第23話 若。
2023・04・23、本文微修正。
「かばん?」
明くる朝私は『錬金術の部屋』で良い物を発見したので、それをエアへと手渡していた。
それは彼女の言葉通り、少し古ぼけた革製のかばんである。
因みに、一応背負う事が出来るタイプの品で、かつて私が冒険者時代に使っていた物の一つでもあった。
しかしその品はレトロと言うにも些か古過ぎて、基本茶色の革の地肌が所々剥げてしまっており変色もしていた。……まあ、有体に言ってかなり汚い見た目である事は間違いない。
でも、ちゃんと使えるかばんなのだ。
一応、そのかばんを受け取ったエアも『汚いなら浄化を掛ければ直ぐに綺麗になるよね?』と思ったのだろう。すぐさまに魔法を発動していた。
「あれ?」
だが、その魔法の効果は確かに現れた筈なのに、かばんの見た目は全く綺麗にならなかったのだった。
「……しっぱいしちゃった?」
本人としては浄化にも慣れて、それなりに上手く発動できたと思っていたのだろう。エアは魔法の効果が上手く表れなかった事に首を傾げている。『なにがいけなかったのだろう?』と不思議そうな表情であった。
ただ、私はその様子を見て『……昔の自分と全く同じ事をしているな』と思いながら、心の中で少しだけ笑みを浮かべている。
「それは、その状態が『最善の姿』なのだ」
「うん?……どういうこと?」
「それと出合ったのは……今はもうかなり昔の事。ダンジョンの内部でな。見つけた時からそのままの姿だった」
私はその『被褐懐玉』と言う名を冠する魔法のかばんの事を、思い出混じりにエアへと話していった。
当時、中々に珍しいタイプの迷宮品で『見た目は少し悪いけど、中身の効果はすっごいんです!』と言うその名の意が示す通り、ただの古ぼけたかばんが持つには大それた【空間魔法】の【空間拡張】が施されており、更に強固な【固定】までもがかかった所謂『無尽蔵収納かばん』なのだと。
入れられるものはその口に入るサイズのものに限定される上に、入れた本人しか取り出せない、入れた物を覚えて無いと取り出せない、入れた物の時間は入れた時のまま変わらない、液体や気体の直入れはダメ、入れるにも取り出すにも魔力をそこそこ消費する……等々、少し特殊な注意事項はあったが、冒険者にとってはかなり眉唾の品物だったと。
あいにく私の場合、途中から自分で【空間魔法】を使えるようになった為これまでずっと使ってやれていなかったが……エアさえ気に入ればと思い、是非とも使って欲しいと昨日持って来た訳なのである。
「…………」
ただまあ、私は役に立つならば見た目は全く気にしないし、典型的な冒険者感覚の持ち主だからいいのだが、昨日あれだけ綺麗な服に喜んでいたエアの事を思い出すと、『この見た目では彼女は持ち歩きたいと思わないのでは?』とも思った。
うむ、でもまあ、それならそれで、気に入らなければまたあの部屋に飾るだけだと──
「白いひも、付けたらかわいいかも……」
「ん?」
「いい?」
ただ、私のそんな思惑とは裏腹に、エアの表情は明るく『ああ、もちろん』と私が返すと、エアはスタタタ―と自分の部屋へと戻って行くのだった。
ただ、『はて?白い紐?可愛いとは?』と内心で私は思う。
……良いとは返事したものの、彼女が戻ってくるまでの間、その言葉の意味が少し想像できなかった私としては首を傾げざるを得なかったのだ。
頭を悩ませてみるも答えは出ず。時間はいつも、私の周りをただただ過往くのみ……。
「持ってきたっ。付けて良い?」
「……ああ。好きにして良い。エアにあげようと思って持ってきた品だ」
「うんっ!」
するとだ。思っていたよりもずっと短い時間でスタタターと戻ってきたエアは、手にそこそこの長さの白銀色の紐を持ってきており、昨日の裁縫の時同様とても楽しそうな顔で何やら作業をし始めたのだった。
「うんっ!ぴったり!やっぱりかわいい!そっくり!」
「!?!?」
そして、もってきた紐をかばんの上部の方にちょうちょ結びにして取り付け、私とそのかばんを何度か繰り返して見ていたかと思うと、満面の笑みでかばんを抱きしめながら、最後にとても気になる一言を彼女は言い残すのであった。……ちょっと待ってくださいエアさん。もしかして、あなたに私はそう見えているのですか?
「…………」
と少し、心の中で思う所はあったものの、彼女が喜んでくれているならば、『まあそれでも良いか』と私は思い直す事にした。……ええ、一応はかわいいらしいので、いいんです。いいんですよ。
一応、朝食の時にかけたばかりではあるが、もう一度自らに浄化を掛け直してしまう私なのであった……。
「すぅー、はぁーー」
その後、ご飯の後には突発的に厳しめの魔法の訓練をしてみる事にした。無論、他意はない。
ただ訓練とは言っても、はた目には家の外の花畑で敷物を敷き、寝転がっているだけにしか見えないだろう。
……因みにそれは何を目的にしているのかと言うと『魔力の放出』を主に訓練しているのである。
長年の努力の賜物と言えばいいのか、控えめに言って私には『まあまあの魔力量』がある。
ただこれは、魔力を出来るだけ短時間で全て放出し、放出した魔力はまた体内に戻す、という作業を永遠と繰り返した結果でもあった。
これをする事によって魔力量が微増したり、魔法の発動速度が上がったり、魔力の回復速度が上がったり、肌が活性化して少し若々しくなったり……等々、中々の効果が期待できる『魔法使いの秘密の技』の一つだとも言えるだろう。
「…………」
ただこれにも一応条件はあって、闇雲にやれば上手くいくという訳でもなく……最低でも『全力』でやらなければ全く意味が無い、という地味に大変な部分があった。
そしてこの『全力』の大変さを分かり易く例えるとするなら……『穴掘り穴埋め』が丁度いいのかもしれない。
スコップを持ち、自分が入れる位の穴を掘って、掘ったら今度はその穴を自分で埋める──という地獄の肉体精神トレーニング法があるのだけれども、これはそれの魔力版と考えてもらえれば大丈夫である。
最初は土も軽く、スコップの通りも良かった筈の穴掘りが、深くいけば行くほど、奥を掘れば掘る程にみるみる土は硬くなり、掘り辛くなってくる。そして、漸く掘り出したかと思えば、今度はそれをふらふらになりつつ埋め戻さなければいけない。これを延々と繰り返すのである。
このトレーニングの一番きつい所はその『延々と繰り返す』という事にある。
当然限度こそ存在するだろうが、もしかしたら永遠に終わりが来ないのではと錯覚させられるだけで、『全力』の定義はかなり揺れる。曖昧になる。かなりの不安を心に煽る訳だ。
一見、無意味にしかならない事を繰り返すというその行為自体のキツさと、終わりが見えない苦痛、時間をかければかける程に精神力がゴリゴリと削られ、何れは肉体的にも精神的にも屈する事になる。
「…………」
私の場合、特にこの『魔力の放出と吸収』をする際は、主に『呼吸』を強く意識して行っている為、苦しくなるとそもそもの呼吸までもが上手く出来なくなる事まであった。
そこまで直接的に肉体は疲労しない筈なのに、精神で疲労を感じる事によって結局は身体もかなり疲れる様になる。
基本的に『魔力の放出と吸収』は鬼人族の様な『天元』みたいな器官でもないと中々上手くいかないものだ。私の『呼吸』などはそれらと比べれば遥かに効率が悪い訳だ。
……でも、それもまあ今となっては詮無い話。手慣れてしまえば問題はない。
ただ、あまり大袈裟にやり過ぎて周りを驚かしてはいけないので、こればかりは見つからない様にとひっそりと訓練する必要もあった。当然の様にエアにもまだ秘密とする部分は多い。
私と言う魔法使いの全てを、いきなり彼女に伝えても上手くはいかないだろう。
何事にも言える事だが、物事には順序があり、段階があり、道程がある。
いずれ彼女が成長したら、その時にまた秘密を明かす事もあるだろうと想う。
「…………」
そうして私は、密かにその『魔力放出法』……一部の魔法使いの間では『アンチエイジング魔力放出法』とも呼ばれる技に一人勤しみ続けるのであった。
またのお越しをお待ちしております。




