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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第231話 西施。



 『あっ』『あっ』『あっ』『あっ』


 ……君達、その『あっ』ってのを止めてくれ。


 だが、私はそんな精霊達の声に導かれるかのように、エアから逸らしていた顔を元へと戻した。

 すると、エアの顔を見て私は先ず思ったのだ。……『あっ』、これはまずいと。



 エアの頬っぺたは完全にパンパンになるくらいにプク―っと膨れ上がっており、顔は真っ赤に染まっていた。目付きもどことなくキリっとしている。

 これはなんとも分かり易いが、フリとかではなくエアの完全なお怒りモードであった。


 普段あまり私もエアも怒らないので、とても怒り方が下手であるからこその、この分かりやすさである。



 人によっては、自分の恥ずかしいエピソードの一つを話されただけで『何をそんなに怒る必要があるんだ?』と思う者もいるだろう。感じ方は人それぞれだ。当然それも間違いではない。



 だが、エアの感じ方はエアだけのものなのである。だから、それも否定しないであげて欲しい。

 なんだってそうだが、やる側とやられる側との感じ方の間には差が生まれる。

 『これ位なら良いだろう』と思う事が相手にとっての『本当に嫌な事』である事は少なくないのだ。



 だから、言葉でも仕草や行動でも、自分と相手との間には感じ方に差がある事を常に忘れないで欲しい。

 相手を想うという事は、先ずその事を察するという事でもあるだろう。



 そして、察した後は、相手と良き関係になりたいと思うのであれば、簡単に否定したりせず、少し考えてみて欲しい。

 もちろん、相手の事を全部肯定しろとまでは言わない。それはそれで歪な関係になってしまうからだ。



 だが、『本当に嫌な事』をしておいて、『これ位でそんな風に思うなよ』と相手の感じ方を簡単に否定したりせず、自分達の間にある感覚の差を、先ずはちゃんと感じ取って欲しいという話である。

 それを感じる事で、相手の事をより慮る事が出来るようになるかもしれない。



 私はエアと一緒に過ごしてきて、彼女との感じ方の差を今、少しだけ感じ取る事が出来た。

 どうやら『今エア』は、出会った当初の『初期エア』を、まだまだ何も知らず不出来だったその頃の自分を、少しだけ恥じているようであった。


 それは、『あの時にもっとこう出来ていれば、きっと上手くいったのに』という、誰もが思う後悔と、次はこうしようという強い向上心から生まれるとても前向きな感覚である。


 私にとってそれらは、エアを自慢する時の話の一つとして、認識していた。

 だから匿名性を含めて『とある凄腕の冒険者』の情報として青年達に意気揚々と語ってしまったのだが、そこには私の感覚だけしか考慮に入って無かったと思う。

 それが今の結果の原因であり、エアの気持ちへの配慮が足りていなかったという証拠でもある。


 最低限のルールとして、エアの許可があればまだ話しても構わなかったかもしれないが、それすらもなかったのは正直いただけないと今更ながらに思った。



 それに、エアは私だけならば、この話をする時にもこうはならないのだ。

 相手によって、その関係性によって、信頼の度合いに応じて、許せる許せないは当然変わって来る。

 その事を念頭に置けば、エアの怒りはとても素直で分かりやすいものだろう。



 エアの怒りの根源には、私がこの思い出を他の人に話してしまった事に起因している。



 友(淑女)曰く、『あのねロム。二人だけの秘密とか出来事って、とても大事な約束事だったり、思い出だったりするの。だから、決して軽んじて扱ったりしちゃダメなんだよ?……因みに、もしわたしにそれをやった場合は、きっと百叩きしても気分的には許したくないし、許さないし、面白くないし、最終的にはボコボコにするからっ!絶対に忘れないでねッ!』との事だった。……そんな大事な事を、今更になって思い出した私である。すまぬ友よ。私は忘れていたらしい。



 私はまた、どうやら教訓を活かせなかったようだ。

 これは確りと謝る事にしよう。

 恐らく今のエアは『本当に嫌な事』をされて傷ついている状態だ。

 だから私は確りと目を見てから、頭をさげ、そして謝った。



「エア、すまなかった。勝手に話をしてしまった」


「うんっ!ダメだと思うっ!」


「反省している」


「うんっ!ロムらしくないっ!本当によくないっ!」 


「ごめん」


「……う、うう、うん」


「昨日の事も含めてすまなかった。全て私の配慮不足である」


「……うー、うん。……わかった。もうしないでね。……あっ、昨日のは気を失っちゃったけど、その瞬間はロムの凄く温かい気持ちが伝わってきたし、凄く嬉しかったよ!」


「そうか。昨日の方は伝わってくれていたか。良かった。……では、今日の事に関しては、もう二度と同じ過ちを繰り返さない事を、魔法使いとして誓う」


「うんっ。それならもういいよっ。私もごめんねロム」



 エアの『頬プクー』はシュンと萎んだ。

 どうやら怒りを治めてくれたらしい。


 ただ、未だそれは表面的なものであることを、私は友二人との付き合いで学んでいる。

 一見して怒りが治まったように見えても、内心ではグツグツしている事は多いのだ。


 簡単に言えば、小さな火種が燻っている状態であり、何か燃料が投げ込まれれば直ぐに再燃してしまう状態という事でもあった。

 だから、ちゃんとそうならない様に誠心誠意をもって行動していく様にしよう。



「……えっとー、という事はつまり、魚を手掴みで取ろうとして倒れるまで頑張った凄腕冒険者ってのは──」



 ──おっと、それ以上はいけない。それは間違いなく再燃間違いなしの燃料である。



「……ん?」



 私は咄嗟に青年達の口周りにだけ【消音】の魔法を使った。

 どうやら間に合ったらしく、エアは聞こえなかったのか首を傾げている。


 彼らは急に喋れなくなって驚いているけれど、私が密かに『シーッ』と口の前で指を一本立てると、彼らは『あっ』と気づいて、コクコクと頷いてくれたのであった。

 どうやら分かってくれたみたいである。良かった良かった。



 『ふぅー』と一つ大きく静かに溜息を吐いてから、私は彼らの魔法をゆっくりと解く。

 後で改めて彼らにはちゃんと口止めをしておく事にしようと、私は固く心に誓うのだった。





またのお越しをお待ちしております。

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