新人用窓口』で受付嬢と話をしていると、突然私達は違う部屋へと呼ばれる事になって、付いていけばそこはこの街のギルドマスターの部屋だそうで、中にはとても強面の男性がドンと座り、私達をぎろりと睨みつけて待っていたのである。



「エルフに、鬼人に、人間か……珍しい組み合わせのパーティだな」



 この部屋に来る前に青年達の新人登録はしてもらっているので、話が終われば資格を貰って帰るだけらしい。いわば、ちょっとした時間潰しで呼ばれただけみたいだけれど、その"潰し"は本当に時間だけに限った話なのかどうかは今の所はまだ不明である。……それに、一点気になる事があり、なんとなくではあるのだが、彼からは少しだけいい雰囲気を私は感じた。



「……それで、お話という事ですけど、なんですかっ?」



 今回の代表者はエアがやりたいそうなので、私は快く任せた。

 エアならば大丈夫だろうという信頼がここにもちゃんとある。エア、がんばれ。



「一つ聞きたい事がある。……そいつら、盗賊じゃないのか?」


「違いますね」



 強面のギルドマスターは、ぎろりと睨みつける相手を青年達に定めて、威圧感たっぷりでそう尋ねてきた。

 だが、エアは間髪を容れずに返答する。


 その表情は一切の乱れる事無く、威風堂々としたそのエアの振る舞いに、ギルドマスターは顎髭を数度撫でまわしてから、エアをジッと見つめた。……どうやら感心している様子である。うむ。うちのエアは大変に素晴らしいので、是非とも沢山感心していって欲しい。



「お前達はどういう繋がりなんだ?」


「冒険者ですね。確りと肩を並べるに足る」


「ほう。その表現を使うって事は……」



 と言うと、ギルドマスターはエアや青年達の背後に控えていた私へとその視線を向けてくるのが分かった。

 ……因みに、私は部屋に入った時からずっとボーっと窓の外を眺めていたので、普通ならば『なんだこのアホそうなエルフ……』と思われても良いのだけれど、どうやら目の前の人物はそれだけでは誤魔化されてくれないらしい……。仕方なく私は彼の方を見る事にした。



「……ガッ!?」



 だが、彼の目を見た次の瞬間。私は何かの違和感を感じる。

 この気配は何らかの魔法道具を使われたか……まあ、私に効果はないだろうが。


 逆に、私に下手な真似をすれば酷い目に合うだろう。

 現に、目の前の彼は呼吸が止まりかけて、胸を強く押さえてしまっている。……おやおや。なんともせっかちな人物だが、やはりどことなく懐かしい。



 こういう事は昔はよくあったものだと、私は彼に強めに回復をかけながら、少しだけ昔を懐かしんだ。



「ぜー、ヒュー、ハァー、ハー、スー、ハー……」


「大丈夫だ、ゆっくりと深呼吸をしなさい。了解も取らずに、勝手に探る様な真似はあまりお勧めできないな。……以後気を付けるように」



 私がそう言うと、目の前のギルドマスターは、胸を押さえながらも言葉通りに確りと呼吸をし始めている。まあ、短時間であったし、回復も確り効いたようだ。もう問題ないだろう。



「ロム?」


「いや、私が何かしたわけではない。向こうからだ。おそらく魔法道具だろう」


「なるほど。うんっ。分かった」



 エアは私に一言だけそう尋ねて来た。

 すると、その様子を見ていたギルドマスターは、何かしらがあればすぐ動けるように、椅子に座っていてもまだ少し前傾姿勢気味であった体勢から、非戦を示すかのように腰かけへと深く座り直した。……未だ呼吸が定まらないから、先ずは行動で己の思惑を示して来たのか。ふむ。



「待ちますよ。ゆっくりで大丈夫です。落ち着いたら教えてくださいっ」



 ただ、エアがそう言って静かに微笑むと、彼は最後に残していたであろう心中の牙も完全に毒気を抜かれたらしく、警戒さえもゆっくりと仕舞ったように私には見えた。


 このギルドは、いや少なくともこのギルドマスターは私達の敵にはならないらしい。

 後は完全に話をするだけの様だ。



 さて、ここまでの状況の推移だが、これは冒険者同士だからこそ通じ合えるある種の暗号や、お約束の様なものなので、古い風習を知っている者程に理解できる。……このやり取りが地味に楽しい。



 当然、まだ青年達はそれを理解しきれていないので、未だ緊張し警戒をし続けている彼らに、私は事前の合図として用意していた動作として青年の肩を指で二回ツンツンと突いて知らせた。



 そうすると、青年からは緊張が幾分か抜けたのが目に見えて分かり、残り二人もふぅーっと息をつく。



 ……うむ。やはり彼らは良い。ちゃんとしている。

 ギルドマスターの当初の隠していた敵意にも確りと敏感に反応していたし、何があっても動ける様に最後まで警戒もし続けて、エアを見習って堂々としていた。



 そして、その後はギルドマスターが胸を押さえた瞬間に、一度だけチラッと扉迄の正確な距離を測ってもいたし、逃げる際でも最短の行動がとれるように準備も整えている。……ふむふむ。今の所悪い部分が見つからない。


 強いて言うのならば、ギルドマスターが非戦闘状態へと移る時の仕草を知らなかった事だけだが、それはこれから覚えていけば彼らならば直ぐに習得するだろう。



「……ゴホッ、ン。ンン。……なるほど、盗賊の心構えじゃないな。ちゃんとした冒険者だ。エルフの御仁、失礼した。その上回復まで。感謝する」


「良い。気にせず」



 ギルドマスターである目の前の男性は、呼吸が止まりかけている状態でもちゃんと周りの状況を見えていたらしく、青年達への事をそう評すると、私へと向かって頭を下げて来た。……いいのだ。気にしないで欲しい。君こそ身体を労わって。



 私が手を小さく挙げるて了承を伝えると、ギルドマスターは姿勢を正して、今度はエア達へと視線を向けた。



「呼び出してすまなかったな。どうやらここに呼んだ話の件も、こちらの手違いや勘違いの類であったらしい。俺が責任をもって上手く処理しておくので、気にせず旅を続けてくれ。邪魔をして悪かった」


「うんっ!……あ、いや、気にしないでくださいっ。よろしくお願いしますね」


「ああ。任せてくれ……それに、君達は良き師をお持ちのようだ。羨ましくすらある。それだけの御仁が居ると知っていれば最初からこんな事には、……ランクは上げないのですか?」



 ギルドマスターは私の首元にある『白石』を目に留めると、ランクアップの打診してきてくれたが、私はそれに首を横に振って断った。『これを気に入っているのだ』と答えると、ギルドマスターは強面を少しだけ和らげると『ふふっ、なるほど』と言い小さな笑みを零していた。



 そんな彼の笑みを見て、私も内心でとても良い心地を感じている。

 小さな仕草や、言葉遣いから相手の考えを察し、自分の考えをそれに返して、互いに目的へと邁進していくのが昔の冒険者達の日常であった。これは、森の中やとても険しい局所的な状況でも、互いの動きを察知し連携を取る為に培われて来た技術である。



 その暗号の様なやり取りでお互いの気持ちを察し合うこのスタイルは、泥臭さはあるものの連帯感や仲間意識を高めてくれると同時に、信頼し合う仲間達や肩を並べる同士達の存在を身近に感じる事で、戦いに赴く際の孤独感を打ち消し、皆に通常以上のパフォーマンスを発揮させてくれる、という目には見えないバフ効果があるのだ。


 皆で『死ぬな。帰って必ず会おう』と、ただそう伝え合うだけで、意地汚くも生存しなければと思えるようになり、生還率が高まった、気がした。……なんとも不確かで、それでいて温かく懐かしい思い出である。



 今の冒険者達も決して悪くはないけれど、そんな部分が目に見えて少なくなってしまった気がして、私は少し寂しく感じてしまったり、どこか物足りなく思ってしまったりしたが、目の前のギルドマスターはそんな昔の想いを理解している人物で、彼もまた私にその匂い感じてくれているようであった。



 当然彼とは既に、肩を並べる同士であると感じ合っている。

 よって、私がおもむろに手を差し出したら、向こうも自然と握り返しており、私達は気づいたら普通に握手をしていた。



 今この場の雰囲気には、そんな言葉に出来ない不思議な温かみが溢れていた。

 エアも私が喜んでいる事が見て分かったのか、一緒に楽しそうに笑っている。


 そして、青年達もまた、冒険者とはこういうものなのかと錯覚しながらも、なんとなく良い雰囲気を感じとってくれたの様で、楽し気に微笑んでいた。



 周りからみたら、きっと奇妙な光景にしかみえないだろう。

 だが、私達はその後、青年達の新人登録を終えて『白石』を受付嬢が持って来て声を掛けてくれるまで、昔の冒険者談義に楽しく花を咲かすのであった。





またのお越しをお待ちしております。

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